レンの決断


――その日のニシキさんは、どこか表情が硬かった。



「なあレン。『瞑想VR』って知ってるか?」


「……知らないです」


「そうか。君にはそれをプレイして欲しいんだけど」


「?」


「……その、家に安心できる人は居るか?」



彼がなぜそういう事を聞くのは分からなかったが、本気なのは感じた。

どうやらそのゲームは、彼にそうさせる程のものらしい。



「……家には基本、私だけです」


「そうか……ドクはレンの家に行けるか?」


「え?いけますけどぉ……」

「それじゃ頼む」

「分かりましたぁ!」


「い、いや。あの、全く理解が追い付かないんですが」


「ああ。ごめん、ちょっと気が早かったな――とにかく、これは無理と判断したらすぐに止めてくれ」



いつも冷静なニシキさんにしては珍しく焦っていた。

そこでようやく、私は『瞑想VR』について聞くことになる。





アレからしばらくして、私は家に居た。

ドクちゃんが来るまで……何だか気が休まらない。


それもこれも、例のゲームのせいなんだけど。



「レンちゃん家にこんにちはぁ~!相変わらず立派な家ですねぇ。庭も綺麗なこと……」


「来てくれてありがとう。ドクちゃんが居てくれたら大丈夫だよ」



ニシキさんが言っていた『瞑想VR』は、聞いている限りじゃあまり凄さが分からなかった。

でも彼がああいうぐらいなのだからきっと相当なモノなんだろう。


うん……ドクちゃんが横に居るのが頼もしい。



「あそこまでニシキさんが言うって事は、凄いソフトなんですねぇ」


「うん……とりあえずやってみようか。ごめんねドクちゃん、適当に寛いでて。本なら一杯あるから」


「はーい!」


「……それじゃ――」



《瞑想VRを開始します》


《瞑想VRの世界へようこそ》


《貴方は『無』です。この空間において、貴方は何もできません。ただここに存在するのみです


《ゲームではありません。ご了承ください。終了するには『終わる』と言うか心の中で唱えて下さい。念の為安全装置が作動し終了する場合もあります》》



機械音声。


『ゲームではありません』が……嫌に耳に残ったのを覚えている。








《瞑想VRを終了します》


《お疲れ様でした》


《ご意見、ご感想――》



「――っ!!はぁっ、はぁっ……!」


「ちょ、ちょっとレンちゃん!?大丈夫ですか!?」


「……あ、ど、ドクちゃ……」



ヘッドギアを捨てる様に脱ぎ、駆け寄ってきた彼女に身を任せる。


そこに居たのは一瞬だったはずだった。

でも、怖くてたまらない。

その『独りぼっち』の『無の空間』は――この世のどんな場所よりも地獄だと思える程に。



「はーい、大丈夫ですよぉ……ドクはココに居ますから……」


「……あ、ああ……」



服が汗でびっしょり濡れているのに気付いたのは、彼女に抱き着いてからだった。


それでも、申し訳ないと分かっていてもドクちゃんから離れられない。

ただ。

今、自分は独りじゃないと感じたかった。






「……落ち着いたです?」


「うん……ありがとう」


「これ水です、飲んでくださいね。それと何があったか教えてください」


「……うん……そこは、ただの何もない空間で……」


「はい」


「私一人だけで、音も光も何もなくて、逃げられなくて……」


「はい……すごく辛かったですね。今はドクが居るから大丈夫です」


「……うん。ありがとう」


「いいえ。ドクは今レンちゃんの為にここに居ますからねぇ」



彼女は何時もはほんわかとした雰囲気なのに、こんな時は凄く頼れる姿になる。


……自分とは程遠い存在だった。



「それで。どうしますか?」


「……っ」



『勿論続ける』。

その意思表示の為に、私はヘッドギアを取るものの。



「手、酷く震えていますよ」


「うぅ……怖い。怖いよ、ドクちゃん……」



それは、『ゲーム』のはずなのに。『友達』の為のはずなのに。

拒絶反応で、身体の震えに涙まで出てくる。



「シルバーちゃんの為とはいえ、無理は駄目です」


「……でも……」


「ねえ、レンちゃん」


「……?」



震える私の手を両手で握り、彼女は続ける。



「――ドクが、レンちゃんの分まで頑張りますから」


「!」



彼女の目は本気だった。


……そして、更に自分が弱く感じて。

『このままじゃ嫌だ』と、そう思った。



「……ねえ、ドクちゃん」


「なんですか?」


「向こうの部屋に行ってて」


「!? ななっ、なんでですか!?」


「……私、ずっとドクちゃんに頼ってきたの。隣に居られたら、私はまたドクちゃんに逃げちゃうから」



RLでも、現実でも。

ずっと私は逃げて来て、ずっと私は守られてきた。


学校の教室で過ごす時も。RLをプレイする時もずっと。

『独りぼっち』が誰よりも怖くて、誰かと一緒じゃないと不安になってしまう弱い自分を。



今日――変えるんだ。



「本気ですか?」


「うん」


「……はい。分かりました」



ドクちゃんは私の目をじっと見てから、納得が行かない様子ではあるもののこの部屋から出ていく。

パタンと音が響く。

それからは、ずっと無音だ。



「……」



私だけの部屋。

誰も助けてくれない部屋。



もう、逃げない。



「……はぁ、ふう……よしっ」



覚悟を決めて。

その中で私は――ヘッドギアを被った。




《瞑想VRを開始します》

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