レンの決断
――その日のニシキさんは、どこか表情が硬かった。
「なあレン。『瞑想VR』って知ってるか?」
「……知らないです」
「そうか。君にはそれをプレイして欲しいんだけど」
「?」
「……その、家に安心できる人は居るか?」
彼がなぜそういう事を聞くのは分からなかったが、本気なのは感じた。
どうやらそのゲームは、彼にそうさせる程のものらしい。
「……家には基本、私だけです」
「そうか……ドクはレンの家に行けるか?」
「え?いけますけどぉ……」
「それじゃ頼む」
「分かりましたぁ!」
「い、いや。あの、全く理解が追い付かないんですが」
「ああ。ごめん、ちょっと気が早かったな――とにかく、これは無理と判断したらすぐに止めてくれ」
いつも冷静なニシキさんにしては珍しく焦っていた。
そこでようやく、私は『瞑想VR』について聞くことになる。
☆
アレからしばらくして、私は家に居た。
ドクちゃんが来るまで……何だか気が休まらない。
それもこれも、例のゲームのせいなんだけど。
「レンちゃん家にこんにちはぁ~!相変わらず立派な家ですねぇ。庭も綺麗なこと……」
「来てくれてありがとう。ドクちゃんが居てくれたら大丈夫だよ」
ニシキさんが言っていた『瞑想VR』は、聞いている限りじゃあまり凄さが分からなかった。
でも彼がああいうぐらいなのだからきっと相当なモノなんだろう。
うん……ドクちゃんが横に居るのが頼もしい。
「あそこまでニシキさんが言うって事は、凄いソフトなんですねぇ」
「うん……とりあえずやってみようか。ごめんねドクちゃん、適当に寛いでて。本なら一杯あるから」
「はーい!」
「……それじゃ――」
《瞑想VRを開始します》
《瞑想VRの世界へようこそ》
《貴方は『無』です。この空間において、貴方は何もできません。ただここに存在するのみです
《ゲームではありません。ご了承ください。終了するには『終わる』と言うか心の中で唱えて下さい。念の為安全装置が作動し終了する場合もあります》》
機械音声。
『ゲームではありません』が……嫌に耳に残ったのを覚えている。
☆
《瞑想VRを終了します》
《お疲れ様でした》
《ご意見、ご感想――》
「――っ!!はぁっ、はぁっ……!」
「ちょ、ちょっとレンちゃん!?大丈夫ですか!?」
「……あ、ど、ドクちゃ……」
ヘッドギアを捨てる様に脱ぎ、駆け寄ってきた彼女に身を任せる。
そこに居たのは一瞬だったはずだった。
でも、怖くてたまらない。
その『独りぼっち』の『無の空間』は――この世のどんな場所よりも地獄だと思える程に。
「はーい、大丈夫ですよぉ……ドクはココに居ますから……」
「……あ、ああ……」
服が汗でびっしょり濡れているのに気付いたのは、彼女に抱き着いてからだった。
それでも、申し訳ないと分かっていてもドクちゃんから離れられない。
ただ。
今、自分は独りじゃないと感じたかった。
☆
「……落ち着いたです?」
「うん……ありがとう」
「これ水です、飲んでくださいね。それと何があったか教えてください」
「……うん……そこは、ただの何もない空間で……」
「はい」
「私一人だけで、音も光も何もなくて、逃げられなくて……」
「はい……すごく辛かったですね。今はドクが居るから大丈夫です」
「……うん。ありがとう」
「いいえ。ドクは今レンちゃんの為にここに居ますからねぇ」
彼女は何時もはほんわかとした雰囲気なのに、こんな時は凄く頼れる姿になる。
……自分とは程遠い存在だった。
「それで。どうしますか?」
「……っ」
『勿論続ける』。
その意思表示の為に、私はヘッドギアを取るものの。
「手、酷く震えていますよ」
「うぅ……怖い。怖いよ、ドクちゃん……」
それは、『ゲーム』のはずなのに。『友達』の為のはずなのに。
拒絶反応で、身体の震えに涙まで出てくる。
「シルバーちゃんの為とはいえ、無理は駄目です」
「……でも……」
「ねえ、レンちゃん」
「……?」
震える私の手を両手で握り、彼女は続ける。
「――ドクが、レンちゃんの分まで頑張りますから」
「!」
彼女の目は本気だった。
……そして、更に自分が弱く感じて。
『このままじゃ嫌だ』と、そう思った。
「……ねえ、ドクちゃん」
「なんですか?」
「向こうの部屋に行ってて」
「!? ななっ、なんでですか!?」
「……私、ずっとドクちゃんに頼ってきたの。隣に居られたら、私はまたドクちゃんに逃げちゃうから」
RLでも、現実でも。
ずっと私は逃げて来て、ずっと私は守られてきた。
学校の教室で過ごす時も。RLをプレイする時もずっと。
『独りぼっち』が誰よりも怖くて、誰かと一緒じゃないと不安になってしまう弱い自分を。
今日――変えるんだ。
「本気ですか?」
「うん」
「……はい。分かりました」
ドクちゃんは私の目をじっと見てから、納得が行かない様子ではあるもののこの部屋から出ていく。
パタンと音が響く。
それからは、ずっと無音だ。
「……」
私だけの部屋。
誰も助けてくれない部屋。
もう、逃げない。
「……はぁ、ふう……よしっ」
覚悟を決めて。
その中で私は――ヘッドギアを被った。
《瞑想VRを開始します》
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