シークレット・ダンジョン⑦
私は――あれから入口方面へと向かっていた。
そして離れた所から、更に岩陰に隠れて『それ』を見ていたのだ。
「…………」
ニシキは――本当にあのスケルトン達に臆していなかった。
ゲームとはいえ、あんな数に睨まれたら足なんて動かなくなる。
でも……彼は違う。
寧ろそれは、子供が遊んでいるかのように。
「――『ラウンドカット』……」
骨をなぎ倒し攻撃を避け、武技でまた骨を斬っている。
あの時の罠をも利用して――終始優勢で。
真似をしろと言われたら間違いなく出来ない。
踊るように戦っているニシキは、私とは別世界の人間だとも思えた。
《――「ニシキはね、実際に闘うと良く分かるんだ。彼は本当に楽しそうに闘ってる」――》
ベアーがそう言っていた。
私達生産職は、普通戦闘には関わりたがらないから……余計に彼との違いが分かる。
あのスケルトンの集団に囲まれても――例え状況が悪くなったとしても、彼の表情は変わらないのだろう。
……気になる。
人は――自分に持たないモノを持つ者へ興味が惹かれるという。
それが身近に居た者ならなおさら。
ニシキという人間が、どうして商人を選んだのか。どうしてそんなに強いのか。
闘っている時の――その子供に戻った様な顔も含めて。
素直に、彼の事を知りたくなった。
☆
「お疲れ様。ニシキがそこまでやれるなんて思ってなかったわ!」
「はは、たまたま得意なタイプの敵だっただけだよ」
「だとしても凄いのよ!」
「そ、そうか?ありがとう」
走って、戦闘後のニシキに駆け寄る。
本当に彼は謙虚だ。
もっと、その強さを誇っても良いっていうのに。
……不安定なトーンの言葉。
普通とは違う声音。
まるで――『自分なんかが』、そう思っている様だった。
「ねっ、貴方ってどうして商人なの?」
「え、いきなりどうした……?」
「良いから良いから!ヒーローインタビューみたいな感じよ!」
「……な、なんだそれ……子供の頃憧れだったんだ。こういうのが」
「それは、どうして?」
「え、えっとな――話さないと駄目か?別に面白い話じゃないぞ」
「ふふ、別に良いわよ。私が気になってるだけなんだから」
「……うーん、そんなもんか」
彼は、自分の話になると声が小さくなる。
分からなかった。どうしてそこまで自分を隠すのか。
でも――
「……小さい頃、俺はずっと『家』の中で、狭い世界に閉じ込められてたんだ」
「その時、たまたま学校にあった絵本でさ――『商人』ってのが、広い世界を自由に歩き回って、色んなモノを売ったり受け取ったりしてさ」
「……それが羨ましくて、楽しそうに見えたんだよ」
慣れないように、呟く様話す彼。
『どんな家よ』――なんて軽く言おうと思った、でも言えなかった。
ニシキに隠れたその影は、とても深く思えたから。
「な、別に面白くも無いだろ?……そうだ!クマーは何で鑑定士なんだ?」
「え、え?私は……現実でも同じ様な事してるからかしら。大学で研究ばっかりしてるもの」
「へえ。頭が良さそうだと思ったら、そういう事か」
「……何かを見て、変化に気付いたりするのが好きなだけ。頭が良い訳じゃないわよ」
「そんな事無いと思うけどな――そういえば鑑定士は戦ったりするのか?」
興味津々といったように私に聞くニシキ。
自分の事じゃなかったら途端に何時もの彼になったわ。
「鑑定士は本当に補助専門かしら。一応……こういうのも使えるけれど」
「へえ、杖って事は魔法攻撃か」
「やっぱり本職には敵わないけどね。貴方みたいな仲間が居るなら補助に徹した方が良いわ」
「そっか。一応ソロでも何とかやれるんだな」
「ええ……貴方はもう、戦闘職にも劣らない強さだから楽そうね」
彼の先程の戦闘を見れば、そこら辺りのプレイヤーよりも格段に強いだろう。
少なくとも死んでいった三人よりは確実に。
……でも、恐らく本人は――
「『そんな事ないって』。今まで上手く嚙み合ってきただけで――」
「――違うわよ、ニシキ」
「!?ど、どうした?」
笑って言う彼に、私はそれを途中で止めた。
商人という職業に憧れた理由……ここまでの謙虚さ、さっきの会話から。
きっと――ニシキは、『自分を出せない』環境に昔から居た……そんな気がした。
己を認めてくれる人が、周りに居なくて。
そして何時からか、『自分はそういう人間』――そう思うようになってしまった。
それはゲームでも。現実でも……だから彼は、『ニシキ』という人間を話す事に戸惑いを感じている。
……ほっとけない人ね、本当に。
「――私が今、認めてあげる。貴方はとっても強いし、それは貴方の努力と行動が実を結んだ成果よ。偶然なんかじゃないわ」
「え――」
「だ、か、ら!貴方はもっと自信を持ちなさい!いいこと!?」
「ああ、分かった……」
「ふふっ、分かって無さそうね。謙遜も行き過ぎは失礼なモノよ」
「ご、ごめん。そんな事言われると思ってなかったからさ」
戸惑いの顔でそういうニシキ。
完全に、予想通りだけれど。
「……まあ、良いわ。それも貴方の魅力の一つなんじゃないかしら」
「ええ……」
「ふふ、少なくとも私は貴方の事を認めてるから。忘れないでね」
「あ、ああ。そうだな……クマーの言う事なら受け取っとくよ」
「ふふん、そうそう」
彼の過去はもしかしたら――自分には想像出来ない様な暗いモノなのかもしれない。
フレンドになって浅い、それもゲーム中。私のこんな軽い言葉じゃニシキには響かないかもしれない。
……ただ、本人は気付いていないだろうけど。
彼はさっきから、普段よりも少し声が高くなって、歩くスピードも上がった。
「――ありがとう。クマー」
控えめな声。
それは戸惑いか、嬉の感情か。
分からないけれど……後者だったら嬉しいわね。
「どういたしまして。それじゃ行きましょう」
「ああ。罠には気を付けないとな」
「そこは私の出番ってもんよ!」
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