亡霊の魂斧・強化



『ニシキ、今良い? 』


『え?ああ』


『貴方の『魂斧』の事だけど――まあいいわ、会ってから話しましょう』



《クマー様から熊さん工房への招待が届きました》



公園から戻って。

ログインしたと思えば――そのメッセージが届いたのだった。





「久しぶりだね!ニシキ」


「……何か装備えらく変わってないか?」



久しぶりの熊さん工房。

そして更に久しぶりの『ベアー』。


見れば――身なりというか装備がえらくカッコよくなったような。

普通の防具とは違い、美しい漆の様な高級感の凄い黒い軽鎧。


彼の巨体のせいもあって、かなりの強者感がある。実際強いし。



「……こういう所にしかお金を使えなくて ……」



そんな装備とは逆に、顔はかなり疲れている様に見える。

……確かによく見たら、課金アイテムの中にこんな見た目の装備レシピがあったような。



「前言ったでしょ、バズったって。それから滅茶苦茶忙しいんだって」


「あ、ああ……」


「……ほっほ」



身なりは凄いのに、対照的な彼の表情を見れば素直に『良かったな』とは言えない。

バズ……店が盛況になっているのは間違いなく良い事なんだろうけどさ。



「それで、ようやく落ち着いてきたから今ログインしてるんだ」


「お疲れだな……自営は定時とか無いもんな」


「うん。少し前は落ち着いてたんだけどねえ……メディアの効果舐めてた」


「一過性の客入りじゃ無いんだろ?それならベアーの店が本当に凄かったんだよ」


「ほっほ、ありがと……贅沢な悩みなんだろうけど休みが欲しい……」


「それは贅沢でも何でもない『ヒトの権利』だと思うぞ――」


「――ああはい!それじゃ本題!」



会社員と飲食経営者の何とも言えない雰囲気を、クマーが切り開く。

こういう所は彼女の良い所だ。



「ベアーも帰って来たし、ようやく貴方の魂斧を強化出来るのよ。前約束したでしょ?」


「ああ……そうだけど」


「――いやあ、ずっとボクも楽しみにしてたんだよね!キミの魂斧がまた強くなるなんて!」


「!?」


「ほっほっほ、これはボクの最高傑作だと思ってるからね!」



と思ったら、急に元気になるベアー。

……そんなに強化したかったのか?俺としては嬉しいけどさ。



「さて……とりあえず、貴方には選んで貰わないとダメなのよね」


「選ぶ?」


「ええ、覚えてる?『属性』の話。見てみたら強化できるのは一個だけ……まあ普通属性が三個も付いているのが凄いのだけど」


「なるほど」



[弱効]、[人型特効]、[黒の変質]。


この3つの中で――どれを強化すべきなのかという問題だ。

……正直どれも大事なんだけど。



「どうするかな……」


「ほっほ、ゆっくり悩んでいいよ」


「ふふ、急いで選んでくれるかしら」



二人して相反する言葉を掛けないでくれ、頭が混乱する!


