氷雪の英雄⑥


「今からお前に、俺の全財産をぶつけてやるよ!」


「!?それって――」


「――はは、商人がそれを言ったら『アレ』しかないだろ?」



リーダーはそう言う。

ずっと温存していたであろうそれ。


『黄金の一撃』――それを食らえば、間違いなく俺の残HPは消し飛ぶだろう。


当たれば終わりの……商人の『最終兵器』。

敵にして、こんなにも恐ろしいスキルは無い。



「――っ」


「はは、そんなに身構えるなよ」


「わざと予告までして……性格悪いなリーダーは」


「いやあ照れるな!対人戦じゃ相手の嫌な事したもん勝ちだぜ! 」



笑いながら近付くリーダー。

その宣言も加えて――俺を押し潰す様なプレッシャーが覆う。


これなら、不意に発動された方がマシだ。



「はあっ、はあ――」


「――」



じりじりと。

俺の元へ迫る彼。



「――っ……」


「行くぞ、ユウキ」



距離にして前方2m。

律儀にリーダーはそう言って、斧を振りかぶり――



「っ――!?」


「――掛かったな!」



一瞬で距離を詰めて、斧を振り下ろそうとする彼。


俺は――そこで、勇敢に立ち向かうべきだったかもしれない。

でも、安定を求めて逃げてしまった。全消費したMPの自然回復の為にも、このまま時間を稼いで――なんて思った。



「――な!?」



そして……気付く。

彼の右手には、『斧』が無かったのだ。

そして片方の左手に――いつの間にかそれは握られていて。



「こっちだぜユウキ――『黄金の一撃』!」


「うあっ――!!」



眼前、黄金色のエフェクト。

右手で見せられたフェイントに思うがまま騙された。

そのまま彼の左腕から、綺麗に一撃が俺の腰へ入って――



「――っ、があっ!!」



衝撃。減っていくHPバー。吹っ飛んでいく身体。



『敗北』。

それは――心の奥底では、分かっていた筈だった。


昔、大鷲との一戦の時……リーダーのPSの高さは知ってたから。

行商クエストもクリアしてるって聞いたし、対人戦闘の理解も俺より遥か上だと。


ただ上位職となった今、『もしかしたら』って思いもあった。


でも、やっぱり――



「――え?」



自分の情けない声。

見れば俺のHPは、後3%残っていて。



「……はっ、あ、あれ?俺、なんで生きて――」



そのまま俺は、衝撃に任せて後ろへ下がる。

『死んでない』。

まともに食らった筈だ。間違いなく死んだと思ったのに――


――理由を探す。

そうだ。先程俺を襲った黄金色の輝きは――これまでに見た事が無い程に『暗かった』。

あの時、大鷲を倒していた時とは別モノの様に。


もしその輝きが、掛けた『G』量に比例するというのなら――



「――あーあ、やっぱり駄目かあ……いや参ったな、これで終わらすつもりだったんだけど!」


「……もしかして、アンタもうGが――」


「はは、バレたものは仕方ない。俺の全財産は……正真正銘、千Gだった」


「せ、千G……?」


「恥ずかしいからあんま言うなって!はっはっは!」



笑うリーダー。

一式NPC品の装備で、それでなお――彼の所持金は1000G。


これまでどれだけスレ住人の為に費やしたか……それが分かる証拠だった。



「千Gって馬鹿かよあんた!なんでそこまで自分を削るんだ!?それに……断れよ!!何で俺の決闘受けたんだよ――!」



もう決闘なんてどうでも良い、俺はもう負けた様なものだから。


俺は、彼へと思いのままそう叫ぶ。



「……ごめんなユウキ。ぶっちゃけ俺も答えられない。それは気付いたら『こう』してたし、やっぱりそれに後悔は無い」


「あとお前の決闘を受けたのは――腐っても『リーダー』として逃げたくなかった意地だ」



「結果はこうなったけどな」、と笑って言う彼。

その笑顔は、嘘偽り無いモノで。


俺はもう、何も言えなくて――



「――何だよ、それ……」



こんな形で勝っても嬉しくも何もない。

