『五』の死闘②



それからは――『三人』には、優勢に立ち振る舞えていた。



「『スラッシュ』」


「ぐうッ――!」



小刀使い、小剣使いの攻撃を避けながら弓使いを警戒。



「――『ソニックショット』!」


「……らあ!」



《Reflect!》



尻目に見ていた矢に向けて斧を振る。


反射成功――だが。



「――くッ、『フェイントスレイ』!」


「っ――!?がっ……!」



初めて聞く武技。

小剣を伝う黒いエフェクトを避けようとしたものの――それは『消えた』。

その後――遅れて現れた刃に、俺の腹が貫かれる。



「――ハッ、やっと食らいやがった!!おい隊長!」


「……まだ――!?」


「ハハハハハ!お、お前はもう終わりなんだよ!!」



その時だった。

遠くにいる、大剣使いが笑っていて。


ずっと何もしていなかった――魔法使いの杖が黒く光っているのが見えて。



「ハハ、お待たせ――『三重苦トリプル・ペイン』!」



《状態異常:武器装備不可となりました》


《状態異常:移動速度低下となりました》


《状態異常:ステータス低下となりました》



詠唱、聞こえるアナウンス。

手にしていたスチールアックスは手から落ちていく。

身体が、鈍くなった感覚――そして、脚に何かが有る。



「――な……」



見れば。

地面から、禍々しい鎖の様なモノが、俺の脚に巻き付いていた。



「お前ら雑魚過ぎんだろ、商人相手にやっと一撃かよ」


「うっせー!ちょっと遊んでやってたんだよ」


「はッ……ま、おかげで大分『重ね』られたから良いわ」



俺から距離を取る前衛二人。

まるで――これで勝ちが確定したかのような態度。


でも……それは、あながち間違ってはいないかもしれない。



「お前ら、蹂躙してやれ!」


「ハハハ――おうよッ!」


「さっきまで随分と調子に乗ってやってくれたなァ!!」



迫る三人。

対する俺はこの鎖で、逃げる事も武器を持つことも出来ない。


足が鉛の様に重く、手に力が入らなかった。


刃が二つ俺に迫る。



「っ、がっ――」



まるでただの的だ。

一つは何とか避けられたものの、もう一つはまともに食らう。



「っしゃあ!『アサルトブレード』!』


「ぐっ……らああ!!」



力無い拳を、武技を食らった身体で振るう。


でもそれはかすりもせず……ゆっくりと空を切る。



「ッと……ハハハ、そんな雑魚パンチ食らう訳ねえだろ!」


「おらあ!とっとと死ね!」



減っていくHPゲージ。

そして。



「おーい、俺はずっと隊長のお守りかよ?」


「『万が一』だ、守っててくれ……それにこうして眺めるのも悪くねえだろ」


「ハハッ『ザコ』を集団でリンチとか――俺達ワルだわあ」


「ほんと俺が居る限り俺達は負けねえよ!ハハハ、さっさと終わらせろ~!!」



脚に纏わりつく鎖。

耳に纏わりつく声。


全てが、拒絶の対象だった。



「…………」



次第に俺は――反抗を止めて。


与えられ続ける卑怯な攻撃。

無情にも減っていく命。


『絶望的』


そんな言葉がピッタリだった。

蘇生術やドールがあったとしても、どう頑張っても挽回できない。

同じ手で、死ぬまで弄ばれるだけ。



「おッ、諦めたか?ざまあな――」


「この瞬間が堪ら――――」


「さっさと次――――――」



景色が、だんだんとスローになっていく。

奴らの声が、聞こえなくなっていく。



……最初から、こんな展開は分かっていた事だ。


一対五。

そんな無謀――『普通』なら、無理に決まってる。


しかも、『商人』。


これまで、三人を相手出来ただけでも上出来と――そんな声が、自分の中から聞こえてきた時に。


走馬灯の様にゆっくりと……時間が、追憶が流れていく。



《――「会えて良かったよ、錦。じゃあね」――》



『最強』の、花月新。

類まれなる刀の技術、才と努力で掴んだ居合の術。

彼なら、こんな奴らなんて余裕だろう。




《――「見えないわたしを、見せつけたいの……!」――》



『存在感を消す』という特技。あらゆる消えるスキルを用いる十六夜。

彼女なら相手に気取られる間もなく、パーティーを壊滅させるだろう。



「…………」



でも……俺には、そんな特別なモノはない。

これまでずっと逃げて来た俺が。

『普通』に毛が生えた程度の俺が――この状況をどうにか出来るか?



