糸の死闘①
「始めようか――オレの『
彼の声は、決闘場に響き渡る。
ブラウンは、見ていれば出血による継続ダメージもあり……そのままでは後一分も経たずに死ぬ。
唱えていたスキルは回復系だろう、それでもHP減少量の方が大きいのだ。
対して俺は『黄金の意思』の発動中。
更に言えば体力も一割。状態異常は『装備固定』のみ。
『魂刀化』の効果時間は終了したものの……今俺が装備しているのはれっきとした亡霊の魂斧だ。
俺は逃げていても勝てる。
でも、そんな絶体絶命と言えるその状況に――ブラウンはむしろ、笑っていて。
「?来ないならオレから行っちゃうけど!死んじゃうしね――」
距離にして二十メートル。
俺は、接近するべきだとは分かっていた。
それでも――ほんの数秒硬直してしまう。
彼が何をしてくるのか、全く予想が付かなかったからだ。
「――『パワースロー』!!」
「!」
ところが、彼は意を反して『普通』の投擲を行った。
不意を取られた為思考が遅れる。
「――っ」
どうする……避けるか?
いや、武器での無効化でも良い。
『反射』は少々リスキーか?
いや。大丈夫――このスピードなら。
今の俺の集中力なら。
「――」
タイミングを見計らいながら、俺は斧を構える。
俺が選択したのは、『武技』による反射。
高速で接近するそのナイフは――目が慣れた今、可能と感じた。
……しかし。
思考の奥底で、『違和感』が現れる。
本当にそうか?
今の『彼』が、そんな素直に攻撃をしてくるだろうか?
考えろ。
まだ間に合う。
その違和感の正体は――
《――「……そのナイフは、亡霊の素材から?」――》
《――「お!流石武器商人さん。お目が高いね、その通り~」――》
思い出すのはその会話。
彼が使うのは紛れもなく俺と同じ亡霊シリーズ。
そしてそれは――『属性』も同じと考えるべきなんだ。
……思い出せ。
ブラウンが持つナイフは今まで――『黒の変質』が発動していたか?
否。
『黒の変質』であるならば、それは今、絶対に『発動している』筈なんだ。
なぜなら体力が三割以下になった瞬間『自動発動』なのだから。
つまり、彼のナイフは――俺と同じ様『魂刀化』が施されている。
三つある属性の内、『黒の変質』から『魂刀化』を上昇させている以上。
絶対に、彼はソレを使ってくる筈なんだ。
そして。
もし、今がその時だったのなら?
「――!」
目の前。
軌道は俺の腹へと一直線。
……その答えに辿り着くまでに、時間が掛かり過ぎた。
もう、避けるのは不可能。
「――『魂刀化』!」
「っ――!」
俺に到達する直前、そのナイフはブラウンの声により『刀』へと形を変える。
リーチでいえばほぼ三倍以上に伸びるそれ。
もし武技で『反射』なんて狙っていれば――俺が斧を振るった瞬間、『伸びた』刀が腹を貫いていただろう。
……でも。
間一髪、間に合った。
軌道の先に、刃を横にして盾としたおかげで微量のダメージで済んだよ。
「……はっ、はあ……」
「ははッ、まさかコレもヨマれるなんてなあ……ニシキっちってもしかして天才?」
「……!」
「あーあ。アレだけあった魂小刀も全部使っちゃった――」
やれやれといった様に肩を竦めるブラウン。
……でも。
そんな言葉、仕草とは裏腹に。
彼の目は――輝きを増す。
『まだまだ終わってない』……そんな風に。
ギラギラと。底知れぬ殺意が俺を覆った。
「楽しいねえ、ニシキッち」
「っ……ああ」
笑う彼。
思わず息を止めていた。
これまで闘ってきた者達の中で――確実に、『兄さん』の次に強い。
迫りくる『手』を潰しても潰しても潰しても、新たな何かをぶつけてくる。
それは、潰すたびに強くなっていくようで終わりが見えない。
彼のオーラの様なモノはどんどんと強くなっていく。
……そして同時に、楽しくて仕方ないんだ。
こんな強者と――闘っていられるこの瞬間が!
「――っ」
でもこの決闘も、もうすぐ終わり。
ブラウンの残HPは継続ダメージにより僅か5%を切った。
お互いどちらかが死ぬまで――それなら。
絶対に俺が、最後に立っていたい。
「『
何かのスキルを呟きながら、彼は俺を見据える。
同時に見えたのは――『スチールナイフ』を持つブラウンの姿。
白いエフェクトが、彼の手を包み込んでいく。
……もう、彼には魂小刀は残っていない。
それでも。その何でもないスチールナイフが、これまでで一番脅威に見えて。
思わず俺は、彼に接近するのを止めた。
今、『走る』動作すらも――彼には『隙』となってしまいそうで。
「――っ!」
そして。
視界、前方。
彼の投擲モーション。
足を踏み出し。
腕を大きく振り上げて。
やがて、そのナイフは手から放たれるだろう。
「な――」
……それは、きっと幻なんだ。
でも。
今――確かに。
遥か遠く。ブラウンのその投擲の姿には――
――あの、『キッド』の幻影が見えた。
「ッ――『スピードスロー』ォ!!!」
魂が籠った声。
放たれる超高速のスチールナイフ。
ここにきて新たな投擲武技、高速戦闘も合いまってこれまでで一番のスピード。
キッドの投擲を思わせるそれは――間違いなく当たれば死ぬだろう。
タイミングを取る暇も無い為……斧を振って無効化も出来る気がしない、反射も当然無理だ。
「――」
なら、避けるしかない。
――落ち着け。
軌道は真っ直ぐ。予測だがその先は俺の首元。
彼の投擲のモーションが完成するまでに、俺は避ける準備はしてきた。
「――っ!!」
完璧だった。
半歩程横にずれ、その軌道上からスレスレで避けられる位置。
これなら――
「――――え?」
その時。
迫りくるナイフの挙動が。
「な――」
――ぐらりと『揺れる』。
――ぬるりと『動く』。
まるで俺が逃げた先へ修正されるかの如く。
『投擲』において、そんな事はあり得ない。
魔法や矢も、途中で意図的に動きが変わるなんて事は。
でも。
俺の嘆きは全く意味を為さない。
今――それは、起こってしまっているのだから。
「……っ!!」
これまでに無い程に――ゆっくり、ゆっくりと進む時間の中。
凄まじい早さで俺の元へ向かうナイフ。
《――「『抜刀』」――》
フラッシュバック。あの時の兄さんの居合。
浮かび上がるのは、『敗北』のイメージだった。
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