糸の死闘②


あの時、アイスウルフに死に物狂いで勝ってから。


オレのRLは、文字通り『世界』が変わった。

身体を動かし脳をフル稼働させて勝つ、『ギリギリ』の感覚が気持ちよかった。

強くなりたい――その願望は、それから闘っていく度に増していく。



ラロシアアイス、『亡霊』を倒して。

襲い掛かるPK職共も返り討ちにして。



《――「もっと強えヤツ、居ねぇかな~」――》



戦闘が終わった後、増えて来た『消化不良』に陥れば……ふと呟く自分が居た。


そして気付く。

オレは……多分、強くなったんだって。

そしてそのせいで――昔の様なギリギリの感覚が薄れてきていて。



まるでぬるま湯だった。

そしてオレは――



《――「アンタ倒したらタダで製作してくれるって本当か?」――》


《――「おん!よく知ってるね。かかってきな~」――》



――このままでは、あの『最強』が遠のいてしまう。

そう思ったオレは何時からか自分から闘う相手を求め始めた。



そんな日々。

それでも中々お目当ての相手には会えなかったが。




ふと、届いたそれ。





《――『ねっブラウン久しぶり!貴方闘う相手探してるんでしょ?』――》


《――『上機嫌だねクマっち。久しぶり、良いヒト居るの?』――》


《――『ええ!貴方によく似た人よ』――》


《――『マ!?おいおいどんなオシャレ野郎だよ」――》


《――『……そっちに似てるんじゃないけど、まあいいわ……』――》




そのメッセージの後。

現れたのは、昔キッドが言っていた――不遇職の『商人』だった。


装備はほとんどNPC品。

しかし武器だけは、オレと同じ『亡霊』シリーズ。


久しぶりに胸が高鳴ったのを覚えている。



それから、この決闘が始まって――



「楽しいねえ、ニシキッち」


「っ……ああ」



間違いなく。

オレが出会ってきた中で――ニシキっちは『キッド』の次に強いと感じたんだ。


そう思わせる程のオーラが彼にはあった。

ははッ、そりゃ見るからに黄金に光ってるからなんだけど!


……オレの魂小刀の『魂刀化』を利用した、リーチが変化する投擲にも対応してみせたしね。

アレは反射を持っている彼には効いたと思ったけど、どうやら勘づかれたみたいだった。



「『剛糸増強』、『高速戦闘』……」



そんなツワモノ。

それに出会えた幸運。



――だからこそ。

今。

持つモノ全てを――彼にぶつけたい。


スキルも武器も……これで最後。

あの時、初めてアイスウルフに歯向かったオレの様に。

カバンの奥底に入れておいた――『スチールナイフ』を握り込んだ。



「さあさあ、コレがオレの最後の投擲だね――」



ゆっくりと進む世界で。

『ギリギリ』の中に現れる己のソレを感じながら、両目をこじ開け彼を見た。



……偶に仕事をしている時、オレは『領域ゾーン』に入る事がある。

バカみたいに手先が器用に、機敏になって。

そしてそれに入ったらもう時間の感覚は無いに等しい。気付けば一日の半分が終わってたなんて事はざらだった。


そして『亡霊』と闘った時から――オレは似たようなソレが、この世界でも現れるようになった。

現実と違い、そのゾーンに入れば一瞬がとんでもなく長くなる不思議な感覚。

景色がやけに鮮明になって、敵の足の爪先を狙って当てられるぐらいの投擲が出来たり。

何といっても……敵の目、四肢、心の動きが、まるで手に取るように分かるんだ。



……そう。

まるで、今――



このセカイは、オレのモノだと思える程に。





「ッ――『スピードスロー』ォ!!」





思い浮かべるのは『最強』の投擲。

これまでで最高の感覚を感じながら、正真正銘最後のそれを行う。


『スピードスロー』。

威力を失う代わりに、速度が上がったその投擲武技に。

『高速戦闘』による二倍速の投擲モーションで、更にそのスピードと威力は上昇する。



そして、何といっても――




「――――!?」



驚愕の反応。

ニシキっちのそれは、カンペキな回避だった。

最小限の動きで、軌道から逸れた位置へとズレている。


でも――残念ながら、このオレの投擲に『逃げる』選択肢は無効だ。



「な――」



剛糸増強ストリング・ストロング』。


そのスキルは自身の武器と持つ手に糸が絡みつき、自身の残HPが少ない程に次の攻撃の威力を増すスキル。

ただそれだけじゃなく……投擲に関しては追加効果があるんだ。

隠し効果でも言うべきだろう。

投げたその武器には、スキルによる『糸』がくっついて行き――特殊な『遠隔操作』が出来る様になる。

イメージはタコ糸といった所かな。



……ただ、その操作は途轍もなく難しい。

初めてやった時は、簡単にあらぬ方向へ行って命中所ではなかった。

遅いスピードなら何とか出来たけど、それじゃ敵に弾かれて終わり。

クルマの運転と同じ、速度が増すにつれてハンドル操作は難しくなっていくもので。

本来なら想定されていない――『おまけ要素』なんだろう。




「――ッと……」




でも――『今』のオレなら。

ニシキっちの目の動き、回避運動、驚愕の精神反応……なだれ込んでく情報全て。

それを掌握し、この高速の小刀を完璧に操作出来る。



『回避』も『無効化』も、当然『反射』も。

全てが、オレには通用しない。



絶対不可避の投擲術は、キミのおかげで完成した。





「……感謝するよ、ニシキっち」





紅い視界。

ゼロに向かうHP。



こんなにも――ギリギリの戦闘は久しぶりだった。

こんなにも――ジブンが強くなっていく感覚を味わうのも!





「――ッと」




彼の首元へ軌道を修正、完了。

当然ながら――操作している間はオレはそれ以外何も出来ない。


だが、『装備固定』状態の彼は投擲不可。

その右手で投げても……この距離なら届かないしダメージもカスだ。



……そう、そのはずなのに。






「――――!?」





この、『殺意』は何だ?

この空間全てから睨まれている様な錯覚は?


――侵入してくるヤツが居る。


まるで。

この『オレのセカイ』へ――腕が突っ込まれ、壊されていく様に。




「ッ――!?」



そんな、背中が冷たくなるような感覚が――





「――っ、らあああ!!!」




――僅かにオレの『操作』を乱す。



そして今。

彼は……その手に持つ魂斧を、地面に刺さっていた『刀』へと振り下していたのだ。

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