戻る現実、遭遇


「……あれ?俺いつの間に寝てたんだ……」



気付けば布団の上だった。

その前の記憶が吹き飛んだように消えているのだ。


『ウェーブ10』の最後――俺が覚えているのはそこまで。というかあの後落ちたんだっけ、どうだったっけ――



「――痛っ!」



『VR酔い』。それも前回よりも酷い。


思わず激痛に頭を抑える。

またやってしまったのか……。


「……懲りないな、俺も」



頭の痛みを感じながら立ち上がる。


これは思い出すのに時間が掛かりそうだ。

でも……あの『居合』だけは、鮮明に覚えている。



「懐かしいな――」



商人という職業に憧れる前のこと。

俺は確かに、兄さんと同じ『居合』を真似ていた。


彼は三才の頃から刀を持ち、刀と共に暮らしてきた。

対する俺は刀なんて持たせてもらった事がない。『左利き』だったから。


でも――



《――「!……錦は本当に、人の力を自分のモノにするのが上手いね」――》


《――「へへ、でも……オレ自体は兄さんみたいに、何の才能も持ってない……」――》


《――「何を言っているんだい?ボクの居合をそこまで真似ておいて」――》


《――「え?」――》


《――「大丈夫。錦にはしっかりとあるよ、誰にも負けないモノが」――》



そう言って――彼は俺の頭を撫でてくれたっけ。


木刀ですらあの親は持たせてくれなかったから……木の棒で必死に練習していた居合の技。

その時兄さんから褒めてもらった時はどれだけ嬉しかったことか。



「……っと、危ない危ない……」



立ち上がり、よろけながら水を飲む為キッチン、冷蔵庫へ移動。

今回は中々に無茶をしたっぽいな……かなりやられてる。



「っと、久しぶりに散歩でも行くか」



亡霊の時もそうだったが、意外と外を歩けばこのVR酔いはマシになる。


何でだろう、現実を実感できるからか。

それだったら……会社にでも行けば一瞬で治るかもしれないな。やらないけど。





玄関を開ければ、そこはしとしとと雨が降っていた。


傘立てから傘を取って――俺は行く当てもなく歩いていく。



「……意外と良いもんだな、雨も」



この水が地面に落ちる音は、なんだか落ち着く。


全くの無音よりも雑音があった方が精神統一はしやすいというが、その通りだ。

……うん、これは良いな。



「……ん?はは、逃げないのか?」



道すがら、いつもは逃げていく野良猫が俺に近付いてくる。

瞑想VRのおかげだろうか、現実でも気配が薄くなってるのか?

いや……薄いというか、この自然の中に溶け込んでいる、の方が適切か。


そのまま近くにあった公園へと移動する。



「よしよし」



そこそこの大きさではあるものの、雨のせいで誰も居ない。


屋根のあるベンチに座って、傘を適当に立て掛ける。

そのまま手を出しても全く逃げる気配が無い。

まさか、瞑想にこんな恩恵があったとはな……



「はは、濡れる濡れる――」



耳と耳の間辺りを撫でていると、俺の膝の上に移動してくる猫。

これは、散歩所じゃないか。



「…………」



雨の音。

誰も居ない公園。


瞑想するには、丁度良い環境だった。

見れば猫は俺の膝で寝息立ててるし。



「……」



瞼を閉じる。

周囲の音がより大きくなっていく。


そして――



『――!』


「……ん、どうし――」



眠っていた猫が不意に起きて、俺の横に回る。


瞼を開ければ――目の前に人が居た。



「あ」


「あ」



それは、フードを被った少女。


……ん?

もしかして、彼女は俺がコンビニで不良といざこざがあった時、絡まれていた少女?


どうしてこんな所に……ってただの偶然か。



「……あの時は、ありがとうございました」


「あ、ああ」



頭を下げる彼女。


正直、あそこで闘ったのは本意じゃない。

RLで戦闘の楽しさを知ってから、身体が勝手に動いただけだ。


だから、純粋に感謝を伝えられると少し後ろめたい。



「……」


「……」


『……ニャ』



沈黙が流れる中、助け船を出すように後ろで鳴く猫。



「……その猫、人にあまり懐かないんです」


「え?そうなのか」


「……はい。凄いんですね、ニシキさんは」




――ん?

今名前言ったよな?



んん?


き、聞き間違いか――



「……ニシキさん、ですよね」


「え――」



まずい。

これは、大分まずいんじゃないのか?


