エピローグ:『次なる進路』



「……何やってんだよ、俺……」



誰も居ないラロシアアイスのフィールドで、俺はただただ後悔していた。

折角会えた兄さんに、あの態度だ。


……でも。『昔』と違う彼に、俺はどうしようもなく違和感を感じてしまった。


あの時、俺が家から出る前の兄とは……全く別人だ。

今更兄さんに聞ける訳もない。そりゃ、やろうと思えばフレンド申請でも兄に飛ばせる。でも――それは、違うだろう。



《「錦、頑張ってね。僕は『花月流』だけに留まらない。もっともっと上を目指すよ」》


《「約束するよ。最強に――なって見せるから」》


《「その時になったらまた会おう。それは十年二十年、もっと先になるかもしれないけどね」》



思い出す、俺が十八歳の時の記憶。

あれから――二年後、本当に兄さんは花月流の当主になった。


あの父を超えて。

それをネット記事で見た二十の俺は――自分の事の様に嬉しかったんだ。


絶対に、兄さんなら『最強』になれると。


……それからは彼と比べた自分が恥ずかしくなって、兄の活躍はわざと見ないようにした。

俺はもうとっくに花月家の人間じゃないし……これでもう――見るのは最後だと。


社会人になって、余裕も無くなって。それから今日だ。



「考えるだけ、無駄か」



呟いて、俺はラロシアアイスを歩き出す。

勝手に憧れられて、最強と言われて……兄さんは迷惑だっただろう。

彼も、変わったんだ。何時までも子供の俺と違って。



「はあ……ん?」



ため息を一つ……つく間もなく。

俺は少し遠くに、あるパーティーを見つける。


ラロシアアイス。それは風景も、プレイヤーも見慣れた光景だ。


でも――



《そにお 商人  level26》

《カトー 魔法士 level32》



それは、久しぶりに見る光景だった。

ハルと俺が組んでいた時の様に、商人と別の職業がアイスウルフに挑んでいる。



「――『ファイアーボール』!」


「おらあ!『スラッシュ』!」



当たり前の様に商人が前衛を担っており、後衛の魔法士は援護射撃を。


二人が協力し、アイスウルフのHPを順調に削っていた。

少し前のRLなら――あり得ない光景。



「――よっしゃあ!良い感じだな」


「ああ、やっぱ後衛がいると全然違う……次行こうぜ!」



周りには、その光景を物珍しそうに見る者達も居る。

しかし――そんな目を全く気にしている暇も無い程に、お互いが楽しそうだったのだ。


そりゃ、元々二人は仲が良かったのかもしれない。

それでもこの光景は、ずっと今まで無かったモノで。


大袈裟かもしれないが、世界が変わっていっている――そんな気がした。



「……俺は……」



力無い声は、氷雪に溶けていく。


今でも――あの兄さんでも、俺は彼に憧れている。

小さい頃からずっと、それだけは変わらないモノだったから。



でも。

昔の様に、眺めているだけじゃいけない。

変わらなきゃいけないんだ。そうしないと、俺は永遠に弱いままになってしまう。



――兄の様になりたい。

――彼の様に強くありたい。

現実じゃもう、どう足掻いても遅い。でも――RLなら、まだ間に合う。

いつまでも、下から見てるだけじゃ駄目なんだ。

その背中に辿り着いて、兄さんと一緒に歩きたい……そう思った。




今。これまで抱くことの無かった感情が、沸々と湧き上がってくる。



「……もっと、先に進まないと」



だから。

俺は、この世界で――『花月新』を追う。


その為には装備もレベルも、俺のプレイヤースキルも。

何もかも――足り無さすぎる。


そしてそれは、『敵』にも言える。

もっと強いモンスターと、『奴ら』と闘わないと。

経験値はともかく……もっと知識を、経験を積み重ねるんだ。


闘って、闘って、闘って――


この、もう一つの世界の上へとのし上がる為に。



遥かな『目標』――プレイヤー名『アラタ』に向けて。



「行くか――『第四の街』に」



ラロシアアイスを抜けた、その先へ。




……まずは、レベルを35まで上げないとな。

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