交易クエスト③



 PK職、『海賊』。

それに対する『商人』。


先程までは――後者の優勢だった。



「――『ウォーターボール』!」


「っ……『スラッシュ』」


「ぐハッ!!ハッハッハァ、やるねえ!」



商人は海賊へ接近。

対し海賊は、杖から『地面』に水球を発射。


当然当たる事なく、地面に衝突し割れて――魔法発動の隙があった彼に武技が襲い掛かる。


このパターンを……かれこれ三度程繰り返し、今の状況。


商人のHPは八割。

対して――海賊のHPは、もう二割を切った所。


『圧倒的』に……商人側が優勢だったのだ。



「ハッハァ!やべえよ、負けちまうなァ!『咆哮』!」


「――っ」



咆哮により商人の動きを止め、無理やり逃げる海賊。


ここまでの不利な状況だが――



(……これで『三回』。もう十分だ――吠え面かかせてやるよ)



半面、海賊の顔は笑っている。

まるでこれから……そう示す様に。



「――?何を企んでる……っ!」


「それは――今から見せてやるってのォ!!」



杖を斧に変更しながら、叫ぶ海賊。

その隙に接近する商人。


そして――





「――『大海原の畏敬オーシャンオブテラ―』!」


「っ――!?」





そのスキルが、海賊の口から発せされる。

瞬間、商人は『恐怖』状態となり――動きは強制的に止まった。

だがそれだけじゃない。



彼は目にする。

それはスキルの映像か、それとも彼が見せる気迫によるモノか。


眼前……海賊の背から、押し寄せてくる大波を!



「……っな!?」


「――『ダブルスウィング』!!」



勢いのまま、彼の両手の斧が目一杯振りかぶられ商人へ襲い掛かる。



「ぐっ――!?」



商人は何も出来ず食らい――大きな衝撃と共に地面へ転がった。


先程の海賊のスキルは……『咆哮』と大差は無い。

ただその『恐怖』の効果時間は二倍以上に膨れ上がっており、二秒は動きが強制的に止められていたのだ。



「――よう。『それだけ』だと思うんじゃねえぞ」


「!?な――これは……」


「ハッハッハァ!気付いたか?テメエは今、このデケえ海に溺れてる様なモノなんだぜ!」


「……この状態異常、そうみたいだな――っ」



自身の下、水が広がる地面に手を突きながら海賊を睨みつける商人。



(ハハハ。コイツは発動条件は難しいが、決まればずっとオレのターンなんだよ!)




『大海原の畏敬』。



発動条件として……まずは『水属性魔法』による攻撃を『三回』以上当てる事。そして自身の体力が『三割以下』である事。

そして発動の際には、『咆哮』と同じく至近距離に相手が居なければならない。


――それらをクリアして、得られる恩恵は三つ。

対象へ五秒間の『恐怖』。

対象へ100秒間の『防御低下効果』。



そして一番の特徴が……プレイヤー相手に成功した場合、対象は100秒間『スキル詠唱不可』となるモノ。



詠唱とは、魔法の発動はもちろん言葉に出して発動するスキルも含まれる。

武技は勿論、黄金の一撃、高速戦闘、瞑想も。

商人の『切り札』が――ほとんど封じられたのだ。




(コイツならあんな魔法攻撃程度、余裕で避けられる筈だ)


(だから水魔法を地面へ撃つ事で『水飛沫みずしぶき』を浴びせた。ダメージはねえが、確かに当たってる判定なんだよな)




「ヘッタクソなウォーターボールだと思っただろ?全部コレの為の布石だってーのォ!」


「――っ!」


「ハッハッハァ!!無駄だ――『ダブルスラッシュ』!!」



それでも食らい付こうとする商人。


が――力無い通常攻撃を強いられており、それも一本の片手斧だ。

二本の重い武技が押しのけ蹂躙する。


商人の黒い斧は、呆気なく遠くの地面へ転がった。



「くっ――」


「逃がすかよォ――んなッ!?ぶねえ!!」



海賊が追撃で双斧を振り下ろそうとした時――商人の手から、黄色い液体の入った瓶が投げられたのだ。


そのまま振り下ろせば、瓶が割れて身体へ降りかかる――咄嗟の判断で、海賊は斧を引っ込めた。


だが商人は、その隙に大きく距離を取る事に成功。



(コイツ……麻痺毒瓶まで持ってたのか)



