『瞑想VR』


《瞑想VRの世界へようこそ》


《貴方は『無』です。この空間において、貴方は何もできません。ただここに存在するのみです》


《ゲームではありません。ご了承ください。終了するには『終わる』と言ってください》



これは、プレイする事はもう無いと思っていたが。



「……二度目だな、この感覚」



突如落とされる『無』の世界。


本当に――ここは慣れない。

だからこそ、良いんだが。



「……」



如何なる状態でも精神を一定にする。


言葉で言えば簡単だが――実行するのは難しいんだ。

敵と出くわせば嫌でも心は乱れるし、それが強ければ強い程、バレてはならない程乱れは強くなる。


それはきっと長い修練で治めていくものであって、ほんの少しの練習で何とかなるものじゃないんだろう。

でも――俺は、このゲームで、それを少しでも習得する。





なんて決意を決めたも束の間。



「……はあ、はあ――」



開始一分。

苦しくて、仕方ない。


頭がおかしくなりそうだ。

『音』が欲しい。

『存在』が欲しい。


自分が今此処に居る実感が欲しい。



「はっ、はっ――」



無の世界、乱れていく精神。

自分のその荒れた呼吸が聞こえて、安心してしまう始末。



「――っ、何やってんだよ、俺は――」



見えない地面を睨みつける。

このままでは、俺は何も得られない。




……こんなんじゃ駄目だ。


覚悟を決めろ。


もっと俺を、『地獄』に落とせ!!




《――「覚悟が出来たらおいで、錦」―― 》




強烈な記憶。

居合の構えを取った兄の姿。


殺気を消した彼の影。

それを――この世界に投影する。



《――「『明鏡止水』」――》



彼のスキルを唱える声が。

この何もない暗闇に――幻影を生み出していく。



「……はっ、はっはっ――」



現れてくるそれ。

怖い。

怖い、怖い怖い!


無の空間だからこそ――そのイメージは強く現れる。


刀を構えた、彼の姿が俺の前に。

まるで、見えない刃がこの俺を覆っていく様だった。



『死』。


いや、それよりも酷いナニカ。


形容するなら『生き地獄』。




「――耐えろ、耐えろ……静まれ!!」



今すぐ逃げ出したいこの空間に、見えない身体を地面に押し付けた。


頭が狂ってしまいそうだ。

今すぐコレを打ち付ければ、マシにでもなるだろうか。



でも。

駄目だ。

耐えなくては。



「ああああああああ!!クソっ!!」



暴れる鼓動。

声を出す俺に対して、兄は当然の如く微動だにしない。


遠い存在。

憧れ。



でも――『答え』は、そこにあった。



「……兄、さん……」



その様になりたいのなら。

俺は――彼を模倣すれば良い。



片足を前に。

顔は地面に向けて。

前屈の体勢。


持たざる刀だけは――兄と違う、『右側』の腰に。



見様見真似。


形だけの、『居合の型』。






どれぐらい時間が経ったのか分からない。

ただ――



「……はっ……はっ……」



それは、気のせいかもしれないが。


今――息が、静まってきた。

この無の空間で――初めて、俺は普通よりもマシ程度になれているはずだ。


この地獄の中で、俺は……残れている。



「…………」



呼吸を鎮めていく。


精神を治めていく。


居合の構えのまま――俺は、ずっとそうしているけれど。



「……」



何故か、苦じゃなかった。

十数年磨き上げてきた兄さんの構え。


それは兄弟だからか、俺の気のせいか分からないけれど――『しっくりくる』。

座禅の姿勢や横になった時よりずっと落ち着く形。



……アレだけの地獄が、変化してきていた。





もう、一時間、二時間は経っただろうか。


もはや恐怖は無い。

その代わり、現れてくる邪念や集中力の切れと格闘している。



「……」



日頃の係長への鬱憤、最近話すようになった千葉チーフとの会話。


RLでは、会ってきたプレイヤーがどうしてるかとか、フレンドの商人達は俺をどう思っているんだとか。


……シルバーはあれから、行商クエストに行ったんだろうか――とか。



「……ふー……」



勝手に湧き出てくる煩い自我との対話。


それがしばらく続いたが――突如それはパッタリと途絶えた。



「…………」



ただただ、心地良い空間。


落ち着く――かつ、精神が研ぎ澄まされて行くような。

この『無』の空間に――溶け込んでいくような。



「……っ」



そして、俺はゆっくりと目を開ける。

始めとは比較にならない不思議な世界。


自らの呼吸が嘘の様に静かだった。

その鼓動は、聞こえない程緩やかに。


真っ暗闇な世界の中。

イメージで投影した兄の顔が――昔の様に、笑ってくれた気さえした。



「ありがとう、兄さん」




《瞑想VRを終了します》


《お疲れ様でした》


《ご意見、ご感想はホームページまでお寄せ下さい》


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