彼がナイフを握るまで
オレは、昔からダサい事が嫌いだった。
特に暴力。
現代において――それはもっともダサい行為。
喧嘩の強さとか……そんなモノ、あったって何になる?
拳同士の闘いとか、もうこの時代には必要のない代物だろう。
『ずっとブラウンさんのファンだったんです!』
『RLでも貴方のデザインの装備を着れるなんて……!』
『一生『ブラウンカラー』で行きます!』
「うんうん、皆ありがと~」
俺はSNSで届く大量のメッセージに呟く。
地味なヤツほど派手に、そんなコンセプトを元に掲げたブランド。
『
学校を卒業した後、このアパレルブランドを立ち上げて五年。
趣味の延長から始めたそれは――オレが思っていたよりも成功した。
そりゃ色々大変だったし忙しかったけど。お肌もボロボロだったし一時期。
……そして世間では大人気のゲーム、RealLifeOnline。通称RL。
ある程度名が売れた今、その課金衣装のデザインも頼まれたのだが……報酬額の桁が普段の依頼よりも一つ上だった。別に金がどうとか思わないが、コレだけ出すほど期待してくれてるなら――そう思って依頼にのったのだ。
「……結果は大成功☆、と。ただコレは正直あんまりなんだよね~」
お礼?にと送れられてきたギアセット。
五十万を超える機器をタダでもらえて、RLを遊べるなんてそりゃありがたい事なんだけど。
「現実でデザインしてる方が楽しいんだよな~。女のコがほとんど美女ってところは良いけどね」
職業も裁縫士なんてのがあったからそれにしたけど、やっぱリアルの方が良い。
ゲームじゃ限界もあるし。
「まあ、今日も可愛いコと散歩でもしよっかな」
《GAME START》
☆
《ブラウン LEVEL35 裁縫士》
裁縫士は便利な職業だった。
なんせ、『戦闘』をしなくてもレベルがどんどん上がっていくからな。
というよりもオレの技術が高すぎるからって感じ?はは。
「ぶ、ブラウンってほんとに『この』ブラウンなんだよね?」
「おん!キミが着てる服っつか装備、オレがデザインしたヤツ」
「す、すごーい!」
「ははッ、そりゃどうも~」
そしてオレは、自分が作った服を着るプレイヤーと歩くのが好きだ。
老若男女問わず――次々とインスピレーションが沸いてくる。
この人物には、もっと似合う服があるんじゃないかとか、この色の方が良いじゃないかとか。
こんなファンタジー世界を歩けるなんてRLぐらいだからな、現実とは違う発想が出てきて面白い。
今隣に居るのは、オレ好みのメチャクチャ可愛い女の子だけど。
「帰ったら、一つキミに製作したげちゃおっかな。簡単なモノで良いなら」
「ほんと~!?滅茶苦茶嬉しい!」
「いやあ、製作者としてミョウリに尽きるね~」
そしてまたオレの作った服を着て喜ぶお客さんを見るのも好きだ。
……本当に、コレさえなければ。
《アイスウルフ LEVEL22》
「あ、モンスターだ」
「……だね」
「ブラウンって生産職だもんね、じゃあワタシが倒すよ!」
そう言って、隣に居たカワイ子ちゃんはモンスターに襲い掛かる。
彼女の職業は『軽戦士』だった。
自分には不可能な程軽い身のこなしで、アイスウルフなんて余裕で立ち回っていく。
《経験値を取得しました!》
「お、おう。凄いねキミ……」
「ふふっ、ワタシ闘うの好きなんだよね!」
「……ははッ、そりゃスゲーや」
この世界において、戦闘は大きな要素の一つであり……それを楽しむのは当たり前で。
それが上手いヤツは持て囃され、必要とされていく。
そんなRLが、俺は嫌だった。
『なんでプレイしてんだよ』って言われたら、もう何も返せないね。
あえて言うなら運営サマから貰ったから?つまんねー理由だよな。分かってるよ。
「ブラウンはやらないの?楽しいよ!」
「ははッ、オレは裁縫士だからさ~戦闘しなくてもレベル上がりやすいし」
「ふーん?」
言い訳を並べながら、俺は歩く。
これだからあんまりRLに乗り気がしないんだよな。
まるで、不得意なモノから逃げるガキ――
「――おい!生産職が居るぞ!」
「おっでも一人は軽戦士か……」
「構わねえ!こっちは3人だぜ!」
《??? LEVEL23》
《??? LEVEL23》
《??? LEVEL23》
「おいおい、マジかよ……」
ラロシアアイス。遠くに見えるその影。
気が落ちた瞬間――追い打ちをかける様に現れたそのプレイヤー。
PK職。
俺達生産職とは真反対といえるその職業。
この世界で、一番嫌いな者共だ。
「あ……やば、プレイヤーキラー……こわい、どうしよ、ワタシ人となんて闘いたくな――」
「――キミ逃げて。楽しかったよ、アリガトね」
「え?それじゃブラウンが!」
心配そうに見る彼女。
そりゃそうか、オレは裁縫士だもんな。
「いやぁ実はオレ、ヒトとの闘いは得意なんだよ」
「え……本当?」
「うん、何といってもキミの服をあんな奴らに汚させてくないし」
「!」
「だから先に帰っててよ。ははッ『邪魔』になっちゃうからさ」
「わ、分かった……やっぱりカッコいいね、ブラウンって!」
走り去っていく彼女。
……ああ。
今のジブン、最高にダサいな。
「――!?おい、一人逃げていくぞ!」
「裁縫士一人置いて何やってんだ!?」
「囮にでもされたんじゃねーの」
「ハハハ、それじゃ残った一人を――」
取り囲むPK職達。
彼女にはああ言ったが……勿論プレイヤーとの戦闘なんてした事が無い。
勝てる気ゼロ。おまけに三人いるし。勝率マイナス?