まるでPK職を相手しているかのような錯覚を彼は覚えたが。



「……ハッ、ただ距離を取ったのは間違いだったなァーー」



笑う。

寧ろ、好機だという様に。



「終わりだぜ!商人さんよ――『大海原オーシャンオブ牢獄プリズン』!!」


「――っ!次はなんだ――」



海賊がそのスキルを発動後――遠くの商人の地面の『海』から、湧き出る様に大きな檻が生成されていく。



『海の足枷』。

海賊専用の水魔法の一つ。

対象の地面から水の枷を生成し、それが対象に触れれば移動速度を低下させるもの。


だが――『大海原の畏敬』の発動が成功した対象に限り、効果は更に強力なモノへと変貌する。


それが、『大海原の牢獄』。

普通なら檻の生成中に走ってその場を離れれば回避は可能。

だが強化されたこのスキルは『回避不可』。

加えて――移動速度低下に留まらず、『移動不可』まで効果は上昇する。



(一気に逆転して蹂躙する、この瞬間が溜まらねえ!これだから海賊は最高なんだよなァ!)



「移動不可、か――」


「ハッハァ!これがってヤツだ、『ウォーターアックス』……おらッ!」



海賊は左腕の片手斧を片手杖に交換。

その詠唱の後――地面から水の斧が生成、商人へ飛んでいく。


そして更に、タイミングを合わせてもう一方の右腕の片手斧を投擲した。


……彼の利き手は右利き。普通なら一本しか正確な遠距離攻撃を行えない。

だが、魔法の存在が二本の同時攻撃を可能にする。

補助が効く魔法は左、コントロールが必要な投擲は右で使い分けているのだ。



(コイツは確か、飛んでくる矢を反射するだとか噂されてた)


(でも――この二本の同時攻撃じゃそれも不可能)


(終わりだ、後はひたすら同じ様に蹂躙するだけ。流石にアイツももう諦めて――)





「――ッ!?」






それの対抗手段は無い筈だった。


だが。

瞬間、海賊は身震いする。

それが迫るというのに、商人は――




――真っ直ぐに、彼を見つめていたのだ。









「――ぐっ」



(な、何なんだよ……驚かせやがって)



動揺したのも束の間、商人は二本の斧をまともに食らう。

三割を切り――海賊と同じ、二割までHPを減らしていた。


ただ――商人も何もせず食らった訳ではない。

インベントリから、隠す様に後ろの地面へ『武器』を大量に取り出していた。



(なんだ……?いや大丈夫、大丈夫だ。これを繰り返せば俺の勝ちだ)


(アイツが何をやろうが関係ねえ――今までずっと、俺はこの手で勝って来ただろ!)


(なのに、どうしてこんなに体が震えてやがる……?)



「『ウォーターアックス』――ッ!?」



もう一度、彼の詠唱。

そして投擲への移行。


右腕を曲げ――肘を伸ばし、投げようする直前の動作の最中。


その斧の持ち手を握った指へ、『小さな刃』が超高速で襲い掛かる。



(な、ナイフだと……!?つか速すぎ――ッ )



精密機械の様なコントロール。

水の斧は発射されるものの――もう一方の右手の斧は、衝撃で落としてしまった。



「――っ」



そして――



「――え?」



目の前。

迫るのは――さっき発射したはずの、水の斧。



「があッ!!く、くそ……何だってんだよォ!!」



『反射』。

商人は迫る一本の水の斧をはね返し、海賊へ返した。

そのスキルには『詠唱』なんてものは無い。つまり『詠唱不可』は関与しない。


そして……二つ同時は無理でも、一つだけなら狙えると。

スピードは速いが本人の持つ『斧』だった為、一度しっかり見ればタイミングを掴むのは余裕だったのだ。



(どうする、もう一度やるか……?それとも接近――)



「――ぐッ!!く、くっそ……」



考える間もなく襲う高速の『ナイフ』。

どうして商人がそんなモノを……なんて考える余裕も無い。


確かなのは、このままでは自分の投擲を同じ様に無効化され死に至るという事。



(二つ同時じゃなきゃ、アイツは絶対に『反射』してくる――でも、俺の技術じゃ二本同時の投擲は無理だ)


(その為の魔法だってのに、その詠唱中にもう一方の手を狙われちゃあ……)


(……ああクソッタレ!考えんなって――)



「――ぐッ!?ああ、くそ……」



動揺、そして息を吐かせぬ高速の投擲。

今度は片手斧。

間もなく一割を切る海賊のHP。



(『ここまで』やって、負けるのかよ……!?)



