『瞑想VR』
《瞑想VRの世界へようこそ》
《貴方は『無』です。この空間において、貴方は何もできません。ただここに存在するのみです》
《ゲームではありません。ご了承ください。終了するには『終わる』と言ってください》
これは、プレイする事はもう無いと思っていたが。
「……二度目だな、この感覚」
突如落とされる『無』の世界。
本当に――ここは慣れない。
だからこそ、良いんだが。
「……」
如何なる状態でも精神を一定にする。
言葉で言えば簡単だが――実行するのは難しいんだ。
敵と出くわせば嫌でも心は乱れるし、それが強ければ強い程、バレてはならない程乱れは強くなる。
それはきっと長い修練で治めていくものであって、ほんの少しの練習で何とかなるものじゃないんだろう。
でも――俺は、このゲームで、それを少しでも習得する。
☆
なんて決意を決めたも束の間。
「……はあ、はあ――」
開始一分。
苦しくて、仕方ない。
頭がおかしくなりそうだ。
『音』が欲しい。
『存在』が欲しい。
自分が今此処に居る実感が欲しい。
「はっ、はっ――」
無の世界、乱れていく精神。
自分のその荒れた呼吸が聞こえて、安心してしまう始末。
「――っ、何やってんだよ、俺は――」
見えない地面を睨みつける。
このままでは、俺は何も得られない。
……こんなんじゃ駄目だ。
覚悟を決めろ。
もっと俺を、『地獄』に落とせ!!
《――「覚悟が出来たらおいで、錦」―― 》
強烈な記憶。
居合の構えを取った兄の姿。
殺気を消した彼の影。
それを――この世界に投影する。
《――「『明鏡止水』」――》
彼のスキルを唱える声が。
この何もない暗闇に――幻影を生み出していく。
「……はっ、はっはっ――」
現れてくるそれ。
怖い。
怖い、怖い怖い!
無の空間だからこそ――そのイメージは強く現れる。
刀を構えた、彼の姿が俺の前に。
まるで、見えない刃がこの俺を覆っていく様だった。
『死』。
いや、それよりも酷いナニカ。
形容するなら『生き地獄』。
「――耐えろ、耐えろ……静まれ!!」
今すぐ逃げ出したいこの空間に、見えない身体を地面に押し付けた。
頭が狂ってしまいそうだ。
今すぐコレを打ち付ければ、マシにでもなるだろうか。
でも。
駄目だ。
耐えなくては。
「ああああああああ!!クソっ!!」
暴れる鼓動。
声を出す俺に対して、兄は当然の如く微動だにしない。
遠い存在。
憧れ。
でも――『答え』は、そこにあった。
「……兄、さん……」
その様になりたいのなら。
俺は――彼を模倣すれば良い。
片足を前に。
顔は地面に向けて。
前屈の体勢。
持たざる刀だけは――兄と違う、『右側』の腰に。
見様見真似。
形だけの、『居合の型』。
☆
どれぐらい時間が経ったのか分からない。
ただ――
「……はっ……はっ……」
それは、気のせいかもしれないが。
今――息が、静まってきた。
この無の空間で――初めて、俺は普通よりもマシ程度になれているはずだ。
この地獄の中で、俺は……残れている。
「…………」
呼吸を鎮めていく。
精神を治めていく。
居合の構えのまま――俺は、ずっとそうしているけれど。
「……」
何故か、苦じゃなかった。
十数年磨き上げてきた兄さんの構え。
それは兄弟だからか、俺の気のせいか分からないけれど――『しっくりくる』。
座禅の姿勢や横になった時よりずっと落ち着く形。
……アレだけの地獄が、変化してきていた。
☆
もう、一時間、二時間は経っただろうか。
もはや恐怖は無い。
その代わり、現れてくる邪念や集中力の切れと格闘している。
「……」
日頃の係長への鬱憤、最近話すようになった千葉チーフとの会話。
RLでは、会ってきたプレイヤーがどうしてるかとか、フレンドの商人達は俺をどう思っているんだとか。
……シルバーはあれから、行商クエストに行ったんだろうか――とか。
「……ふー……」
勝手に湧き出てくる煩い自我との対話。
それがしばらく続いたが――突如それはパッタリと途絶えた。
「…………」
ただただ、心地良い空間。
落ち着く――かつ、精神が研ぎ澄まされて行くような。
この『無』の空間に――溶け込んでいくような。
「……っ」
そして、俺はゆっくりと目を開ける。
始めとは比較にならない不思議な世界。
自らの呼吸が嘘の様に静かだった。
その鼓動は、聞こえない程緩やかに。
真っ暗闇な世界の中。
イメージで投影した兄の顔が――昔の様に、笑ってくれた気さえした。
「ありがとう、兄さん」
《瞑想VRを終了します》
《お疲れ様でした》
《ご意見、ご感想はホームページまでお寄せ下さい》
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