吉報と遭遇


時刻は十八時だった。

何かモンスターともプレイヤーとも戦う気が起きなくて、俺は王都を歩き回っている。


……かれこれ三時間。


どうやら自分は、案外心配性らしい。



《――「今からレンちゃんがアレをやります。終わったら連絡しますねぇ」――》


《――「ああ、頼む」――》


《――「ふふっ先生声が上ずってますよぉ?」――》


《――「……大丈夫ですからぁ。ドクも居ますからね」――》



アレから三時間。

ドクの声は、本当に大丈夫と言っているようだった。


彼女の包容力というか肝の座り方というか……それは凄いものがある。


大の大人が情けないが、ドクにはそういったモノが俺よりも備わっているんだろう。



「……」



ログインしていた間、別に闇雲に歩いていた訳ではない。

お世話になった、そしてこれからもなるであろう『ハル』に、紹介していた千葉さんへのお礼の品も考えておいた。

こっちはもう自分で決めていたから良いんだが。


……そして。



「ちぃーっす!おひさだね~何用?」



今、目の前にはあの茶髪の男が居る。

闘っている姿とは別人と思える程雰囲気が軽いな、本当に。



「何か今シツレーなコト考えなかった?」


「……いや。来てくれてありがとう」



まあ約束したから偶然って訳じゃないんだが。

要件は十六夜の、アレだ。



「で……ブラウン、髪飾りって作れるか?あー、その、可愛いけどそこまで派手じゃないモノで……」


「ん?何ニシキっち。そういうのは似合わないと思うケド。というかキミの装備は作らないって言ったよね」


「……」


「えっもしかして女のコにプレゼント!?」


「……その通りだよ。髪飾り、前髪を留めるような髪留めが欲しい」



正直彼に頼るのは戸惑った。

でもブラウン以上に頼れる人が居ないのも事実。なんたってデザイナーだし。女性向けなのも。



「ははッそれなら良いよ。面白そうだし」


「仮に依頼して良いとしても、自分の装備は君に頼まない。お前に『手』がバレるからな』


「おん!オレも知りたくないわ……ちなみにどんなのが良いとか分かる?」


「……ごめん検討もつかない、実際にその子と見て決めたいんだ」


「ははッそりゃそうだ。ニシキっちそういう経験無さそうだもんね!」


「……」



別にその事実自体に悔しさとかは感じない――だが、彼にそう言われるとちょっと『来た』。

他の人に言われても何も思わないんだけどな。なんなんだろうな。



……うん、ここは堪えよう。



「そうだなぁ、材料費コミコミで100万あったら大体出来るよ。性能とか拘るなら別だけど」


「あ、見た目だけじゃないのか?ああいうのって」


「モノによるねぇ。課金レシピなら微妙にステータスアップとか付いてる、本当に微妙。レア素材ならそれに毛が生える。あーやめときなよ?レア素材ならもうオレだけじゃ作れないし桁も違うから」


