糸の死闘②
あの時、アイスウルフに死に物狂いで勝ってから。
オレのRLは、文字通り『世界』が変わった。
身体を動かし脳をフル稼働させて勝つ、『ギリギリ』の感覚が気持ちよかった。
強くなりたい――その願望は、それから闘っていく度に増していく。
ラロシアアイス、『亡霊』を倒して。
襲い掛かるPK職共も返り討ちにして。
《――「もっと強えヤツ、居ねぇかな~」――》
戦闘が終わった後、増えて来た『消化不良』に陥れば……ふと呟く自分が居た。
そして気付く。
オレは……多分、強くなったんだって。
そしてそのせいで――昔の様なギリギリの感覚が薄れてきていて。
まるでぬるま湯だった。
そしてオレは――
《――「アンタ倒したらタダで製作してくれるって本当か?」――》
《――「おん!よく知ってるね。かかってきな~」――》
――このままでは、あの『最強』が遠のいてしまう。
そう思ったオレは何時からか自分から闘う相手を求め始めた。
そんな日々。
それでも中々お目当ての相手には会えなかったが。
ふと、届いたそれ。
《――『ねっブラウン久しぶり!貴方闘う相手探してるんでしょ?』――》
《――『上機嫌だねクマっち。久しぶり、良いヒト居るの?』――》
《――『ええ!貴方によく似た人よ』――》
《――『マ!?おいおいどんなオシャレ野郎だよ」――》
《――『……そっちに似てるんじゃないけど、まあいいわ……』――》
そのメッセージの後。
現れたのは、昔キッドが言っていた――不遇職の『商人』だった。
装備はほとんどNPC品。
しかし武器だけは、オレと同じ『亡霊』シリーズ。
久しぶりに胸が高鳴ったのを覚えている。
☆
それから、この決闘が始まって――
「楽しいねえ、ニシキッち」
「っ……ああ」
間違いなく。
オレが出会ってきた中で――ニシキっちは『キッド』の次に強いと感じたんだ。
そう思わせる程のオーラが彼にはあった。
ははッ、そりゃ見るからに黄金に光ってるからなんだけど!
……オレの魂小刀の『魂刀化』を利用した、リーチが変化する投擲にも対応してみせたしね。
アレは反射を持っている彼には効いたと思ったけど、どうやら勘づかれたみたいだった。
「『剛糸増強』、『高速戦闘』……」
そんなツワモノ。
それに出会えた幸運。
――だからこそ。
今。
持つモノ全てを――彼にぶつけたい。
スキルも武器も……これで最後。
あの時、初めてアイスウルフに歯向かったオレの様に。
カバンの奥底に入れておいた――『スチールナイフ』を握り込んだ。
「さあさあ、コレがオレの最後の投擲だね――」
ゆっくりと進む世界で。
『ギリギリ』の中に現れる己のソレを感じながら、両目をこじ開け彼を見た。
……偶に仕事をしている時、オレは『
バカみたいに手先が器用に、機敏になって。
そしてそれに入ったらもう時間の感覚は無いに等しい。気付けば一日の半分が終わってたなんて事はざらだった。
そして『亡霊』と闘った時から――オレは似たようなソレが、この世界でも現れるようになった。
現実と違い、そのゾーンに入れば一瞬がとんでもなく長くなる不思議な感覚。
景色がやけに鮮明になって、敵の足の爪先を狙って当てられるぐらいの投擲が出来たり。
何といっても……敵の目、四肢、心の動きが、まるで手に取るように分かるんだ。
……そう。
まるで、今――
このセカイは、オレのモノだと思える程に。
「ッ――『スピードスロー』ォ!!」
思い浮かべるのは『最強』の投擲。
これまでで最高の感覚を感じながら、正真正銘最後のそれを行う。
『スピードスロー』。
威力を失う代わりに、速度が上がったその投擲武技に。
『高速戦闘』による二倍速の投擲モーションで、更にそのスピードと威力は上昇する。
そして、何といっても――
「――――!?」
驚愕の反応。
ニシキっちのそれは、カンペキな回避だった。
最小限の動きで、軌道から逸れた位置へとズレている。
でも――残念ながら、このオレの投擲に『逃げる』選択肢は無効だ。
「な――」
『
そのスキルは自身の武器と持つ手に糸が絡みつき、自身の残HPが少ない程に次の攻撃の威力を増すスキル。
ただそれだけじゃなく……投擲に関しては追加効果があるんだ。
隠し効果でも言うべきだろう。
投げたその武器には、スキルによる『糸』がくっついて行き――特殊な『遠隔操作』が出来る様になる。
イメージはタコ糸といった所かな。
……ただ、その操作は途轍もなく難しい。
初めてやった時は、簡単にあらぬ方向へ行って命中所ではなかった。
遅いスピードなら何とか出来たけど、それじゃ敵に弾かれて終わり。
クルマの運転と同じ、速度が増すにつれてハンドル操作は難しくなっていくもので。
本来なら想定されていない――『おまけ要素』なんだろう。
「――ッと……」
でも――『今』のオレなら。
ニシキっちの目の動き、回避運動、驚愕の精神反応……なだれ込んでく情報全て。
それを掌握し、この高速の小刀を完璧に操作出来る。
『回避』も『無効化』も、当然『反射』も。
全てが、オレには通用しない。
絶対不可避の投擲術は、キミのおかげで完成した。
「……感謝するよ、ニシキっち」
紅い視界。
ゼロに向かうHP。
こんなにも――ギリギリの戦闘は久しぶりだった。
こんなにも――ジブンが強くなっていく感覚を味わうのも!
「――ッと」
彼の首元へ軌道を修正、完了。
当然ながら――操作している間はオレはそれ以外何も出来ない。
だが、『装備固定』状態の彼は投擲不可。
その右手で投げても……この距離なら届かないしダメージもカスだ。
……そう、そのはずなのに。
「――――!?」
この、『殺意』は何だ?
この空間全てから睨まれている様な錯覚は?
――侵入してくるヤツが居る。
まるで。
この『オレのセカイ』へ――腕が突っ込まれ、壊されていく様に。
「ッ――!?」
そんな、背中が冷たくなるような感覚が――
「――っ、らあああ!!!」
――僅かにオレの『操作』を乱す。
そして今。
彼は……その手に持つ魂斧を、地面に刺さっていた『刀』へと振り下していたのだ。
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