二人の弟子(候補)


デッドゾーンから出た後、鳴り響くそのメッセージ。



『こ、こんにちは。今お時間よろしいですか』


『ん?ああ。どこかで待ち合わせしようか』


『……はい、お願いします』



聞こえてきたのは、緊張した固い声。

……現実でもゲームでももう会った事あるから、そんな身構えなくても。


いや、緊張するのかもな……完全に俺彼女よりも年上だったから。



『それじゃ、王都の露店前で』


『分かりました……後、もう一人居るんですが良いですか』



……ん?一人じゃないのか。



『ああ。別に構わない」


『ありがとうございます。待ってます』





……で。


見えたのは、二人の姿だった。



『レン 魔操士 LEVEL40』

『ドク 僧侶  LEVEL40』



魔操士に僧侶。

これまでにあんまり見た事のない職業だな。


レンはアレから装備が豪華になっており。

もう一人のドクは……盾に片手槌か?

ふわふわなピンクのボブカットに穏やかそうな顔。

持つ武器に対して、かなりほんわかとした雰囲気だ。



「……」

「あ、あの方がニシキ様ですかぁ?」



あっちも俺に気付いたか、視線をこっちにやる。

気のせいか……いや、気のせいじゃない。


滅茶苦茶緊張してるな、彼女たち。



「あー、久しぶりだな。それに君も初めまして」


「!あ、ありがとうございます。この度は来ていただいて……」

「に、ニシキ様!お話はレンちゃんからかねがね……」



恐縮しているのか、かなり他人行儀な二人。

……いくらなんでも、これはやりにくい。



「別に軽い感じで良いよ。それで……俺はどうしたらいい?」


「すいません……その、メール通りで――私達を鍛えて欲しいんです」

「――お、お願いしますぅ!」



二人して俺に頭を下げる。



「……具体的には?」


「ニシキさんは、PK職との闘いが上手だと思うので。PK職との闘い方を、教えて欲しいんです」

「噂はレンちゃんから聞いてて。ぜひともぉ……私達二人で、三人のPK職に勝てるぐらいには強くなりたいんです」



そりゃPK職とは何度も闘ってきたが 、余裕の勝利ではない。数の不利があるなら尚更。

というか。そんな鍛えるっていっても教えるなんて経験無いんだよな。



「……二対三って、完全に君達が不利じゃないか」


「!分かってます。でもそれぐらいには強くなりたくて……」

「前金として千万Gもお渡しします。駄目でしょうか」

「お願いしますぅ……」


「!」



い、一千万か。


って思わず反応してしまったが、当然それに見合った教えを彼女達にしてあげなくちゃダメなんだよな。

彼女二人で数の不利を覆せる程の力を付けて……と。

そう考えると、プレッシャーが凄い。



《――「ああ。簡単な話、『一番強いと思った人』に弟子入りでもすれば強くなる可能性は高いだろ?そういう事だ」――》



彼女に言った台詞。

……流石に忘れたなんて言わない。彼女にとって、俺は一番強いと思ったプレイヤーなんだ。


それで断ってしまえば、それこそレンが可哀そうになってしまう。



「俺は人に教えたことなんてない。だから前金なんて受け取れないぞ」


「!そ、そんな」

「うぅ……」


「あーいや!別に鍛えるのを拒否してるわけじゃないからな!」


「え?」

「そ、それじゃ!」



一喜一憂する彼女達。

そんなに、俺に教わりたいものなのか?


