エピローグ:ウェーブ50



《次ウェーブからは報酬が得られません》


《続けますか?》




「終わってない、か……」



兄の居合を真似たそれは、思っていた以上に集中力を消費した。


これまでのウェーブまで使っていた隠密とは比にならない程のモノ。

実際今、かなり意識が薄くなっている。



「……」



普通なら即脱出だろう――でも。


まだ、終わりたくない。



《残留を確認》


《第11ウェーブを開始します》


《制限時間は十分です》



「……」



溢れかえる様なゴブリンの群れ。

俺はまた、奴らへと向かっていく。





《第11ウェーブをクリア》


《三十秒後、次のウェーブに入ります》


《失ったHPとMPを回復します》



「……」



そのウェーブは先程までとほぼ同じ。

変わったのは数が少し増えたぐらいだろう。


どうせ報酬も手に入らないし、難易度はそう上がらないか。



……ただ、ただ。

薄れようとする意識の中で――ひたすらに俺は立っている。



《残留を確認》


《第12ウェーブを開始します》


《制限時間は十分です》



「……」



独り言を呟く力も無い。


俺はまた――ゴブリンの群れを倒していく。





《黒の変質が発動します》


《逆境スキルが発動します》



飽きもせず、周りから取り囲むよう襲い掛かるハイゴブリン達。


また俺も――右手を鞘にして、構えを取った。




「――『スラッシュ』」



《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》



《第15ウェーブをクリア》


《失ったHPとMPを回復します》




「……はっ、はあ……」



10体纏めて、もう一度真似た居合で倒す。

極度の集中はいるものの、『スラッシュ』でも同じような事は出来た。黄金の一撃よりもスピードや威力は大きく劣るが。


……そして。

気付けば、ウェーブがかなり経っている。

大量の経験値で、レベルも大分上がった。

でも――そんな事はどうでも良い。




《残留を確認》


《第16ウェーブを開始します》


《制限時間は十分です》



「……」



木影から、俺を探すゴブリン達の元へと歩いていく。



『……ギャッギャッ?』


『ギャギャ……』



ゴブリン達は、俺の存在に全く気付いていない。


隠れようともせず、すぐ横に居るのに。

今、武器を振るおうとしているのに。

仲間もすぐそこに居るのに。


まるで――ゴブリン全員が、俺をそこの木と同じモノと認識している様だった。



「『パワースウィング』」



そんな異変を感じながら、俺はまた斧を振るっていく。





《残留を確認》


《第30ウェーブを開始します》


《制限時間は二十分です》



《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》                   

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》

《ハイゴブリン LEVEL40》


《ハイゴブリンシャーマン LEVEL40》

《ハイゴブリンシャーマン LEVEL40》

《ハイゴブリンシャーマン LEVEL40》


《ハイゴブリンソルジャー LEVEL40》

《ハイゴブリンソルジャー LEVEL40》


《ハイゴブリンアーチャー LEVEL40》

《ハイゴブリンアーチャー LEVEL40》





「……」



気付けば30ウェーブを超えていた。

ゴブリンの群れを、横切る様に歩いていく。


それなのに――彼らは俺に気付くこともない。

だがまあ、結局手を出せば同じだ。


意識は更に朦朧として、ただただ闘うだけの為に脳を使っている。

常にギリギリで余裕のないこの戦場。


そしてそれが――心地良い。


もっと。

もっと、もっと。



浸っていたい。

この、『死闘』へ。




《第35ウェーブをクリア》


《三十秒後、次のウェーブに入ります》


《失ったHPとMPを回復します》




「……『瞑想』」



あれから、どれだけ時間が経っただろう。

もう雑念なんて湧く余裕も無い――


でも念のため動きに乱れが出ないよう、また構えを取って目を瞑った。



《瞑想状態になりました》





「……」





……俺は、やがて兄の元に辿り着けるんだろうか。


ふとそんな事が頭に過る。

この世界で強くなる為、無我夢中で闘って。

いつか――背中を並べて歩けるんだろうか。



《――「はは、今日もボクの真似を?」――》


《――「ああ! オレはいつか絶対……」――》