よりにもよって、アバター外観をいじらなかった事が災いした。

というかどこで?

何時会った?


――でも、彼女に悪意は見当たらない。

そこだけは不幸中の幸いだ。



「……その反応って事は、本当なんですね」


「肯定はしないよ」


「そうですか」


「……」


「……」


『ニャーゴ……』



沈黙、そしてどこかへ行く猫。

……行かないでくれ。



「――何も、問いたださないんですか?」


「え?」


「あの時――絡まれていた所を助けてくれたのに、勝手に逃げたり」


「あ、ああ」


「PKに襲われた時も……」


「!君は、あの時のプレイヤーか」


「……今気付いたんですね」


「ごめんごめん、そういう事か」



終始ジト目のまま話す『レン』。


かなり前の土魔法使いの子か。衣装や髪色が違うが面影がある。

喋り方もそっくりだ。

これで合点がいったよ、だから知ってるんだな。


……本当にこの世界は狭いものだ。

ゲームで兄さんに会ったりPKKの時の子に現実で会ったり。



「……」



無言で俺を見る少女。

図らずも自分は二回彼女を助けた訳だ。


問いただす、なんて言われても全く気に留めてなかったし。


……まあ、良いか。

正直に話してしまおう。別に自分は恩を売りたい訳じゃない。



「――君は、少し勘違いをしているみたいだけど」


「……はい?」


「現実のあの時も、RLのあの時も……俺は君を、君達を助けたいから『やった』訳じゃない」


「!」



フードに隠れた顔が驚きの表情に変わる。



「俺が、『闘いたい』から飛び込んだんだ。あの不良にもPKにも、この手を振るいたかっただけなんだ」


「……嘘じゃ、ないですよね」


「嘘じゃない、唯々『戦闘』をしたかった。だから君は何も俺に返さなくていい。これは全部、自分が勝手にやった事なんだからな」



「……っ」


少し引き気味な『レン』。

まあ、無理も無いか。傍から聞けばヤバい奴だ。


でも――それは純度100パーの真実な訳で。



「……どうしたら」


「ん?」


「なんで――どうしたら、あなたみたいに、『闘える』んですか」



勢いを増す雨の中。

俯き、絞り出すような声で話す彼女。


話した内容を到底信じられない――そんな風に見えた。



「……俺は最初からそうだったわけじゃない。RLじゃパーティーの隅で、戦闘なんか避けてたよ。現実なんてもっての他だ」


「それじゃ、なんで――」


「――どうしても、勝たなきゃならない闘いがあった。必死になって、急に現れたスキルに全財産まで使って――それを乗り越えてから、何故かそれが楽しくなったんだ」


「……そう、だったんですか」


「ああ。答えになったかな」


「……はい」



この子がなんでそんな事を聞いてくるのかは分からない。


でも、一つ分かるのは――



「――君は、『闘って』倒したいナニカがいるのか?」


「……!その言い方は語弊がありますが……少し、友達の為に」


「そうか。なら――君の持つモノ全部で、何が出来るのかを考えると良いと思うぞ」


「全部、ですか」


「ああ。それはアイテムやスキルだけじゃない。仲間も、出会ったプレイヤーも全部。それらを自分のモノにしていくんだ。俺はそうだと思ってる」



色んなプレイヤーと闘って、武器を作ってもらって、戦闘技能も教わって――色々なスキルや戦闘方法は手に入った。

俺は自分が強いとは思った事はないが、これまでの『勝利』は全てそれのおかげだと思っている。



「出会った、プレイヤー……」


「ああ。簡単な話、『一番強いと思った人』に弟子入りでもすれば強くなる可能性は高いだろ?そういう事だ」


「……」



考え込む少女。

さて――そろそろ良いか。



「んじゃ、俺はそろそろ行くよ」


「え、あ……」


「はは、足元足元」


「!」


「ごめんな、ここが君とその子の憩いの場だったなんて」



彼女の足元に頭をこする先程の猫。

どうやら、俺はずっとお邪魔していたらしい。



「じゃ。頑張ってくれ」


「……は、はい。また――いや、何でもないです」


「?ああ」



何か言い掛けた彼女は言いよどむ。


まあ、良いだろう。

お陰で大分VR酔いも醒めた。



「……ありがとうございました」


「はは、俺は何もしてないよ」



小さい声、礼を言う彼女に背を向けて。

少し雨の上がった天気の中、俺は家へと戻ったのだった。

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