……まあいいか。

そりゃあ拘束時間にもよるが。


何より、彼女達は『本気』だ。

あんなことを言った手前無碍むげには出来ない。



「とりあえずお試しで……それで良いか?」


「は、はい」

「やったですー!」



喜ぶ二人――こうして、俺に『弟子候補』が来てくれたわけなんだけど。


まずは、彼女達がどこまで出来るか見てやらないとな。








《決闘を開始します》



「……っ」

「やるしかないです、レンちゃん」



今の状況。

俺一人対、彼女達。


とりあえずは、レンとドクの現時点の強さを把握しておかないといけないからな。


実際レベル40までいって、上位職までたどり着いているんだ。

弱い訳ではないと思うが……どうだろうか。


装備で言えばレンが両手杖。

ドクが片手盾と片手槌。

バランスで言えばかなり良いパーティ……なんだけど。



「――『アースクリエイト』……『サンドプロテクト』!」


「――『気功術!」



二人が詠唱を発動。

レンの杖からドクへと砂の様なオーラが纏われ、ドクの片手槌からは自身へと白いオーラが纏われた。


そして――



「『アースクリエイト』――『アイアンボール』……!」


「――やぁっ!」



レンは二つに分けて詠唱。現れてくる『鉄』の球体。

同時にドクがこちらへ突っ込んでくる。



「っ――」


「うっ!『クラッシュ』!!」


「……よっ」



一撃を軽く避ける。

そして更に襲い掛かる、ハンマーの武技からも。


迫りくる鉄球は、避ける必要も無く横を素通りしていった。



「もう終わりか?」


「!ま、まだまだですぅ――『ヘビィスウィング』!」


「……『ストーンランス』!」


「っ――」



至近距離。

斧で言う所のパワースウィングの鈍器版だろうか。


当然、見え見えのその一撃は食らわない。

後ろからの石の槍も、また当たる気が……。


というか――その二つの攻撃とも、出来れば『当てたくない』、そんな意思を感じる程に殺意を感じなかった。



「……君達は、俺を倒す気があるのか?」


「!」


「……そ、それは……」



動じているレンとドク。

どうやら、図星だった様で。


……最初から、二人の手が震えている時点で分かっていたけどさ。



「て、抵抗しない方を攻撃するのはぁ――」


「――じゃ、君達は無防備なPK職が居たら何もしないのか?」


「そ、それは……」


「とにかく目の前の『敵』を殺してみせろ。どれだけ不格好でも良いから、俺のHPをゼロにするんだ」



……優しい二人には厳しい事を言っているかもしれないが、まずはそこからだな。





《決闘の制限時間に到達》


《HP残量判断にて、レン様、ドク様との決闘に敗北しました》



「……ふう」


「あ、あの……」

「ごめんなさい……」



あれから。

三十分程、彼女達の葛藤に付き合ってあげて……タイムアップ。

結局俺のHPをゼロにすることはかなわなかった。


『対人戦闘』。

それは、当たり前だが人と人との闘いだ。


ゲームとはいえフルダイブVRMMO。『ほぼ現実』。

彼女達は明らかにそれが苦手に見えるし、躊躇している様に感じる。

でも……あのメールとこの必死な表情からして、対人戦闘をモノにしたいとは確かに思っているんだよな。



「『次』、それでこれからの事を決めようか」


「!」


「わ、分かりました」



とにかく、今俺が出来る事はあまりない。

彼女達が――今日のこの結果からどう成長するかだろう。


それはプレイヤースキルというよりも、二人の意思の問題だ。

ゲームとはいえきっと苦悩するだろう。

幸運にも俺は対人戦に抵抗がなかったが、ある者からすればそれは大変な事。



「PK職との闘いなら特に『容赦の無さ』が大事なんだ。モンスター相手以上に、人が弱っている時は狙い所だからな」


「はいぃ」

「……はい」



俺はこれまで『不遇職』という油断からの一撃から、相手が動揺し弱ったからこそスムーズにPKK出来た。

隠密からの一撃も、毒による麻痺も同じ。

正々堂々なんて言葉はもっともだが、それは俺のやり方とは全く異なる。



「俺が教えられるのは『綺麗』な勝ち方じゃない。弱っている……何も出来ない所を叩くのは当たり前。毒も使うし、騙し討ちも物陰からの不意打ちも常套手段だ」


「傍から見れば人としてどうか問われるような……そんな汚い勝ち方で良いのなら、明日また俺を呼んでくれ」



そう言って、俺はレンとドクに背を向ける。


もしかしたら、彼女達の『理想』は違うのかもしれない。

でも――俺にはこの方法が合ってるし、きっと勝ち続けられてきた理由なんだ。



「わ、分かりましたぁ……」

「……はい」


「ああ。それじゃ、また」



そう言って俺は、二人から去った。






《――「『新先生!また明日もよろしくお願いします」――』》


《――「いえいえ。それじゃまた明日」――》


《――「……ん?ははは、何見てるんだよ錦。こっちにおいで」――》



子供の頃。

兄さんは小学生の頃から、早くも教える立場に立っていた。


弟子の存在も勿論居て――俺は少なくとも、それに憧れていたのかもしれない。


……でも。



「……はぁ……」



深いため息をつく。

正直、何からしていいか探り探りだ。

それこそ――人に教えるなんてこと、ほとんどやった事が無い訳で。



「……ほんと、兄さんは凄いよな」



こんな事、ランドセルを背負っている頃からやってるんだから。



《――「僕さ、思うんだけどね錦」――》


《――「人に教えるのって難しいんだけど、やっぱり楽しいんだ」――》


《――「弟子は年上の人ばっかりだから失礼かもしれないけど、成長が見れるのは嬉しいよ」――》



「楽しい……か」



呟く。

そんな風に思えるのは何時になるか分からないが。



「……重ねてるのかもな、あの時の自分と」



必死なそれに――何も思わない訳がない。

彼女達にも捨てがたい理由があるのだろう。


その目は、俺が初めて非力ながら『PKK』を行おうとした時の自分を見ているようで。


もし――あの時。

誰かが俺に手を差し伸べてくれていたら、どれだけありがたい事だったか。



《ログアウトします》



「さて……『復習』の時間だな」



そのボタンを押して。

俺は――机にあるノートを開いた。


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