「……く、そが――」



――間もなく、俺は死ぬだろう。

奴らに蹂躙されて。


笑いながら。

蔑まれながら。

見下されながら。


『俺』と、『この職業』を、足蹴にされて――





――それは、嫌だ。



「負け、るかよ……」



口にしながら、前を向く。

まだ――終わってない。


『普通』の俺が、どうすればコイツらに勝てるのか?



答えは未だに分からない。

でも――藻掻くことなら出来る。



これまで……ずっと闘ってきたPK職。

それが――何よりのヒントだった。嘘の武技発動も、投擲と同時攻撃のもそれだ。




――俺は、兄の様に美しく勝てないのは分かっている。

泥臭くて汚い勝ち方でも良い……勝利への道筋に、一直線に向かう為。

今は――貪欲に吸収していくしかない。


……だから。



これまでも、これからも――




『悪』の力を、自分のモノにして行くんだ。




俺が強くなる為に。

目の前の敵を倒す為に。




「――『高速戦闘』」




二倍の速度で進む世界。

こうでもしないと――間に合わないから。


鎖で繋がった脚はそのまま。

武器の持てない手を――メニュー、インベントリに。


それは……『奥の手』。

コイツらに報いる為の僅かな光。

武器ではない、『アイテム』を。



俺は、それを手に取って。



「――っ、らあああああああ!」



遥か上空へと、高く高く放り投げた。

そんな、僅かな『賭け』への材料を――『死んだ後』の自分へ賭ける。



そして――



《貴方は死亡しました》



「ハハハハハ!やっと死んだぜこの商人!」


「最後の投擲?もすっぽ抜けてやんの!ハハハ!おもしれえ!」


「あ~楽しかっ――」



《黄金の蘇生術を使用しますか?》

《サクリファイスドールを使用しますか?》



その二つの選択に――俺は一つの迷いも無かった。


コイツらを全員殺す為の『最善の手』を、掴んで取らなければならないのだから。



《サクリファイスドールを使用します》



「――ッ!?お、おい復活したぞ!」


「リーダー早く――」


「――ああ!?ちょっと待ってろ、すぐやる!」


「クソッ、必死かよコイツ――『ソニックショット』!」



慌てているのか、聞こえる声。

直後に飛来する矢。

大剣使いの後ろ、構えられる杖。


そんなものは――気にしている余裕なんて無い。



死んだ事で足に纏わりつく鎖が消えたのを確認し……俺は地面の斧を拾い、構えた。


――そのまま俺を見ていろ。

――俺に注目しろ。



「ぐっ……はっ、はっ――」



高速の矢が俺の身体を貫く。

先程の二人の前衛が、俺に向かって来る。



――それでも、それを視界から除外。

息を吐き、集中して――



「――ッ、『パワースロー』!」



俺は斧を投擲した。

真っ直ぐ――『魔法使いの頭の上へ』。



「!ハハハ、また外してやんの――」


「――!?お、おい!隊長!!なんか落ちて――」


「は――?」



それは――もはや、『運』だった。

死ぬ間際に放り投げた握り拳一個分の『それ』に、投擲武技により斧を上空の狙った場所で当てる。


これまでに無い程の、精密な投擲が必要だった。


集中に集中を重ねた今でもなお――これは、成功する確率は低いだろう。



……でも。

奴らに、勝つためには。

いつか、兄の背中に追いつく為には。



俺は――今、この瞬間に。

絶対に成功させなきゃいけないんだ!



「……当たれ――――」



当たれ。

当たってくれ。

頼む――




「――っ、『当たれ』!!」




俺がそう叫ぶと同時に。


パリン、と。

ガラス瓶が割れる音。



「――え、は……?動かな――」


「――お、おい!……『麻痺』だと!?」



次の瞬間、魔法使いのその身体は――地面へと沈んでいった。

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