また現れる、昔の兄との会話。

どうも俺の中で――その先が思い出せない。

まるで過去を遮断するように聞こえるアナウンス。


朦朧としている意識がそこだけを掻き消していく。

分からない。




俺は――あの時何て言ったんだっけ。



《残留を確認》


《第36ウェーブを開始します》


《制限時間はニ十分です》




俺は――斧を構えていく。

遥か昔の過去に、浸る余裕は無い。

目の前の敵を殺すんだ――





《第39ウェーブをクリア》


《三十秒後、次のウェーブに入ります》


《失ったHPとMPを回復します》




……俺は、これまで沢山の強者と会って、時には闘ってきた。



もしかしたら負けていたかもしれないし、引き分けになっていたかもしれない。

これはゲームだ。

でも――俺にとってはもう、かけがえのない世界になっている。

そしてかつ、まだ『引っ掛かり』がある。



それはどうしてだ?

つっかえのあるナニカは、取れる事がない。

俺は――この世界で――



《残留を確認》


《第40ウェーブを開始します》


《制限時間はありません》


《全てのゴブリン達を倒せば、このウェーブは終了となります》



考える間もなく流れるアナウンス。


これまでとは比にならない数のゴブリン。

集団が3つ4つ、ゆっくりと――俺の元へ下っていく。


タイムリミットが無いなら……丁度良いな。

がむしゃらに、この手を振りたいところだったんだ。










《第40ウェーブをクリア》


《三十秒後、次のウェーブに入ります》


《失ったHPとMPを回復します》


《警告!1日のプレイ制限時間が近くなっています!》


《ログアウトする事をお勧めします》


《制限時間を超えた瞬間、強制的にログアウトします》



「……」




《残留を確認》


《第41ウェーブを開始します》


《制限時間はありません》


《全てのゴブリン達を倒せば、このウェーブは終了となります》





引っ掛かり続けるナニカ。

それを闇雲に思考しながら――斧を、時には刀を振り続ける。



《――「はは、今日もボクの真似を?」――》


《――「ああ! オレはいつか絶対……」――》



幼少の記憶。


ずっと止まっていた――いや、無意識の中で止めていた想い。

それが今、流れ出す。

堰を切って、止めどなく。



残りの俺の微かな理性は――この時、切れたのかもしれない。





「――ああ……」





あの時――俺は確かに。






《――「いつか絶対、兄さんより強くなってやるよ!」――》






過去の俺が言った声。

まるで今それが、自分の声で――再生されたような気がした。



「……そう、だったよな――」



兄さんは、憧れで、目標で。そしてかつ、『勝ちたい』存在だった。

遥か昔の俺自身は、確かに彼を越えようとしていた。

それはあっけなく折れて……心の奥底へ仕舞い込んで――気付けば何十年も経っていたんだ。




――そうだよな。

そりゃ、差は離れていく一方だし。

兄と俺には、一生掛けても破壊できない壁がある。

刀なんて持ったことない俺がそれを言うのは、冗談でも笑えない。



……でもそれは、現実の話だから。


俺はゆっくりと――彼に似た居合の構えを取る。



「――『スラッシュ』――っ」



《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》

《経験値を取得しました》



繰り返してきたこの抜刀も慣れてきた。

完全とは程遠いが――形になっている。



「……もっと――」



それは、俺が強くなる為に。


この先に待つ者達を。

時には襲い掛かる者共を。



闘って、戦って――食らい尽くせ。



経験を、技を、何もかも。

自分の糧にする為に。



強くなる為。

例えそれが、兄のモノであったとしても。





「もっと、もっと――」






やがて、俺の『最強』を超える為に。







「――強い奴と、闘いたい」




《第50ウェーブをクリア》


《三十秒後、次のウェーブに入ります》


《失ったHPとMPを回復します》


《プレイの制限時間を超えました》


《強制的にログアウトされます》


《 《 《ニシキ様が、ソロで『餓鬼王からの挑戦状』の第50ウェーブをクリアしました!》 》 》


《貴方の最大達成ウェーブ数は50です》


《『餓鬼王からの招待状』クエストの受注条件の一つを達成しました》


《ログアウトします》





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