『五』の死闘②
☆
それからは――『三人』には、優勢に立ち振る舞えていた。
「『スラッシュ』」
「ぐうッ――!」
小刀使い、小剣使いの攻撃を避けながら弓使いを警戒。
「――『ソニックショット』!」
「……らあ!」
《Reflect!》
尻目に見ていた矢に向けて斧を振る。
反射成功――だが。
「――くッ、『フェイントスレイ』!」
「っ――!?がっ……!」
初めて聞く武技。
小剣を伝う黒いエフェクトを避けようとしたものの――それは『消えた』。
その後――遅れて現れた刃に、俺の腹が貫かれる。
「――ハッ、やっと食らいやがった!!おい隊長!」
「……まだ――!?」
「ハハハハハ!お、お前はもう終わりなんだよ!!」
その時だった。
遠くにいる、大剣使いが笑っていて。
ずっと何もしていなかった――魔法使いの杖が黒く光っているのが見えて。
「ハハ、お待たせ――『
《状態異常:武器装備不可となりました》
《状態異常:移動速度低下となりました》
《状態異常:ステータス低下となりました》
詠唱、聞こえるアナウンス。
手にしていたスチールアックスは手から落ちていく。
身体が、鈍くなった感覚――そして、脚に何かが有る。
「――な……」
見れば。
地面から、禍々しい鎖の様なモノが、俺の脚に巻き付いていた。
「お前ら雑魚過ぎんだろ、商人相手にやっと一撃かよ」
「うっせー!ちょっと遊んでやってたんだよ」
「はッ……ま、おかげで大分『重ね』られたから良いわ」
俺から距離を取る前衛二人。
まるで――これで勝ちが確定したかのような態度。
でも……それは、あながち間違ってはいないかもしれない。
「お前ら、蹂躙してやれ!」
「ハハハ――おうよッ!」
「さっきまで随分と調子に乗ってやってくれたなァ!!」
迫る三人。
対する俺はこの鎖で、逃げる事も武器を持つことも出来ない。
足が鉛の様に重く、手に力が入らなかった。
刃が二つ俺に迫る。
「っ、がっ――」
まるでただの的だ。
一つは何とか避けられたものの、もう一つはまともに食らう。
「っしゃあ!『アサルトブレード』!』
「ぐっ……らああ!!」
力無い拳を、武技を食らった身体で振るう。
でもそれはかすりもせず……ゆっくりと空を切る。
「ッと……ハハハ、そんな雑魚パンチ食らう訳ねえだろ!」
「おらあ!とっとと死ね!」
減っていくHPゲージ。
そして。
「おーい、俺はずっと隊長のお守りかよ?」
「『万が一』だ、守っててくれ……それにこうして眺めるのも悪くねえだろ」
「ハハッ『ザコ』を集団でリンチとか――俺達ワルだわあ」
「ほんと俺が居る限り俺達は負けねえよ!ハハハ、さっさと終わらせろ~!!」
脚に纏わりつく鎖。
耳に纏わりつく声。
全てが、拒絶の対象だった。
「…………」
次第に俺は――反抗を止めて。
与えられ続ける卑怯な攻撃。
無情にも減っていく命。
『絶望的』
そんな言葉がピッタリだった。
蘇生術やドールがあったとしても、どう頑張っても挽回できない。
同じ手で、死ぬまで弄ばれるだけ。
「おッ、諦めたか?ざまあな――」
「この瞬間が堪ら――――」
「さっさと次――――――」
景色が、だんだんとスローになっていく。
奴らの声が、聞こえなくなっていく。
……最初から、こんな展開は分かっていた事だ。
一対五。
そんな無謀――『普通』なら、無理に決まってる。
しかも、『商人』。
これまで、三人を相手出来ただけでも上出来と――そんな声が、自分の中から聞こえてきた時に。
走馬灯の様にゆっくりと……時間が、追憶が流れていく。
《――「会えて良かったよ、錦。じゃあね」――》
『最強』の、花月新。
類まれなる刀の技術、才と努力で掴んだ居合の術。
彼なら、こんな奴らなんて余裕だろう。
《――「見えないわたしを、見せつけたいの……!」――》
『存在感を消す』という特技。あらゆる消えるスキルを用いる十六夜。
彼女なら相手に気取られる間もなく、パーティーを壊滅させるだろう。
「…………」
でも……俺には、そんな特別なモノはない。
これまでずっと逃げて来た俺が。
『普通』に毛が生えた程度の俺が――この状況をどうにか出来るか?
