シークレット・ダンジョン⑧






「ね――貴方の趣味って何?」


「そ、そうだな……貯金ぐらいかな」


「ふふっ、その割に有り金飛ばすスキルを使うのね」


「クマーも知ってるのか!?」


「ええ。案外商人の隠しスキルについては広まってるわよ、特に生産職の間ではね」


「そっか、知らなかった――」


「――あ、そこトラップ」


「!流石、よく気付くな」



アレから、クマーと話しながらダンジョンを進んでいた。


道のりは案外平和だった。理由としては、先行していた彼らがいたからだろう。

それらしい形跡があったし、解除された罠らしいものもあった。


色々簡単な謎解き要素もあったらしいが、今のところ全部終わっている。

これに関してはクマーが悔しがっていた。そういうの好きそうだしな。

その代わりといってはアレだが、彼女は罠を真っ先に見つけてくれていた。


正直助かるよ。

……実のところ、俺は今かなり集中力が欠けているから。


その理由は――



《――「私が認めてあげる。貴方はとっても強いし、それは貴方の努力と行動が実を結んだ成果よ」――》



彼女の台詞が、俺の脳内に反響にしていく。


ど直球ストレート――己の肯定の台詞。

俺はどう反応していいか分からなかった。


これまでの人生で、そんな言葉を掛けられる事はほとんど無かったからだ。

まして大人になってから――そんな真っ直ぐな台詞を受けるなんて思わなかった。

俺はそれに、素直に喜んでいいのだろうか?



