二人の弟子①



《レン様からメールが届きました》


◇◇◇


ニシキさんへ

午後8時に王都で待ってます


◇◇◇



メールを確認。

それはやはり、レンのメール。


……さて。

今日、彼女達が嫌だと言ったらそこまでだ。





「……っ、お願いします」

「ドクも!お願いしますぅ……」



なんて考えていたのが申し訳なくなるぐらい、即頭を下げるレンとドク。



「分かった。それじゃ……とりあえず昨日のアレのやり直しだ」


「……はい!」


「分かりました!」



……ん?何かヤケに昨日と比べて自信があるな。

勿論アレってのは俺を倒す練習だ。


それは分かってるとは思うが――





《レン様とドク様との決闘に敗北しました》



結果。

俺は死んだ。


そりゃ昨日と同じく無抵抗だったが……一応軽くは避けようとしたんだよな。



「はっ、はあ……た、倒しましたあ……」

「……『練習』した甲斐がありました」



流石にまだまだ容赦は感じたが、それでも俺を倒す意思は感じた。

ドクに関しては結構しっかりと俺に鈍器で殴りかかってきたし。



「何か昨日、アレからやったのか?」


「はいぃ!二人でひたすら殴り合いました!何度もお互い死ぬまで!」

「……ちょ、ちょっとドクちゃん」



自信ありげなドクと恥ずかしそうにするレン。

いい意味で拍子抜けだ。

……この二人は、案外凄いんじゃないか?


