亡霊の魂斧・強化
『ニシキ、今良い? 』
『え?ああ』
『貴方の『魂斧』の事だけど――まあいいわ、会ってから話しましょう』
《クマー様から熊さん工房への招待が届きました》
公園から戻って。
ログインしたと思えば――そのメッセージが届いたのだった。
☆
「久しぶりだね!ニシキ」
「……何か装備えらく変わってないか?」
久しぶりの熊さん工房。
そして更に久しぶりの『ベアー』。
見れば――身なりというか装備がえらくカッコよくなったような。
普通の防具とは違い、美しい漆の様な高級感の凄い黒い軽鎧。
彼の巨体のせいもあって、かなりの強者感がある。実際強いし。
「……こういう所にしかお金を使えなくて ……」
そんな装備とは逆に、顔はかなり疲れている様に見える。
……確かによく見たら、課金アイテムの中にこんな見た目の装備レシピがあったような。
「前言ったでしょ、バズったって。それから滅茶苦茶忙しいんだって」
「あ、ああ……」
「……ほっほ」
身なりは凄いのに、対照的な彼の表情を見れば素直に『良かったな』とは言えない。
バズ……店が盛況になっているのは間違いなく良い事なんだろうけどさ。
「それで、ようやく落ち着いてきたから今ログインしてるんだ」
「お疲れだな……自営は定時とか無いもんな」
「うん。少し前は落ち着いてたんだけどねえ……メディアの効果舐めてた」
「一過性の客入りじゃ無いんだろ?それならベアーの店が本当に凄かったんだよ」
「ほっほ、ありがと……贅沢な悩みなんだろうけど休みが欲しい……」
「それは贅沢でも何でもない『ヒトの権利』だと思うぞ――」
「――ああはい!それじゃ本題!」
会社員と飲食経営者の何とも言えない雰囲気を、クマーが切り開く。
こういう所は彼女の良い所だ。
「ベアーも帰って来たし、ようやく貴方の魂斧を強化出来るのよ。前約束したでしょ?」
「ああ……そうだけど」
「――いやあ、ずっとボクも楽しみにしてたんだよね!キミの魂斧がまた強くなるなんて!」
「!?」
「ほっほっほ、これはボクの最高傑作だと思ってるからね!」
と思ったら、急に元気になるベアー。
……そんなに強化したかったのか?俺としては嬉しいけどさ。
「さて……とりあえず、貴方には選んで貰わないとダメなのよね」
「選ぶ?」
「ええ、覚えてる?『属性』の話。見てみたら強化できるのは一個だけ……まあ普通属性が三個も付いているのが凄いのだけど」
「なるほど」
[弱効]、[人型特効]、[黒の変質]。
この3つの中で――どれを強化すべきなのかという問題だ。
……正直どれも大事なんだけど。
「どうするかな……」
「ほっほ、ゆっくり悩んでいいよ」
「ふふ、急いで選んでくれるかしら」
二人して相反する言葉を掛けないでくれ、頭が混乱する!
……ただ、どうせなら『この武器』だけの特性を強化したいよな。
「――うん、決まった」
「はや!」
「クマーちゃんがああ言うから……」
「はは、いやいやそういう訳じゃないって――この、『黒の変質』で頼むよ」
黒の変質。
この魂斧にしかきっと無いそれを、強化してもらいたい。
「了解!」
「まあソレよね――じゃあベアー、はい」
「う、うわぁ上級強化剤に属性上昇剤だ……」
「責任重大ね」
「ほっほっほ、腕がなるねぇ!」
「……あ、そういえばパーティ組んどいた方が良いな」
「ええ?何で?」
「ああ、確かにそうね――ニシキのスキルが有ったわ」
『商人の改善術』。
武器限定ではあるが、色々と上昇するそれ。
それを試すには絶好の機会だろう。
《クマー様からパーティの招待が届きました》
《クマー様のパーティーに参加しました》
「お、ありがとう」
「これで良いわね」
「話が読めないけど……確かに武器商人だもんね、ニシキ」
「正直俺も良く分かってないんだが……とにかく製作してみたら分かると思う」
「ほっほ、分かった!それじゃ付いてきて」
「ああ」
「楽しみね~」
三人して、今度はベアーの鍛冶部屋へと移動。
さて――どんな感じになるのか。
☆
「えっと、まずは上級強化剤を……」
見た目は、赤い結晶体。
それにベアーが触れると、溶けるように魂斧に広がっていく。
「――あれ?気のせいかなあ……まあ良いか」