「……さっきから何ボーッとしてるの?」


「あ、ああ――ごめんごめん、何でもない」



《――「お前は新と舞とは違う『下』の人間なんだ、分かるか?」――》


《――「出ていきたいならとっとと出ていくと良い。お前を認める者等誰も居ない」――》


《――「この、失敗作が」――》



呪縛の様に溢れてくる両親の台詞。



《――「あーあ、また失敗かよ……」――》


《――「商人って本当、カスみたいなGだけだよな」――》


《――「ソロでやってろよ、まあどうせ闘えないんだろうけど」――》



RL。

不遇職と虐げられ、邪魔扱いされていた。

そしてその二つの状況から――逃げ続けていた『自分なんか』が。


分からなかった。

俺は――彼女の言葉を受け取って良いのだろうか。



「……ニシキ?」


「なあ、クマー」



立ち止まる。


制限時間があるから、早く進まなきゃならないのは承知だ。

でも――こんな迷いを持ったままじゃ、この先の戦闘で使いモノにならなくなってしまう。



「……俺は今、役に立ててるか?」


「えっ今更なに言ってるの……当たり前でしょ」


「――!そ、そっか」


「このダンジョンでニシキが居なきゃ、私はもうとっくに死んでるわ」


「いやまあ、それは――」



面倒な事を言ったつもりだったが、即答された。

慣れない返答に言い淀む。



「――ふふ、もう一度言ってあげる。私には貴方が必要よ。ニシキ」



言い淀む俺へ、「まだ分からない?」と笑って加えるクマー。

正直……未だに彼女がここまで自分に言ってくれる理由も、自分が強いという実感も持てない。


――でも。

『それ』を聞いた時、身体が軽くなって――胸の中が熱くなった。

もしかしたら俺は……ずっと心の奥底で、その言葉を欲していたのかもしれない。



「――ありがとう。行こうか」



そして彼女が、例えゲームでもそう思ってくれるのならば。


もう迷わない。

今は、このダンジョンで戦おう。

浸るのは全てが終わってからだ。



「ふふん、ええ。あ、定番のやつ忘れてた。貴方好きな食べものは?」


「え、コーヒーぐらいかな……」


「それ飲み物じゃないの!」


「ご、ごめん」



怒られた。

……やっぱり自分の事を話すのは慣れないな。





進むと、やがて洞窟から大きな広間に変わっていた。

その空間の奥には大きな門がある。



「……で、ようやく行き止まりになったわ」


「ああ。どう見ても、ここで――」


「ええ。恐らくココで『事件』があったのね。あ、何か石板があるわ!」



クマーは眼鏡を光らせる。そして表情も輝いていた。

彼女は謎解きを心待ちにしてたからな。


俺は……こういうのは苦手だから助かるよ。



◇◇◇


【公明正大の試練】


【此処までの君達の道程を正しく示せ】


【さすれば門は開かれん】


◇◇◇



門の横に添えてある石板にはそう書かれている。


そして周囲に落ちている石。

ただの掌大の石コロだが、光る模様のような刻印が入っているな。


また、この広間には微かな骨の欠片のようなモノが散らばっていた。



「これ、もしかしてゴブリン?二匹が一つの石に描かれてる……あ、もう一つの方は一匹だけね。何か強そう」


「こっちにもあったぞ」


「あ、頂戴。うん……間違い無い、これまでの道中のモンスターね。別のモノも混じってるけど。何これ『ドラゴン』に……『巨人』?」



合計七つの石。

まじまじと光る刻印を見るクマー。

その事実には、正直全く気付けなかった。


簡単な線で描かれたそれは、言われてようやく気付けたモノだ。

俺一人じゃきっと時間が掛かっていただろう。



「『ゴブリン二種』、『石像のコウモリ』、『石のスライム』、『オオカミ』、『冠のゴブリン』……スケルトンは居ないのかしら」


「把握するの早いな!……正規じゃなく罠で召喚されたからとか?」


「ええ。恐らく『彼ら』が引っ掛かったんだわ。それにしては数が多すぎる気もするけど」


「はは、そこは分からないな」



一体あの三人は何をしでかしたのやら。

死人に口なし、もうどうしようもないんだけどさ。


明らかなのは、絶対にクマーが居た方が早く進んだという事実。勿体無いな本当に。



「……で、門には『はめてください』って感じの穴が5つ。二回遭遇したのも居るけど、丁度五種類。多分このドラゴンと巨人?は除外ね。きっとフェイクだわ」


「あ、ああ。後はこれをはめるだけか?」


「うーん――でもこれ、石は卵みたいな形で、穴は綺麗な丸なの……一応石を横にしたら穴には入りそうだけれど」


「……けど?」


「うん。そんな手じゃこの『公明正大』の試練に相応しくない。引っ掛からないわよ私は!」



彼女の思考が早くて追いつけない。本当に頭良いんだな。


その眼鏡で石と門の穴を見比べるクマー。

確かに、二つは明らかに違うモノだ。間違って入れたら……罠が起動したりして。



「うーん――絶対に一発成功させて見せるわよ!」


「はは、頼もしい。鑑定士としての腕の見せ所だな」



意気込むクマー。

まあ、流石に何もしない訳には行かないし……適当に物色してみよう。





うんうんと唸るクマーを置いて、しばらく歩き回る。


本当にこの場所は石と石板と門だけだ。

後はこの地面の骨――もしかして、失敗したらこの骨がスケルトンに変化するかもしれない。ちょっと見てみたい気もするな。


……まあ、そうならない様謎解きをしなきゃならないんだが。

骨とはさっき戦ったし、もう十分だ。



「……」



やがて俺は、自然とぎっちりと閉まる門を眺めていた。

触ってみれば、もう何十年も存在してきた様な風格がある…、VRの凄さを感じるよ。


半端な者には開ける気は無いって感じの門だ。



「……はは、コレは流石にアレ黄金の一撃でも壊せそうにないな――」


「――!!ニシキ!今何て言ったの!?」


「!?――え、いや流石に壊せそうにないって」



横で悩んでいた彼女が急に俺へ叫ぶ。

……もしかして、マヌケな発言過ぎて怒られたか?