「クソ、おらッ!!――『ウォーターアックス』!」


「っ――」


「ぐあッ……!――はあ、はあ……」



『順番』を変えても同じだった。

タイミングが異なってしまう二本の斧は、商人によって二つとも『反射』される。


海賊はなんとか一つは避けられたが、もう一つは被弾。


次。何かを食らえば即終了のHP。



(クソ……もう――)



「――これで、終わりなのか?」



まるで心の中を読んだように、商人は海賊へ告げる。

逆上を煽る……様には思えなかった。


『単純な疑問』。

そんな風に。



「なんだと?」


「ごめん、単純に気になったんだ。君のそれは――面白い職業だな」


「……はァ?何言ってんだ?」


「近接職かと思いきや、魔法を絡めたトリッキーな闘い方……加えて、『大海原の畏敬』だったか」


「そうだけどよォ……」


「礼を言うよ、楽しい戦闘だった――」


「――ッ」



(ああ、コイツは本当にそう思ってるんだ……心から戦闘を楽しんでんだな)


(対して俺は――相手を蹂躙する事だけしか考えてなかった)


(だから、『手』が少ないんだ)



海賊がその商人の顔を見れば、良く分かった。

自分の弱さの原因が何であるかを。何時からか、このパターンだけに甘えていた事を。


そして無情にも……その言葉が終わると同時に、彼は『構える』。



「……来るなら来い。来ないなら――それでも良いが」



(――も、もう、訳分からねえ!商人が居合の体勢になってやがる)


(どうする?突っ込むか?あの中に?いやでも遠距離攻撃は通じねえし――)


(だああ!今迷ってもしょうがねえ、もう俺に残されたのはコレだけ……発動するのなんて何時振りだ?)



「――ッ、お望み通り出し切ってやるよ!!」


「……ああ、来い」




(このオレが、商人に情けを掛けられるとはな……)


(でも――それに甘えてやるしかねぇ)


(クソッ、この勝ちパターンに甘えずに、もっと色んな手を試行錯誤していれば――)



「……ッ、おらあああああああ!!」


「――っ!」



走り出し、迷いを掻き消す様な海賊の叫び。


対照的に――商人は無言のまま、下を向いて構えている。



(ああ、クソクソクソ何だよコレ!!怖え怖え怖え!)



言葉も無い。

視線も無い。


なのに――目の前の商人が、怖くて堪らない。

美しい構えとは裏腹に……まるで、『飢えた獣』のような殺意が海賊を覆っている。



『死』。

これまで感じる事の無かったその感覚が、これまでにない程没入している彼に生まれていた。



「――はッ、はあッ、食らえよおらァ!!」


「――」



無情にも、時間は過ぎて。

商人と海賊の距離はもう――すぐ近くに。



「――『大海オーシャンの一撃・クリティカル』!!」




海賊がそう唱えると同時に地面の水が波となり、海賊の『斧』に集っていく。

そのスキルは、対象に掛かった『大海原の畏敬』の効果時間を終わらせる代わりに――高威力の一撃を与えるスキル。



……商人は今なら動ける。

だがそのまま、居合の体勢のままで。

海賊に応える様に――そのスキルを発動した。




「――『黄金の一撃』」




もう一方。黄金色に輝く『片手剣』。


振り解かれる、その構え。




「――っ」


「らあああああッ――!!」




『深い青』と、『煌めく金色』。


やがて――交錯。


金色のそれは、まるで大波を食らうかのように。




(……ハハッ、初めてだぜ。負けると分かって突っ込むとは――)




スローで動く景色の中。

彼には、何となく勝負の行方は分かっていた。


海賊目掛けて迫る、超高速の居合。

スピードも、威力も、美しさも……全てを上回っているであろう商人の一撃。




(久しぶりだな、敗北なんて)




「――ぐあッ!!」


「っ、決まったか――」



呆気なく海賊の身体は斬られ、衝撃で倒れる。



「ッ、ハハ……」



その勢いのまま、笑いながら彼は地面へと仰向けへ寝そべった。

ゼロに向かっていくHPと共に――




「……GGグッドゲームだ、商人さんよ――」




笑って海賊はサムズアップを掲げる。

何かが吹っ切れたような、そんな表情で。



《貴方は死亡しました》


《PK失敗ペナルティとして、1000000Gを失いました》


《デスペナルティが追加されます》


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