彼女の世界


《瞑想VRを開始します》


《瞑想VRの世界へようこそ》


《貴方は『無』です。この空間において、貴方は何もできません。ただここに存在するのみです》


《ゲームではありません。ご了承ください。終了するには『終わる』と言うか心の中で唱えて下さい。念の為安全装置が作動し終了する場合もあります》


「……っ、はぁっ……」



訪れる暗闇の空間。

『誰も居ない』、そう嫌でも実感するこの場所。



「……はっ、ふうっ――」



胸に手を当て呼吸を整えようとする。


今はこれで精一杯だ。

何とかこの場に留まるだけで――精神が消耗していくのを感じてしまう。



でも、その時間は長くは持たなかった。



《――「ねえ、あれ誰?」――》


《――「……土石つちいしさん?だっけ。ずっと学校来てなかったんだって」――》


〈――「へー。あんな子同じクラスに居たんだ」――〉



「――っ、やだっ、やだ……」



掘り起こされる記憶。

『誰も味方の居ない』状況が、嫌でもそれを思い出させる。



〈――「なんかすごーいお金持ちの娘なんだってさ」――〉


〈――「なにそれ……学校行かなくてもヨユー的な?」――〉



教室という閉鎖空間。

刺さる視線。

逃げられない。



「……い、いや……私を、見ないで……」



耐え切れず私は頭を抱える。

何も変わらない暗闇の地面が、大きく視界に広がった。




――「終わる」――



そう……口にしようと思った時だった。


現れたのは、遠い昔の声。




〈――「……土石、さんだよね?大丈夫?」――〉


〈――「苗字だと呼びにくいですし、下の名前を教えてくださいぃ〜」――〉


〈――「……へえ、れんちゃんって言うんだ!かっこかわいいね!」――〉


〈――「よろしくですぅ!」――〉



手を差し伸べてくれた二人。

周りの視線とは違い、暖かかったのを覚えている。



《――私は『千石銀』。なんか苗字似てるねー!」


《――ドクは『春風息吹』っていいますぅ!」



これがぎんちゃんとドクちゃんとの出会い。

二人とはそこから一緒に居るようになった。


そしてずっと――私は彼女達に守られるまま。


楽しい日々を過ごして。

RLでも同じ様に、『シルバー』と『ドク』の二人の後ろに隠れていた。



「……私は――」



そして今も、ずっと後ろに隠れている。一人になったドクちゃんの後ろに。

ぎんちゃんの為に――彼女と二人で強くなろうと決めたのに。


私は、ずっと弱いまま。

それが嫌でも抜け出せない。


『変わりたい』。「どうせ変われない」。

まるで沼に足を取られた様に。その沼に『自分から』引きずり込まれる様に。



現実でも。

RLでも――



「――そんなの、嫌だ」



呟く。

他者の視線は怖い。

白の中にある黒い丸――向けられた無数のそれは、怖くて仕方がない。



でも。


ずっと、彼女達の影に隠れ続けるのは――『弱いままの私』なのはもっと怖い!



「――っ、はぁっ……はっ……」



私は、抱えていた手を解いて立ち上がった。

何もないはずの暗闇の中――自身が生み出した視線の海に身を投げる。



「――っ」



拳を握り込む。

動悸が止まらない。

このままじゃ、おかしくなってしまいそうになるけれど。



「変わら、なきゃ――」


「――私が、ぎんちゃんを、ドクちゃんを助けるんだから」


「……こんなの大したモノじゃない――」



視線の海から逃げずに、前を向いて呟き続ける。




「――私も、『ニシキさん』みたいに……!」




そのまま、この世界に立ち続けた。










――――――――――――――――


――――――――


――――






「――あ、あれ……?」



どれぐらいの時間が経ったのか分からない。

でも、動悸や息の乱れは収まっていた。



「……なんで、あんなに怖かったんだろう」



その『視線』達は、間違いなく私に向いていたけれど。

ずっとこの世界で――『何もしなかった』。



見られていただけ。

だから……何なんだ?

その視線で、私の身体に傷がつくわけも無い。当然命を失う事も無い。



――そうだ。

ずっと、そうだったんだ。

何も怖くない。RLなら、その視線が『敵』であるならば……むしろこっちから見て、観察するんだ。怯えている暇があるのなら、次の一手を考えるんだ。

どうして私は今まで――それに怖がっていたんだろう。




「もう、私は大丈夫」




アレだけの恐怖を感じていた、この空間。

そこに座り込んで――目を閉じた。



「というか……これ好きかも」



慣れてしまえば、ここは無音の空間だ。

誰にも邪魔されない――自分と向かい合える場所。




「あはっ……もうちょっと、ここに居ようかな」





そのまま私は、しばらくの間『瞑想VR』をプレイしたのだった。

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