もはや俺は――彼の時間と僅かなゴールドを奪っただけ。


こんな今になって、ようやく自分の言動が間違いだったと気付く。



「なあ、ちょっと良いか」


「……っ」



呼びかける彼の声。

自分はそれに答えられない。


……違うんだ。

こんなはずじゃなかった。


俺は、誰よりも『リーダー』が亡霊を倒すのを心待ちにしていたはずなのに。

いつの間にか暴走して、こんな事になってしまった。



《――「『俺は、ここまで強くなったぞ』って、真正面からアイツに言ってやりたいんだ」――》



思い出す、さっきの彼の台詞。

彼の顔が自分を見ているように感じたのは、決して思い違いじゃない。



……ああ。

俺も、リーダーと同じだったんだ。

それにずっと。恥ずかしくて目を背けていた。



――ただ。

俺はただ、『アスパイア』という人物に――






「――『強くなったな、ユウキ』」






『そう』、言って貰いたかっただけ――



「――へ?」


「見違えたぜー、いやあ本当に上手くなったな!お前かなり頑張っただろ?」


「……あ、そ、そうだけどさ……」



王都に行って、努力して……何時からかずっと欲しかった言葉。

それに思わず顔を俯かせる。



俺は……自分の人生の中で、リーダーの言う『ニシキ』さんみたいな存在は出来る訳がないと思っていた。

どこかで絶対に己の心は冷めていると。

現実でそんな人は現れる事も無く、ましてゲームでなんて100%あり得ないって。



「……ユウキ?」



でもあの時――皆で氷雪の大鷲という強敵を倒した時から。

俺は、この世界がかけがえのないモノになっていって。

それから直ぐ、俺達の『要』のアンタが居なくなって。



何時からか。

ようやく今、ずっと追いかけていた彼が――正真正銘『そんな人』だったと気付いたんだ。



パーティーメンバーを纏め上げ、大鷲を倒したり。

それからは勝てるか分からない難敵にひたすら挑み続けたり。

……そして今、ボロボロになるまで見ず知らずの住人達を手伝ったり。



それが、自分には眩しかった。カッコ良かった。決して出来ない事だった。



今になって分かる。

こうして彼に、上位職になって勝負を引っ掛けに来たのも。


ただ俺は――そんな己の『憧れ』から、一刻も早く認めて貰いたかったからなんだ。



「……ああそうだ!実はさ、こっそりユウキの事はアイツらから聞いてたんだよな」


「今は俺の代わりに『仮リーダー』として頑張ってくれてるんだろ?」


「マジでありがとな。ユウキがいるから、俺はここに残ってられるんだぜ」



そんなことを俺に続けるリーダー。

ずっと欲しかった言葉が……全て本人から言われてしまう。



「……ん?」



もう限界だった。



こんな。たかがゲームのに。


どうして今、こんなにも――



「ゆ、ユウキ……?」

「――!おいおい泣いてんのか!?お、おーい!!」

「何かごめんって!変な事言ったの俺!?」



目の前の困惑する声。

それでも、無理に抑えていた感情は堰を切る。



《――「俺は、『ニシキ』になりたかったんだよ。ユウキ」――》


《――「皆から注目されて、応援されて、憧れみたいなのを抱かれるような」――》



先程の彼の台詞が蘇る。

きっと、当の本人は気付いていないだろうけど。






「……もうなってんだよ、アンタはさ」






瀕死で、装備はボロボロ。

挙句の果てに無一文。

傍から見ればカッコ悪い奴に見えるかもしれない彼。


でも、自分にとっては全くの逆なんだ。

この世界で紛れもなく――『アスパイア』は、俺の『英雄』なんだから。




「な、何か言ったか?」


「……なんでも、ないよ。リーダー」



ラロシアアイス、しとしとと雪が降る決闘場コロッセオ

彼に挑んだ決闘は――結局、自分の完敗で終わったのだった。

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