シークレット・ダンジョン⑦



私は――あれから入口方面へと向かっていた。

そして離れた所から、更に岩陰に隠れて『それ』を見ていたのだ。



「…………」



ニシキは――本当にあのスケルトン達に臆していなかった。

ゲームとはいえ、あんな数に睨まれたら足なんて動かなくなる。


でも……彼は違う。


寧ろそれは、子供が遊んでいるかのように。



「――『ラウンドカット』……」



骨をなぎ倒し攻撃を避け、武技でまた骨を斬っている。

あの時の罠をも利用して――終始優勢で。


真似をしろと言われたら間違いなく出来ない。

踊るように戦っているニシキは、私とは別世界の人間だとも思えた。



《――「ニシキはね、実際に闘うと良く分かるんだ。彼は本当に楽しそうに闘ってる」――》



ベアーがそう言っていた。

私達生産職は、普通戦闘には関わりたがらないから……余計に彼との違いが分かる。

あのスケルトンの集団に囲まれても――例え状況が悪くなったとしても、彼の表情は変わらないのだろう。



……気になる。

人は――自分に持たないモノを持つ者へ興味が惹かれるという。

それが身近に居た者ならなおさら。


ニシキという人間が、どうして商人を選んだのか。どうしてそんなに強いのか。

闘っている時の――その子供に戻った様な顔も含めて。


素直に、彼の事を知りたくなった。





「お疲れ様。ニシキがそこまでやれるなんて思ってなかったわ!」


「はは、たまたま得意なタイプの敵だっただけだよ」


「だとしても凄いのよ!」


「そ、そうか?ありがとう」



走って、戦闘後のニシキに駆け寄る。


本当に彼は謙虚だ。

もっと、その強さを誇っても良いっていうのに。



……不安定なトーンの言葉。

普通とは違う声音。

まるで――『自分なんかが』、そう思っている様だった。



「ねっ、貴方ってどうして商人なの?」


「え、いきなりどうした……?」


「良いから良いから!ヒーローインタビューみたいな感じよ!」


「……な、なんだそれ……子供の頃憧れだったんだ。こういうのが」


「それは、どうして?」


「え、えっとな――話さないと駄目か?別に面白い話じゃないぞ」


「ふふ、別に良いわよ。私が気になってるだけなんだから」


「……うーん、そんなもんか」



彼は、自分の話になると声が小さくなる。

分からなかった。どうしてそこまで自分を隠すのか。


でも――



「……小さい頃、俺はずっと『家』の中で、狭い世界に閉じ込められてたんだ」


「その時、たまたま学校にあった絵本でさ――『商人』ってのが、広い世界を自由に歩き回って、色んなモノを売ったり受け取ったりしてさ」


「……それが羨ましくて、楽しそうに見えたんだよ」



慣れないように、呟く様話す彼。


『どんな家よ』――なんて軽く言おうと思った、でも言えなかった。

ニシキに隠れたその影は、とても深く思えたから。



「な、別に面白くも無いだろ?……そうだ!クマーは何で鑑定士なんだ?」


「え、え?私は……現実でも同じ様な事してるからかしら。大学で研究ばっかりしてるもの」


「へえ。頭が良さそうだと思ったら、そういう事か」


「……何かを見て、変化に気付いたりするのが好きなだけ。頭が良い訳じゃないわよ」


「そんな事無いと思うけどな――そういえば鑑定士は戦ったりするのか?」



興味津々といったように私に聞くニシキ。

自分の事じゃなかったら途端に何時もの彼になったわ。



「鑑定士は本当に補助専門かしら。一応……こういうのも使えるけれど」


「へえ、杖って事は魔法攻撃か」


「やっぱり本職には敵わないけどね。貴方みたいな仲間が居るなら補助に徹した方が良いわ」


「そっか。一応ソロでも何とかやれるんだな」


「ええ……貴方はもう、戦闘職にも劣らない強さだから楽そうね」



彼の先程の戦闘を見れば、そこら辺りのプレイヤーよりも格段に強いだろう。

少なくとも死んでいった三人よりは確実に。


……でも、恐らく本人は――



「『そんな事ないって』。今まで上手く嚙み合ってきただけで――」


「――違うわよ、ニシキ」


「!?ど、どうした?」



笑って言う彼に、私はそれを途中で止めた。

商人という職業に憧れた理由……ここまでの謙虚さ、さっきの会話から。


きっと――ニシキは、『自分を出せない』環境に昔から居た……そんな気がした。


己を認めてくれる人が、周りに居なくて。

そして何時からか、『自分はそういう人間』――そう思うようになってしまった。


それはゲームでも。現実でも……だから彼は、『ニシキ』という人間を話す事に戸惑いを感じている。



……ほっとけない人ね、本当に。



「――私が今、認めてあげる。貴方はとっても強いし、それは貴方の努力と行動が実を結んだ成果よ。偶然なんかじゃないわ」


「え――」


「だ、か、ら!貴方はもっと自信を持ちなさい!いいこと!?」


「ああ、分かった……」


「ふふっ、分かって無さそうね。謙遜も行き過ぎは失礼なモノよ」


「ご、ごめん。そんな事言われると思ってなかったからさ」



戸惑いの顔でそういうニシキ。

完全に、予想通りだけれど。



「……まあ、良いわ。それも貴方の魅力の一つなんじゃないかしら」


「ええ……」


「ふふ、少なくとも私は貴方の事を認めてるから。忘れないでね」


「あ、ああ。そうだな……クマーの言う事なら受け取っとくよ」


「ふふん、そうそう」



彼の過去はもしかしたら――自分には想像出来ない様な暗いモノなのかもしれない。

フレンドになって浅い、それもゲーム中。私のこんな軽い言葉じゃニシキには響かないかもしれない。


……ただ、本人は気付いていないだろうけど。

彼はさっきから、普段よりも少し声が高くなって、歩くスピードも上がった。



「――ありがとう。クマー」



控えめな声。

それは戸惑いか、嬉の感情か。

分からないけれど……後者だったら嬉しいわね。



「どういたしまして。それじゃ行きましょう」


「ああ。罠には気を付けないとな」


「そこは私の出番ってもんよ!」

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