……オレは、ただ情けない姿を見せたくないだけ。
何も出来ず、蹂躙される己の姿を。
『ブラウン』という男に、失望して欲しくなかったんだ。
「……あ?何もしねーぞコイツ」
「もう諦めたんじゃねーの」
「ハハハ、それなら都合良いだろ――」
迫りくる刃。
思わず俺は目を瞑ってしまう。
――ああ。
もう、辞めてしまおう。
こんなサイアクな気分を味わうぐらいなら。
今後また……こんな者共に遭う可能性があるのなら。
オレはもう、この世界から――
「――へ?なんで……ッ!?」
届くはずの衝撃は、来る事が無く。
感じたのは――新たなプレイヤーの気配だった。
《キッド LEVEL???》
「ぴ、PK職……?」
「大丈夫だ。敵じゃないから安心しろ――」
目の前に居たのは黒のシルクハットを被った男。似合ってないからよく覚えてる。
襲ってきた奴らとは同じ、赤い名前表示だが――その名前は見えた。
「き、キッドだ……」
「なんでこんなとこにいんだよ!?」
そしてかつ、俺に襲い掛かっていたはずのPK職共が怯えていたのだ。
☆
キッドは3人いたPK職達を、子供相手と思える程に圧倒していた。
まるで踊る様に攻撃を避け、投擲によってHPを奴らのHPを削り取っていく。
アレだけ嫌いだった『戦闘』の風景だったのに――オレはすっかりそれに見惚れていて。
「ぐあッ――」
「――や、やっぱ無理だ……」
「なんでラロシアアイスなんかに居るんだよ!?」
「うっせえ奴らだなおい!オレがここに居たらダメかよ――『ダブルスロー』!」
「ぐああッ……」
「うっ……」
馬鹿みたいな速さで飛んでいくナイフ、当たると同時に奴らが吹っ飛ぶ。
そして――あっという間に、三人は死んだ。
……一人対大人数のPK職に圧勝。
悔しいが、カッコよかった。
そしてオレが――更に惨めになった。
一生かかっても届けない、そんな存在に出くわした気がして。
「ス、スッゲーなアンタ」
「ふう。こんな奴ら雑魚過ぎて目じゃねー……お前は闘わねーの?さっきはあんな威勢良かったのによ」
「……い、いやオレは裁縫士だからね~カワイ子ちゃんを逃す方が大事だから。ほらほら、イノチを犠牲に女のコを助けるって、良いじゃん?」
「へー?普通にあいつら全員ぶっ倒す方がカッコいいと思うけどな」
「……おに―さん、マジで言ってる?だからオレは――」
そう、自分で言って気が付いた。
早口で負ける理由を探して、良い訳を並べるソレ。
今のオレは――途轍もなく『ダサい』事に。
「ん?」
「いや、何でも」
「ハッ……まーこんな職業のオレが言うのもアレだが。お前の職業でも出来るぜきっと」
「な、なにがよ?」
「アイツらを、全員倒す事ぐらい」
「は!?」
「そんな驚くなよ。ああそうだ、比較しちゃアレだが『商人』でもいけるぜ!予測だけど」
「え、はぁ……?なんで商人が――」
「――ってこんな事してる場合じゃねえ!その商人がアラタと会ってるんだったわ!」
どうしてそこで『不遇』の商人が出てくるのか。
頭が追い付かないまま、彼はいそいそとナイフを仕舞う。
急ぎの用事がある――そんな感じだったが。
「……ねえ、おにーさん。一つ聞いて良いかな」
「ああ?」
「どうすれば、アンタみたいになれるんだ」
思わず言っていた。
偶然出会った――間違いなく、オレの『最強』である彼に。
心に芽生えたその衝動のまま。
数分前の自分では、決して出てこないその台詞に。
「……超絶難しい質問だが――」
キッドは振り返り、俺に向いて。
「――次からお前は、『二度と負けるな』」
「……へ?」
「ハッ、あくまで目標だけどな。負けてもRL辞めろとか言ってるわけじゃねーから。ただ――」
笑って、キッドはオレの額に人差し指を押しあてる。
「――HPが0.1%になっても、右腕を切り離されても。相手がこのオレだったとしても。『勝利』の為に足掻き続けろ」
「自分に出来る事が何なのか、自分の武器がなんなのか。『ゲーム』なんてことも忘れるぐらいに」
「そうすればいつの間にか――っと、じゃあな!」
そのまま、彼は走り去っていく。
呆然とするオレを他所に。
「……ははッ、何だよそれ……」
空を見上げる。
どうしてか、オレは拳を強く握りしめていた。
《――「普通にあいつら全員ぶっ倒す方がカッコいいと思うけどな」――》
「……分かってるさ、そんなコトは」
思い出す彼のセリフ。
この世界に来てから……オレは何時からか、己に腹が立っていた。
『弱い』自分へ。
『逃げている』自分に。
『ダサい』自分へ。
でも――これからやり直す!
「『二度と負けるな』かあ……ムリ難題を言ってくれるよね」
空から地面へ。
さっそく現れた敵。
《アイスウルフ LEVEL23》
「ははッ。じゃあ、早速――」
その氷雪の狼に向けて。
オレはその時、久しぶりに――インベントリの奥底から『スチールナイフ』を取り出した。
「――始めようか、オレの『
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