……ただ、どうせなら『この武器』だけの特性を強化したいよな。



「――うん、決まった」


「はや!」


「クマーちゃんがああ言うから……」


「はは、いやいやそういう訳じゃないって――この、『黒の変質』で頼むよ」



黒の変質。

この魂斧にしかきっと無いそれを、強化してもらいたい。



「了解!」


「まあソレよね――じゃあベアー、はい」


「う、うわぁ上級強化剤に属性上昇剤だ……」


「責任重大ね」


「ほっほっほ、腕がなるねぇ!」


「……あ、そういえばパーティ組んどいた方が良いな」


「ええ?何で?」


「ああ、確かにそうね――ニシキのスキルが有ったわ」



『商人の改善術』。

武器限定ではあるが、色々と上昇するそれ。


それを試すには絶好の機会だろう。



《クマー様からパーティの招待が届きました》


《クマー様のパーティーに参加しました》



「お、ありがとう」


「これで良いわね」


「話が読めないけど……確かに武器商人だもんね、ニシキ」


「正直俺も良く分かってないんだが……とにかく製作してみたら分かると思う」


「ほっほ、分かった!それじゃ付いてきて」


「ああ」


「楽しみね~」



三人して、今度はベアーの鍛冶部屋へと移動。

さて――どんな感じになるのか。




「えっと、まずは上級強化剤を……」



見た目は、赤い結晶体。

それにベアーが触れると、溶けるように魂斧に広がっていく。



「――あれ?気のせいかなあ……まあ良いか」



「ん?」

「何かブツブツ言ってるわね、珍しい」



そのままハンマーで魂斧を叩く彼。

やがてその結晶体は、跡形もなくハンマーによって染み込む様馴染んでいった。



「あ、やっぱり……でもとにかく次の属性強化だ」



「何かあったのか……?」

「あったんでしょうけど、面白いからこのままにしときましょ」

「……」



遠くから観察する二人を全く意識せず次の作業に移るベアー。

こういう所は彼の職人気質が現れてるな、リアルでもこんな感じなんだろう。



「……よし」



次の属性上昇剤は、強化剤よりも大きな緑の結晶体。


ベアーがそれを取り出し武器の上でハンマーを振り、割るとまた溶ける様魂斧に広がっていく。



「……ほっほ、まただ」


「さっきからおかしいな」

「ふふ、あの反応なら悪いモノじゃないわよ」



笑いながら加工を施すベアー。

大丈夫だよな?俺の魂斧……。勿論彼は信用してるけどさ。






【亡霊の魂斧+1.5】


ATK+75 属性[弱効+][人型特効][魂刀化+]  必要DEX値40 STR値30


アイアンアックスを元に、鋼と黒い欠片を加工して造られた片手斧。

切断、投擲等の攻撃に用いる事が出来る。

ラロシアアイスのボスモンスターを素材としたこの武器は、並の物とは比べ物にならない強さだろう。


急所攻撃にボーナスダメージを与える。

対人型モンスターにボーナスダメージを与える。

HPが30%以下になった時、この武器を対象に[魂刀化]が発動できる。


レアリティ:6+


製作者:ベアー クマー




「出来たのがこちらになるよ、で……」



「わー。これはまた変な表示が沢山ね」

「……プラス1.5とか普通なのか?」

「普通なわけないでしょ」

「そ、そうか」



ベアーが持ってきた魂斧を受け取る。

……見た所かなり変わっているように見えた。




【亡霊の魂斧】


ATK+60 属性[弱効][人型特効][黒の変質]  必要DEX値35 STR値20


アイアンアックスを元に、鋼と黒い欠片を加工して造られた片手斧。

切断、投擲等の攻撃に用いる事が出来る。

ラロシアアイスのボスモンスターを素材としたこの武器は、並の物とは比べ物にならない強さだろう。


急所攻撃にボーナスダメージを与える。

対人型モンスターにボーナスダメージを与える。

HPが30%以下になった時、この武器を対象に[黒の変質]が発動する。


レアリティ:5


製作者:ベアー クマー




「こちらが加工前になるよ、色々上がったね」



そしてまた、魂斧の以前の情報が載った紙を見せてくれる。


比較するとよくわかるな。

まずATKは、15上がっている。

斧の場合鉄等級から鋼等級になると20上がる。つまりほぼ一等級上がったようなものになった。

要求ステータスが上がっている事からもそれは伺えるだろう。


そして何といっても次に属性。

自動発動ではなく任意発動で黒の変質が使えるといった感じか。



「……一つだけじゃなかったのか?」


「ほっほ、それが上昇剤の『伸び』が良くて。気付いたらこんな状態に」

「ええ……」

「まあ、どう考えても貴方のスキルよね。見た事ないもの1.5とかプラスなんて」



こうして見てみると嫌でも分かる。

『商人の改善術』は――



「――めちゃくちゃ『使える』スキルね!」

「ほっほ、ボクもそう思うよ。何気に消費Gも減少してたし」


「……そっか」



二人の声を聞いて、息を付く。


未だに実感は湧かないが。

俺達は――他の生産職達の役に立てるようになったんだな。



「良かったわね。ニシキ」

「ほっほ……報われるのが遅すぎるよ」


「ああ。ありがとう」



二人が居たからこそ、このスキルにも気付けたんだ。

遅かれ早かれ分かっていただろうけど、魂斧の事もあって彼らには頭が上がらない。


インベントリへ、強化されたそれを仕舞いながらそう思い――



「――あ」



「ん?なに」

「どうかした?」



インベントリ。

そのアイテムの存在を、俺はてっきり忘れてしまっていた。



「……ごめんクマー。これ、時間ある時に見て貰えないか」



『餓鬼王の印』。


俺はそれを、彼女に見せた。

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