「……く、そが――」
――間もなく、俺は死ぬだろう。
奴らに蹂躙されて。
笑いながら。
蔑まれながら。
見下されながら。
『俺』と、『この職業』を、足蹴にされて――
――それは、嫌だ。
「負け、るかよ……」
口にしながら、前を向く。
まだ――終わってない。
『普通』の俺が、どうすればコイツらに勝てるのか?
答えは未だに分からない。
でも――藻掻くことなら出来る。
これまで……ずっと闘ってきたPK職。
それが――何よりのヒントだった。嘘の武技発動も、投擲と同時攻撃のもそれだ。
――俺は、兄の様に美しく勝てないのは分かっている。
泥臭くて汚い勝ち方でも良い……勝利への道筋に、一直線に向かう為。
今は――貪欲に吸収していくしかない。
……だから。
これまでも、これからも――
『悪』の力を、自分のモノにして行くんだ。
俺が強くなる為に。
目の前の敵を倒す為に。
「――『高速戦闘』」
二倍の速度で進む世界。
こうでもしないと――間に合わないから。
鎖で繋がった脚はそのまま。
武器の持てない手を――メニュー、インベントリに。
それは……『奥の手』。
コイツらに報いる為の僅かな光。
武器ではない、『アイテム』を。
俺は、それを手に取って。
「――っ、らあああああああ!」
遥か上空へと、高く高く放り投げた。
そんな、僅かな『賭け』への材料を――『死んだ後』の自分へ賭ける。
そして――
《貴方は死亡しました》
「ハハハハハ!やっと死んだぜこの商人!」
「最後の投擲?もすっぽ抜けてやんの!ハハハ!おもしれえ!」
「あ~楽しかっ――」
《黄金の蘇生術を使用しますか?》
《サクリファイスドールを使用しますか?》
その二つの選択に――俺は一つの迷いも無かった。
コイツらを全員殺す為の『最善の手』を、掴んで取らなければならないのだから。
《サクリファイスドールを使用します》
「――ッ!?お、おい復活したぞ!」
「リーダー早く――」
「――ああ!?ちょっと待ってろ、すぐやる!」
「クソッ、必死かよコイツ――『ソニックショット』!」
慌てているのか、聞こえる声。
直後に飛来する矢。
大剣使いの後ろ、構えられる杖。
そんなものは――気にしている余裕なんて無い。
死んだ事で足に纏わりつく鎖が消えたのを確認し……俺は地面の斧を拾い、構えた。
――そのまま俺を見ていろ。
――俺に注目しろ。
「ぐっ……はっ、はっ――」
高速の矢が俺の身体を貫く。
先程の二人の前衛が、俺に向かって来る。
――それでも、それを視界から除外。
息を吐き、集中して――
「――ッ、『パワースロー』!」
俺は斧を投擲した。
真っ直ぐ――『魔法使いの頭の上へ』。
「!ハハハ、また外してやんの――」
「――!?お、おい!隊長!!なんか落ちて――」
「は――?」
それは――もはや、『運』だった。
死ぬ間際に放り投げた握り拳一個分の『それ』に、投擲武技により斧を上空の狙った場所で当てる。
これまでに無い程の、精密な投擲が必要だった。
集中に集中を重ねた今でもなお――これは、成功する確率は低いだろう。
……でも。
奴らに、勝つためには。
いつか、兄の背中に追いつく為には。
俺は――今、この瞬間に。
絶対に成功させなきゃいけないんだ!
「……当たれ――――」
当たれ。
当たってくれ。
頼む――
「――っ、『当たれ』!!」
俺がそう叫ぶと同時に。
パリン、と。
ガラス瓶が割れる音。
「――え、は……?動かな――」
「――お、おい!……『麻痺』だと!?」
次の瞬間、魔法使いのその身体は――地面へと沈んでいった。
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