「ん?」
「何かブツブツ言ってるわね、珍しい」
そのままハンマーで魂斧を叩く彼。
やがてその結晶体は、跡形もなくハンマーによって染み込む様馴染んでいった。
「あ、やっぱり……でもとにかく次の属性強化だ」
「何かあったのか……?」
「あったんでしょうけど、面白いからこのままにしときましょ」
「……」
遠くから観察する二人を全く意識せず次の作業に移るベアー。
こういう所は彼の職人気質が現れてるな、リアルでもこんな感じなんだろう。
「……よし」
次の属性上昇剤は、強化剤よりも大きな緑の結晶体。
ベアーがそれを取り出し武器の上でハンマーを振り、割るとまた溶ける様魂斧に広がっていく。
「……ほっほ、まただ」
「さっきからおかしいな」
「ふふ、あの反応なら悪いモノじゃないわよ」
笑いながら加工を施すベアー。
大丈夫だよな?俺の魂斧……。勿論彼は信用してるけどさ。
☆
□
【亡霊の魂斧+1.5】
ATK+75 属性[弱効+][人型特効][魂刀化+] 必要DEX値40 STR値30
アイアンアックスを元に、鋼と黒い欠片を加工して造られた片手斧。
切断、投擲等の攻撃に用いる事が出来る。
ラロシアアイスのボスモンスターを素材としたこの武器は、並の物とは比べ物にならない強さだろう。
急所攻撃にボーナスダメージを与える。
対人型モンスターにボーナスダメージを与える。
HPが30%以下になった時、この武器を対象に[魂刀化]が発動できる。
レアリティ:6+
製作者:ベアー クマー
□
「出来たのがこちらになるよ、で……」
「わー。これはまた変な表示が沢山ね」
「……プラス1.5とか普通なのか?」
「普通なわけないでしょ」
「そ、そうか」
ベアーが持ってきた魂斧を受け取る。
……見た所かなり変わっているように見えた。
□
【亡霊の魂斧】
ATK+60 属性[弱効][人型特効][黒の変質] 必要DEX値35 STR値20
アイアンアックスを元に、鋼と黒い欠片を加工して造られた片手斧。
切断、投擲等の攻撃に用いる事が出来る。
ラロシアアイスのボスモンスターを素材としたこの武器は、並の物とは比べ物にならない強さだろう。
急所攻撃にボーナスダメージを与える。
対人型モンスターにボーナスダメージを与える。
HPが30%以下になった時、この武器を対象に[黒の変質]が発動する。
レアリティ:5
製作者:ベアー クマー
□
「こちらが加工前になるよ、色々上がったね」
そしてまた、魂斧の以前の情報が載った紙を見せてくれる。
比較するとよくわかるな。
まずATKは、15上がっている。
斧の場合鉄等級から鋼等級になると20上がる。つまりほぼ一等級上がったようなものになった。
要求ステータスが上がっている事からもそれは伺えるだろう。
そして何といっても次に属性。
自動発動ではなく任意発動で黒の変質が使えるといった感じか。
「……一つだけじゃなかったのか?」
「ほっほ、それが上昇剤の『伸び』が良くて。気付いたらこんな状態に」
「ええ……」
「まあ、どう考えても貴方のスキルよね。見た事ないもの1.5とかプラスなんて」
こうして見てみると嫌でも分かる。
『商人の改善術』は――
「――めちゃくちゃ『使える』スキルね!」
「ほっほ、ボクもそう思うよ。何気に消費Gも減少してたし」
「……そっか」
二人の声を聞いて、息を付く。
未だに実感は湧かないが。
俺達は――他の生産職達の役に立てるようになったんだな。
「良かったわね。ニシキ」
「ほっほ……報われるのが遅すぎるよ」
「ああ。ありがとう」
二人が居たからこそ、このスキルにも気付けたんだ。
遅かれ早かれ分かっていただろうけど、魂斧の事もあって彼らには頭が上がらない。
インベントリへ、強化されたそれを仕舞いながらそう思い――
「――あ」
「ん?なに」
「どうかした?」
インベントリ。
そのアイテムの存在を、俺はてっきり忘れてしまっていた。
「……ごめんクマー。これ、時間ある時に見て貰えないか」
『餓鬼王の印』。
俺はそれを、彼女に見せた。
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