王都ヴィクトリア編Ⅱ
新たなゲーム
今日は金曜日。
仕事もほぼ定時で終われた為……帰った俺は、机にあるノートを広げていた。
係長が定時で帰っている限りは少し時間をずらしさえすれば、俺もそのまま後を追って帰られるからな。
□
『デバフ術士?』
装備は両手杖。
直接の攻撃は用いてこなかったものの 、デバフを掛けて仲間の支援を行っていた。
足元に鎖が巻き付き、デバフ効果。物理的な干渉は不可能で術者を攻撃すれば解除される。
そして準備時間によってデバフ効果も変わってくると思う。前回は明らかにその傾向があった(囲まれて放置していた時は3つ、追い詰めた時は1つ)。
デバフ:
『移動力低下』……かなりの移動速度が低下。ただし投擲や武技などは通常通り。
『武器使用不可』……そのまま。持とうとすると手に力が入らなくなり、滑り落ちる。部位欠損と同じような感覚。
『ステータス低下』……効果不明。体に違和感があり、力がいつもより入らなかった。恐らくだが全体的にステータスを下げられたと思う。
対策:
絶対にデバフを発動させてはならない。
もし発動させてしまったとしても、デバフを重ねられない様になるべく早く接近、それか投擲で阻害攻撃を行う事。もし守られている場合は――
□
「あーもう……本当にコイツは長くなるな」
いつの間にか結構な量になっていた、『RL 対人戦闘用情報ノート』。
これまでのPK職やベアーのように闘ったプレイヤーの情報を自分なりに纏めたモノだ。
そして前回のデバッファーを書き込んでいるのだが、もう既に1ページが埋まる。
「キッドのスキル奪取?とかもあるし――色々濃すぎたな、昨日は……」
ノートから一度離れ、背伸びする。
思い返せば本当に色々な事があった。
そういえば『十六夜』の分もまだ書ききれてないし。
「RL、スキルどれだけあるんだよ」
嘆く。
実際俺も『戦闘』に力を入れ始めてから、これまでが嘘かのようにスキルが増えていった。
『黄金の一撃』。『反射』。『高速戦闘』。
最近では『環境利用』も……俺ですらこれだけあるんだから、上位のプレイヤーはどれだけ凄いモノ持ちなのか。
「考えただけで頭が痛くなるな……」
そんなスキル持ち達に、未来の俺は対応できるのだろうか?
……まあ、そんなの分からないか。
今出来るのは――これまでの者達のスキルを記録し、対策を練る事だ。
「……後は、リアルじゃ『集中力』と……『隠密』か」
兄さん、十六夜、キッド――その全員が持つ『隠密』、殺気あるいは存在感を消す技。
RLは完全フルダイブMMO。『殺気』や『存在感』、『第六感』――それらも存在している。
スキルも恐らく関連したものがあるだろうが……恐らく前述した三人は全員、やろうと思えばリアルでも殺気を消すなんて事は可能だろう……というか十六夜はそう言ってたし、兄さんは言わずもがな。
「特にフィールドでの対人戦なら――必須だよな」
先手必勝は勿論、遠距離職から姿を捉えられないという利点もある。何より――『隠密』を知れば、それを使う敵にも対処出来るようになるかもしれない。
「……どうするかな、フィールドで練習がてら匍匐前進でもするか?」
これまでの生活で隠密なんて使わず生きてきた。
だからこそ――その取得の術が分からない。
ふと、それを使えれば、あのクソ係長に新人歓迎会の席で絡まれたりしなかったんだなあと気付く。
取得できれば今後……会社でも役に立つ、か?
「まあ、とりあえず集中力だな――よっと」
まずは出来る事をやろう。
実を言うと……『これ』に関しては、目星を付けていたのだ。
俺は――目の前のVRギアを手に取り装着。
そして、そのゲーム?アプリを開いた。
《瞑想VRを開始します》
☆
『瞑想VR』。
なんとその販売額、ゼロ円――まあタダだ。
VRのソフトウェア、特にこんな完全フルダイブのVRソフトなんて万越えが当たり前。
トランプVRやケイドロVRなんていう軽いモノもあるが――実際これも前者が5000円、後者が一万円。
なのに――これだけはタダなのだ。
「……まあ、『タダより高い物はない』って言うんだけど――これは例外だな」
《瞑想VRの世界へようこそ》
《貴方は『無』です。この空間において、貴方は何もできません。ただここに存在するのみです》
《ゲームではありません。ご了承ください。終了するには『終わる』と言うか心の中で唱えて下さい。念の為安全装置が作動し終了する場合もあります》
周りに広がるのは、ただただ黒い、光の無い世界――『無』。
そして俺の身体も存在しない。語弊があるが……なんというか、自分の身体はあるのだが、見えないのだ。
透明人間になった気分だな、ははは。
「はは……」
無理矢理、口角を上げて笑っても――その空間は変わらない。
音も光も何もかも、ここには何もない。
まるで、出口のない防音室の中に閉じ込められたかのように。
独り言を止めてしまえば――本当に、『無』なのだ。
頭がおかしくなりそうになるぞ。
「…………」
瞬間。
こんなにも静かな場所なのに――俺の鼓動は激しくなる。
そして気付いた。
この状態は……兄さんが居合の構えを取っているあの時と同じだという事に。
……『怖い』。
怖くて、堪らない。
この無の空間が――どうしようもなく怖い。
「はっ、はっ――」
息が乱れる。
『何も無い』。
『何も起きない』。
ずっと、ずっと無音と暗闇――そんな状況が、俺の頭を侵食していく。
「うっ――お、『終わる』!!」
《瞑想VRを終了します》
《お疲れ様でした》
《ご意見、ご感想は――》
「――っ!!も、戻ったか……」
アナウンスが流れる中、俺はVRギアを脱ぎ捨てる様に外していた。
……勿論投げ捨てれば壊れるからそんな事はしていないが。
「はは、これは無料でもやりたくないな――」
ふと自分の服を見れば、脂汗で濡れていた。
まだ風呂に入ってなくて良かったよ……。
外の工事の喧しい音。
布が擦れる微かな音。
入って来る暖かい陽の光。
そのどれもが――安心出来るものだった。
□
『瞑想VR』
レビュー総合 ★☆☆☆☆☆☆☆☆☆(0.6点)
代表レビュー:
『頭おかしくなりそう、これはゲームじゃない』
『せめて風景とかBGMとか付けて』
『瞑想ってのはある程度雑音があるから出来るんだ、完全に無にしてどうする』
『クソゲー、というかゲームじゃないか……』
『マジで狂いそうになった』
『特訓に最適』
『作者テストプレイしたの???』
『くぁwせdrftgyふじこlp』
□
「……レビューって、当てになるもんだな」
ふと思って見る製品レビューページ。
阿鼻叫喚のそれ。
溢れる同意見の声に、俺は普通だと安心出来る。
「――RL、やるか……」
『瞑想VR』。それをプレイする事は二度と無いだろう。
もう一度、俺はVRギアを被り直し――いつものそれを起動したのだった。
キッドの言っていたアレに、挑戦する為に。
《GAME START》
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