と思ったが――ここまでスタートラインにも立っていない現実もある。

成長が早いのは良い事だが、それに満足していたら二人の為にもならない。


丁度良い機会だ。

彼女達の為に、久しぶりに『失敗』しても良いかもしれない。



「――行こうか、『行商クエスト』に」





《行商クエストを開始しました》


《クエスト開始に伴い、専用フィールドに移動します》


《クエストを開始します》



「き、緊張しますぅ……」

「……に、ニシキさんも居るし大丈夫ですよね」


「言っておくが、俺は居ないモノとして扱うんだぞ」


「え」

「そ、そんな。でも居てくれるんですよねぇ?」



頼りにするような彼女達の表情。

もしかしたら、俺はとんでもなく酷い奴なのかもしれない。



「とにかく進もう。もう一度言うが、君達だけで闘うんだぞ」





《??? LEVEL43》

《??? LEVEL45》

《??? LEVEL45》



遠くに見えるのは、固まった三人のPK職。

小刀使いが二人に杖使いが一人。


やはりというか、あまり警戒はしていない様だ。

当然気付いていない彼ら。



「……い、居ました。三人」

「に、ニシキさん、どうし――」



俺を見る二人。

自分に頼ってしまうのは仕方がないのは分かってる。


だからこそ、今俺がすべき事は。



「――それじゃ、頑張るんだぞ。『高速戦闘』」


「……え?」

「ちょ――」



足音を立てない様。

静かに彼女達から走り去る。


その先は――



「!?なんだコイツ――」

「分かんねーが急に出て来た――とにかくやれ!!」

「し、商人!?」



背後から、杖使いの肩を掴む。

どうやらここまで本当に気付かなかった様だ。



「……来ないのか?」



彼らの背後遠く、レンとドクは見るからにアタフタしている様に見える。

この様子なら――



「っ、『ディフェンスダウン』!」


「――『スティング』!!」


「『スティング』――ッ!」



《状態異常:被ダメージ増加となりました》



「ぐっ――」


「おいおい何だよコイツ!」

「訳分かんねーけど余裕だぜ」

「おらあ、『ダブルエッジ』!」



そのまま、俺は蹂躙されていった。




《貴方は死亡しました》

《サクリファイスドールを使用しますか?》

《黄金の蘇生術を使用しますか?》



「……何だったんだ?コイツ」

「分かんねーけど雑魚だったろ」

「後二人は――」



俺が死んで、三人は辺りを見渡す。

……こんな事をしたのは幾つか理由がある。


二対三という数の不利の実感と、逃げられない専用フィールドの存在。PK職への慣れ。現時点で彼女達がどうPK職と闘うかの観察。


何といっても、『俺が居ない』状況を作り出したかった。

早い段階で彼女達にはその感覚を持ってもらわないと、何時までも俺が居る事で安心してしまうから。


もっと上手いやり方はあるかもしれないが、思い付いた最善の方法はこれだった。




「……――『アイアンボール』!」


「ぐあッ!?」

「――あっちだ!後衛と盾持ち、固まってる!」

「りょ!」



遠く。重そうな鉄球が小刀使いに衝突。


一気にHPを削る――が、杖使いは位置を突き止めた様だ。

小刀使い達二人は彼女達の元に向かう。

やはりAGIが高いのか、一瞬で辿り着く。



「れ、レンちゃんは下がって――」


「――バーカお前なんて眼中にねえよ、『スティング』」

「しゃあッ隙ありィ!『ストームラッシュ』!」


「っきゃあ!」



そう遠くない距離の為よく見えた。

ドクの盾も空しく、レンに小刀使い二人が襲い掛かる。

『ストームラッシュ』は初めて聞いた武技だが……溜めの長い五連突きだ。

隙は大きいがダメージも比例して増加し、見るからにレンのHPを削っている。


そして――



「――『ムービングダウン』、動くなよ盾ちゃん」


「っ!?」



ドクはレンを助けようと向かうが、離れた杖使いが足を奪う。

……これは、決まったか。





《レン様が死亡しました》



「れ、レンちゃ――」


「――『フェイントスレイ』」


「やあ――うっ!?」



小刀使い二人に翻弄されるドク。


……ここに来て、ほんの少し俺は後悔していた。

彼女達の為とはいえ、ここまでする事は無かったかもしれない。



「バッカじゃねえの!もう抵抗すんなって」

「まあそのまま死なれるよりマシだろ」

「女の子なのによく頑張ったね~よしよし」



「……っ!『クラッシュ』――」



「――おっまだ頑張る?」

「おーいアレ行けるだろそろそろ!」

「おう!『三重苦』!!」


「ぇ!?……あ……なに、これ……」



ドクの手から零れ落ちる鈍器と盾。

足に伸びる鎖の枷。


『武器装備不可』。

『移動速度低下』。

『ステータス低下』。


覚えている限り、その三つの状態異常が彼女には掛かっている。

当然の如く――『やりすぎ』だ。



「ハハッやっぱこのスキルおもしれ~」

「ほらほらかかっておいで――」



笑いながらドクに声を掛ける者共。


でも。

彼女の死んでいた目が蘇る。



「――『神の加護』っ、やあああああ!!」


「がッ!?コイツまだ――」



スキル発動後ドクの身体が白く輝いたと思えば、足元にあった鎖が消えていて。

そのまま――彼女の拳が小刀使いの頬を捉える。


その一撃は、これまでのどの攻撃よりも鋭く早い攻撃だった。

まるで『鈍器』よりも、その『素手』の方が手馴れているかの様に。



「っ、『スピードナックル』!」