「ご、ごめん。コレはちょっとした独り言で――」


「――そうよ!この卵みたいな形……そうだ、『種類』だけじゃなくて『数』もなのかしら!ニシキ、ちょっと『三回』叩いてみて!これ!」



ハッとした顔でクマーは俺に石を渡す。

どうやら怒られる訳じゃないらしい。



「え?あ、ああ……三回だな――!?」


「ふふん、やっぱり。お手柄ねニシキ!ほらほらコレも」



言われるがまま。

持っていた魂斧で、その刻印を三回コンコンと叩く。壊してしまいそうだから慎重に。


すると――卵が孵化するように、輝く丸い宝石の様なモノが現れた。



「なるほどな、討伐したモンスターの数が対応してるのか。って事はこのガーゴイルは六回で――お、割れた」


「こっちも割れたわ、どうやら『彼ら』はコレには気付けなかったみたいね」


「はは、流石クマーだな」


「ふふ。ありがと、貴方のおかげでもあるわよ……で、後はこれを――」



五個の光輝く宝石をそこにはめていく。

そうすれば――



《最後の試練が突破されました》


《これより先、ダンジョンボスエリアです。移動すると制限時間はリセットされ、制限時間は残り10分間となります。ご注意ください》



5つ揃った瞬間、門が地面を削りながら開いていく。

ズズズ……と、轟音と共に流れるアナウンス。



「――やったわね、一発成功だわ!」


「はは、ああ。後はボスだけだ――ん?何か出て来たぞ」


「あら本当だわ。ようやく出て来たわね……『シークレットチェスト』」



門が開くと同時に、その前に白く輝く箱が浮かび上がる様に現れる。

そういえば確かに始めアナウンスが言っていたような……



「知っているのかクマー?」


「ええ。確かシークレットダンジョン限定でパーティ人数分ダンジョン内に現れるのよ、こういうのが」


「って事は後4つあるのか」


「そうね。ふふ、ちなみにあと4つはもう多分開けてあるわよ」


「……ん?」



これまでそんな宝箱存在していなかったし、クマーがそういうのを見つける事も無かった。


……あ。



「分かった?彼らがどうしてあそこまで必死に先行したのか」


「もしかして、さっきのスケルトンもか」


「ふふ。それは分からないけれど……まあ『死人に口なし』ってヤツよ」


「そうか、ただ何にせよ後4つは――」


「――いいえ。このダンジョンをクリアしたら手に入るわよ全部」


「……え」


「彼らはもう『失敗』扱い、このダンジョンで得たモノは全部返却よ」



笑うクマー。

『因果応報』、そう言いたげな表情だった。



「ふふ、問いただすつもりだったんだけど。手間が省けたわね」


「……案外怖いなクマー」


「アレだけ私達を馬鹿にした挙句、お宝は全部頂いちゃうって酷いでしょ?当然よ当然」


「はは、まあそうか」



ある意味、死んでて正解だったかもな『彼ら』。



「さてと、それじゃ『鑑定』――うん、罠の可能性は低いわね……開けるわよ」


「ああ」


「!上級強化剤だわ!」


「無知で悪いが……良いのかそれ?」


「ええ。価値にしたら百万Gぐらいかしら。武器とか防具とか強化できるやつ」



百万!それはありがたいな。

まさか最後に到達する前に獲得出来るとは。


いや失敗したら終わりなんだけど。



「後で分けましょう。ふふ……これからボスだっていうのに気が緩んじゃうわね」


「はは、確かにな。引き締めて行こうか」


「そうね!クリアしたらこれが四つも手に入るんだから!」


「……ちょっと緊張してきた」


「ふふ、言わない方が良かったかしら」



息を吐く。


正真正銘これでラスト。

ダンジョンボス……一体どんな敵なんだろうか。



「……ね。絶対クリアするわよ、ニシキ!」


「ああ――勿論」



クマーが俺の肩をちょんと叩く。


――ここからは、俺の仕事だ。

信じてくれた彼女の為にも、必ずゴールへ連れて行ってあげないとな。


俺達は――その門に足を踏み入れた。



《BATTLE START》


《制限時間は10分です》




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