「……そうか」


「そう!あ、一つデキル男情報!課金ショップにはパーティで入ったら一緒に課金衣装見れたりするから覚えとくと良いよ~」


「!」


「ははッやっぱ知らなかった?『RLデート』では基本だよ、ゲームマネーは無いけどリアルマネーが多い男性プレイヤーはよくやるテね~」


「あんまりそれは知りたくなかったな……」



その光景は想像したくない。

でも、良い事を聞いた。



「ちなみに課金レシピだったとしても同じぐらいで出来るか?」


「おん」


「じゃ、渡しとくよ」


「えっ!? もう?」


「ああ。俺の職業、よく知ってるだろ?」


「……まあ、確かに所持金の変動は激しいだろうケド」



《ブラウン様にトレード申請を行います》


《トレード申請が受諾されました》


《1,000,000Gをブラウン様へ譲渡しました》



「ニシキっち、オレがしらばっくれたらどうすんの? まだまだ先なんでしょ加工」


「……俺は君を信用してる、それで答えは十分だろ」


「! そんな真顔で言われると照れるな~。まあいいや、またコッチに来る日時決まったらおせーて!」


「分かった。そんなに遅くはならないはずだから……それじゃ」


「おん!」



王都にて話し込んだ後、俺達は別れる。


……そういや、ブラウンは俺を工房?には入れないんだな。

何か見せられないモノがあったりして。



「さて……ドクからはまだ――」


『ニシキ先生!レンちゃんと今ログインしましたぁ!』


「――!」


『……先生?』


『はは、ごめんごめん。驚いただけだ ――すぐ行く』



「タイミング良すぎだろ……さて、レンはどうなったかな」



苦笑いを一つ。

俺は、彼女達の元へと向かっていった。





「……で、その後気付いたら二時間ぐらい経ってたんだな」


「はい。すいません、もっと早く出るべきでした」


「はは、レンは俺と似てるな。俺も瞑想VRをプレイした時は同じだったよ」


「! そうなんですか」


「そうだよ、だから気にしないで良い。それにしても――雰囲気変わったな」



アレからレンと再会。

彼女は前までどこか俺の視線を避けているようだったが……今は真っ直ぐ、俺の目を見ている。


それにずっとドクの隣に居たのに、今は一人で駆け出して俺へ話に来た。

ドクもそれを感じ取った様で後ろで見守っている。



「……そ、そうですか?」


「ああ。まるで別人だよ――なあ、レン」


「?」


「よく頑張った。辛かっただろ?」


「……! ありがとう、ございます」



俯いて照れる彼女。

……兄さんも言っていた、弟子の『成長』というのはこういう事を言うのだろう。


まるで自分のことの様に嬉しく感じてしまうな。



「ドクもありがとうな。これで後は、二人の戦略を練るだけだ」


「……はい!」


「分かりましたぁ!」






「……で、レンはかなりの遠距離攻撃が得意だから……」


「そうですね。なら、ドクちゃんは……」


「ドクは三人相手するんですよねぇ?」


「対面するのはそりゃ三人だが、実際レンの援護があるからそこまで大変ではないぞ……だからドクはレンがやりやすいよう――」



場所を移して王都の喫茶店。

白紙の本を広げ、色々とまとめていく。

ラロシアアイスの喫茶店と比べテーブルも場所自体も広く、多くのプレイヤー達が寛いでいるこの場所。


ゲーム内でメモを取っていくのも慣れたものだ。

俺ではなく、彼女達が。



「……ドクちゃんの負担が大きい気がします」


「ドクはやれますよ~!」


「はは、それを軽くするのがレンの仕事だ」


「……はい!」



彼女達は本当に真剣で、戦闘の事を話していて楽しい。

おまけに吸収も早いし意見も色々と出してくれる。


……理想の部下ってのは、彼女達の事を言うんだろう。



「ニシキさん?」


「ああごめん、大分固まって来たし二人でデッドゾーンに行ってみると良いぞ」


「!で、デッドゾーンってあの……?」

「何か凄い怖いところですよねぇ!」


「え?あー、ああ」


「マップ説明には、軽い気持ちで行くなとか猛者達が襲い掛かるとかなんとか」


「……」




《マップ説明:デッドゾーン》


そこには安易に足を踏み出してはならない。

並の意思と実力では、直ぐにそこから追い出される事になる。

もし君がその枯れた土地に入った途端、血に飢えた者達が襲い掛かって来るだろう。




……確かに言われてみれば結構怖い感じに書いてあるな。



「はは。これ、ただのPVP専用エリアだから」


「え……そうなんですか」


「だから練習には丁度いいんだ……とりあえず行ってみると良い。最初は負けるかもしれないが気にするな」


「分かりましたぁ!」

「それじゃ早速……行ってきます!」



「ああ、行ってらっしゃい」



手を振り、彼女達が喫茶店から出ていくのを見送る。




そして。

俺は――『背後』を振り返った。





「――で、さっきから何用だ?」


「うわあああぁ!? き、気付いてたのかよぉ……」




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