透明少女③


笑って、俺に告げる彼女。



「……んっ……えへへ、次の攻撃、当たったら『絶対』に死んじゃうから……」


「!」


「じゃあ……行くね――『透明化』」



そう言い終えた後、呟く様に口を動かせば――彼女はまた『消えた』。


『次の攻撃で死ぬ』――それは、恐らく嘘じゃない。

恐らくあの毒は……体力を継続的に減らす代わりに、彼女の攻撃力を格段に上げているのだろう。

あのオーラからして、危険な匂いしかしない。



――まずい。

彼女の刃を止めるには、確実にダメージが俺に入ってしまう。



「……どうする――」



考えろ。

今の俺に、何がある?


高速戦闘はもう使った、投擲もインベントリを開いている暇なんてない。

復活手段もここでは無い。


あるのは僅かなHPと、このフィールドのみ。



「――っ……」



考えろ。


考えて、考えて、考えて。

考えて、考えて、考えて。



考え続けて、見つけるんだ。

今の俺に――何が出来るかを。



「――っ、らあ!」



まずは魂斧を足元に投げ刺して――

同時に地面の砂を脚で巻き上げる。

一回だけじゃ足りない。二回三回、それ以上……俺の周り全体を、『盾』が覆ってくれるまで。


舞う砂埃は、俺の周りを囲っていく。

これで――彼女が現れた瞬間カウンターを仕掛ける。


斧の一撃じゃ絶対に間に合わない。

素手でようやく渡り合えるか、負けるかだから。



「……はっ、はっ――」



見えるといっても、それは一瞬。

ほんの少しでもミスれば死ぬ。


極限の緊張の連続。

思考を波の様に行った中で。


見ている景色が――また、スローになっていく。



「……」



ゆっくりと、砂埃が舞う景色の最中に。

ある疑問が頭を過る。

……本当に、彼女はこの中を突っ込んでくるのか?

……そもそも、この戦法は一度行っている。


彼女の表情は、まるで余裕に満ちていた。

何か、見落としていないか?




――俺の『答え』は、これで良いのか?




「――」



考えろ、考えろ。

あの時――俺が追い込んだと思ったその時、彼女はなぜ俺の攻撃を避けられたんだ?

絶対に当たっていたはずの攻撃が、どうして空を切ったのか。


思い出すんだ。

あの時から――彼女の様子は、『何か』が……変わっていなかったか?


固定概念を無視して、全ての手段を探し出せ。

『常識を覆す一手』を、彼女は必ず持っている筈。



思考、回想。

思考、回想、思考、回想。

思考、回想、思考、回想。



景色が止まった様に減速する中。

考えて、思い出しての繰り返し。


そして。

その中で、俺は見つけた。



『毒』に隠れた、その『』を!




「――脚、か」




あの時……彼女が俺の最後の追撃から逃れた時。

更に言えば、出会った後の接近も含め。


その一瞬――それまでと『脚装備』が違っていたのだ。

そしてそれは、『毒』を飲んでいた時も。



ほんの些細な違い。

装飾に、小さな羽がついていた程度の違いだった。

でもそれは――間違いなく、彼女の装備が変わっている事を示している。


彼女の口にしていた毒で、カモフラージュされたかのように見落としてしまっていた。

恐らくアレが、彼女の切り札。



――足装備の『羽』の装飾。

――まるで瞬間移動でもしたかのような『移動距離』。

――今もなお巻き上げた砂が反応しない事実。



これまでの全てに合点が行く。

そして、それを踏まえた彼女の場所。



「っ――」



地面に刺さったままの魂斧の取っ手を掴む。



……この、砂埃の中。

彼女の姿が現れても、俺が『見えない』場所は何処だ?

例え『透明化』の効果時間が終了したとしても、『見えない』場所は何処だ?




後ろを含めた360度、それを含めた全ての――『それ以外』。

常識じゃありえないそんな位置に彼女は居る。





示す答えは――俺の、『』だ!





「――『パワースロー』!!」





魂斧を、そのまま地面から抜いて投擲。

その一瞬は見ずとも感じた。気配、動揺、その全てで。



俺の頭上に居る――彼女の姿が!



「……!?うそ――うッ……あ――!」



――後1秒、いや0.1秒遅ければ、きっと俺は刃に貫かれていた。


投擲武技のパワースローが、真上の彼女の身体に襲い掛かる。

そのまま地面に落下し――やがて、そのHPは0になった。

塵になっていく『暗殺者』の彼女。




《経験値を取得しました》


《環境利用スキルを取得しました》


《高速戦闘スキルのレベルが上がりました》



やがて流れるアナウンスで、己の脳が理解する。





――俺の、勝利だ!













「はっ、はっ――はっ……」



気付けば、ずっと息を止めていた。

緊張が溶けると共に、VRの空気が肺の中に入ってくる。


スローになっていた景色は元通りになり、舞う砂埃は沈んでいく。


……最後の、彼女の現実じゃあり得ないその位置。

羽の装飾の脚装備は――連想するのは『跳躍』を段違いに強力にする、もしくは飛行能力か。


ただ、流石に後者は無いと思った。それなら最初から使っているだろうから。

こればっかりは聞かないと分からないが――恐らくあの脚装備は、普段の戦闘では使いにくいモノなのだろう。

少しジャンプしただけで滅茶苦茶跳んでいってしまう、みたいな。



「まあ良い……勝ったん、だよな……」



流れる思考で頭が痛い。

こんなに一瞬で人は考えられるのだと――人生で初めて知ったよ。

走馬灯ってのはこういうモノなんだろうか。



「……はは――」




座り込み壁に持たれ掛かれば、眩しい陽の光が俺を照り付ける。

新しいスキルも入った、そしてずっと上がらなかった高速戦闘スキルのレベルも上がった。


そして、何よりも――



「――楽しかった……」



まさしくそれは死闘であって。


何とも言えない充実感と共に、『消える』彼女との勝負を終えたのだった。

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