「――『エネミーバック』……おらッ!」


「い!?いやあっ……」



その後、彼女がもう一度武技らしいモノで反撃するも遅かった。

背後に瞬間移動した小刀使いの一撃により、ドクのHPはゼロに向かう。


そして――



「ハッ、ハッ……ざまあみろ」

「おいさっさと荷車ぶっ壊すぞ、終わらねえって事はコイツ等復活手段持ってるわ」

「女のクセに暴れるんじゃねーよ!とっとと消えろザコがッ――」



《ドク様が死亡しました》



倒れる身体。

消えゆくドクの頭を蹴る小刀使い。

地面――舞う砂埃。


消えゆく彼女の口から、薄っすらと聞こえてくる『何か』。



「――うぅ……」



それはゲームとは思えない程に、耳に残る悔根の声だった。




「……ごめんな、レン。ドク」



呟く。

氷が灼熱の太陽に晒され、溶け出したかの様に。


何かが溢れてくる。

PK職からの、屈辱的な『敗北』の経験。

対人戦、数の『不利』の実感。

それらが必要な事は、理屈では分かってるんだ。


――でも。

俺の頭の中は、激しい後悔で埋もれていた。




《――「……っ、お願いします」――》


《――「ドクも!お願いしますぅ……」――》



RL、深く頭を下げた二人。

俺はそんな彼女達に、上手く教えられるかなんて分からない。



でも、一つ分かる事は。

今――ここで俺が倒れているのが間違いだという事。



《黄金の蘇生術を使用しました》


《531495Gを消費しました》



気付けばそのアナウンスが流れていて。

メニューに伸びた手は自然と――『それ』を選択していた。

『間違い』の代償は、そのゴールドで支払う事にしよう。



「――」



音を消しながら走って、油断している彼らの前に立つ。

レンとドクが、『これから』やってもらう事をしっかりと見れる様に。



今、彼女達を復活させる事は不可能。

だが、この者共を全員殺す事は可能。



このPKKをって――彼女達に『闘い方』を教えてあげよう。




「ッ!?」

「なんだ!?」

「復活してやが――」



「――まず、真っ先に無効化すべきは『後衛』だ。これは基本変わらない」



「な、何言ってんだコイツ――」

「訳分かんねーけど殺れ!!」

「……『ムービングダウ――」


「『パワースロー』!」


「――ッ!?クソ……」



突然の奇襲への動揺に油断。甘えた発動は見逃さない。

スチールアックスの投擲により杖使いの魔法を中断させた。

それは震えていた彼の手に当たり、杖が地面に転がっていく。


これでしばらくはスキル発動不可。

そして――



「――『スティング』!」」


「っ……小刀使いはAGIが高く、それに甘えた武技を多用してくる場合が多い」


「な、なんで――『スティング』!」



《体力が一定値以下となった為、黒の変質が発動します》



二人してバレバレの攻撃を避け魂斧を取り出す。

焦っているのか武技しか使っておらず、PK職の本領を発揮できていない。

この程度なら、喋りながらでも余裕だ。



「っと……つまり、『予測』さえすれば案外避けられる。勿論『手練れ』はそう簡単には行かないが――」


「――さっきからぺらっぺらウゼーんだよ!!」

「おらあ!!」


「――『ラウンドカット』」


「ぐあッ!?……」

「ぐっ――」



《経験値を取得しました》

《賞金首を倒した事により、70000Gを取得しました》



ここまで挑発すれば、武技でなく早い通常攻撃で来る事は読めた。

その予測に合わせて円周上を切る武技を置けば、綺麗に吹っ飛んでいく二人。

一人は彼女達のダメージもあって死んだようだ。



「……もちろん前衛を相手している間、後衛を見失う事の無いように――『パワースロー』」


「――ぐあッ!?」


「視野は広く。特にレンは出来る限り敵全体を見渡す様にな――っ」


「うあッ……」



移動していた杖使いに投擲。

魂斧のそれは彼のHPを大きく減らした様だ。


そのまま追い打ちの為に、走って杖使いに詰め寄る。

……の前に、小刀使いへ麻痺毒を浴びせるのを忘れず。



「ひッ――」

「『パワースウィング』……そして最後に」


「ぐあッ!!」

「――例えこんな『雑魚共』でも。油断、容赦だけはするんじゃない」


「や、やめ」

「『スラッシュ』……らあ!」


「――がッ!?」



《経験値を取得しました》


《賞金首を倒した事により、110000Gを取得しました》



武技で杖使いは死亡。

残りは一人、小刀使いのみ。


麻痺毒が切れ、逃げようとした彼は見逃さず魂斧を投げて転がせる。



「ッ――く、クソが……!」


「喋ってばかりですまないな」



走って接近。

観念したのかへたり込んだ彼を見下ろす。


……正直、さっき『雑魚』なんて言葉を言った自分に驚いた。

黄金の蘇生術まで使って彼らに向かっていったのも。

俺の経験上の中で、彼らの強さのランクが下なのは確かな根拠。

麻痺毒も使う程の相手じゃなかった。



だが今。自分がそんな言葉を、蘇生術を、毒までも使った理由は。

きっと俺の『弟子』であるレンとドクが――目の前でなぶられたから出たのだと分かった。

目前に立っている商人の『手』を真似すれば、彼女達でも奴らを倒せるという事を証明したかったんだ。



「――今、終わらせよう」



俺は、地面の魂斧を拾い上げた。


ここまで来て逃がす訳には行かない。

はは、なんたって――弟子が見ている前なんだからな。

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