『救世主』⑦
「――俺を、撃ってくれ」
「はい……えぇ!?」
こうしている今も、大鹿は私達に向かっている。
でも――そう反応するのも、無理はないでしょ……
このゲームには、しっかりとフレンドリーファイアがある。
ダメージはかなり低減されるが――それでも、通常攻撃で急所を外しても1%は確実……彼の場合はもっと削れるかも。
「説明している時間は無いんだ。頼むよ」
「え、ええ……わ、分かりました」
『BIIIIIII――!!!』
『何言ってだこいつ』『え?急にMに目覚めたのか』『ようこそニシキ、こちらの世界へ……』『んなわけねーだろwwwww』『何する気なんだ……』
話している間に、大鹿が私に向かって来る。
その巨体のせいか足は遅いが――もう、間もない。
「それじゃ俺が、アイツに到達する直前に撃ってくれ」
「は、はい」
「――大丈夫。君には一ダメージも与えさせない。だから――…………」
緊張する私に小さく声を掛け、走っていくニシキ君。
彼の言葉は、後半聞こえているはずなのに聞けなかった。
また――鼓動が急に早まったからだ。
……。
今、君は俺が守るって――
って!違う違う!今はそんな事考えてる場合じゃない!言ってないし私が意訳してるだけ!
もうニシキ君、行っちゃってるわ!
「頼んだぞ、ハルーー!」
『BIIIIII――――』
「も、もう……知りませんよ――ッ!!」
遠くで叫ぶニシキ君に向けて。
弓に矢を番え、私はそれを解き放つ。
彼の狙いは分からない。
それでも、ニシキ君が言うのなら――
「――ッ」
やがて――彼が大鹿に到達する前に、その身体に突き刺さる。
場所で言えば右の肩。
……頭に当たらなくてホッとした。
《攻撃が味方に当たっています!》
フレンドリーファイアを検知し、そのアナウンスが響くが――
「頼みますよぉーー☆!!ニシキさん!!!」
『ニシキー行け~!!』『うおおお頑張れ!!』『熱くなってきたな!』『俺もハルハルに射抜かれてえ……』『←〜~〜―』
半ばヤケになって、大声で叫ぶ。
私とコメントが――今、一眼になって彼を追う。
「――――ああ!」
そう、彼方の彼が答えた瞬間。
彼の持つ武器が――変化していっているのに気付いた。
黒い絵の具が溶け出した様に、斧の形を崩す様ぐちゃぐちゃに変わっていく。
『え……何だあれ?』『はじめから思ってたんだけど何あの武器』『何か変じゃないか』
それは、とある武器に形を変える。
その大きな刃は――細く、長く、薄くなり。
弓と同じ、戦国の時代に使われたそれへ創られていく。
「……に、日本刀……?」
『いやどんな変化だよ』『商人が刀wwwwww』『ついに武器も理解不能に』『え、滅茶苦茶中二心くすぐんだけど』
禍々しい見た目だった斧から、それは確かに美しい『刀』になっていた。
通常であれば――高レベルの『上位戦闘職』が持つとされるそれ。
そしてもっと言えば、『生産職』は絶対に持てない。
ステータス的にも、職業的にもありえない。
……でも今。事実として彼は確かに、今それを握っているのだけど――
『BIIIIIIIIIIIIIIIII!!!』
何て思考を巡らす内に、彼は走りながらその刀を構える。
青いオーラを纏う目の前の巨体に、ニシキ君は全く動じない。
「――『黄金の一撃』――」
やがて、衝突。
舞う雪、一瞬の静寂。
僅かに聞こえたそのスキル。
そして――その中で漆黒の刀が美しい金色に光り、横一閃を描いていた。
『BIIIIIIIIIIII――!!?』
全てを断つような斬撃音。
そして。
《ニシキ様は死亡しました》
目に映るのは――脚一本を斬られた大鹿が、悲鳴と共に前のめりに倒れていく光景だった。
そして同時に、聞こえるアナウンス。
雪が埃のように舞い上がる中。
巨体の下敷きになったであろう彼は――瞬く間にHPが消滅してしまった。
「に、ニシキさん――!」
『うおおおお』『やべえ』『斬りやがったwwww』『鳥肌とまんねーんだけど』『ニシキーー!』『カッコ良かったぞ〜』『ラストだあああああーハルちゃん!!!!!!!』
パーティ内に残るのは、私だけ。
大鹿の体力は――もう、5%かそれ以下か。
大きくダウンした今が絶好のチャンスなんだ。
勿論、私が決めないと。
「……ふー……」
深く、呼吸。ゆっくりと構え。
力を込めて、矢を番える。
次の一撃を――私は、外す気がしない。
否。
絶対に、外さない!
「――『アローチャージ』!」
『溜め』スキルによって、MPを消費し次の攻撃の威力を増大させる。
私は全MPを矢に注ぎ込んで弓を構えた。
そして次の武技の条件である、十秒間の溜めの間。
恐怖、そして溢れる魔力で手が震えるが……ここで離すわけにはいかない。
『BIIIIIIII…………』
起き上がろうとする大鹿。
その目は私を定めていて。
勿論、まだ向かって来ないと分かる……けど怖いものは怖いの。
それでも――彼の期待に応えられない事の方が、もっともっと嫌!
《――「大丈夫。君には一ダメージも与えさせない。だから――」――》
『あの時』。
彼が言った言葉の後半。
聞き取れなかったそれを、遅れて脳が再生する。
《――「最後は君が決めるんだ、ハル」――》
「……ええ、もちろん」
小さく、私は呟いた。
『終わらせろ〜ハルちゃん!』『いっけえええ!!』『決めろおおおお』
それは、魔弓士で一番威力の高い一撃。
長い溜め時間、全MP消費、スキル後の長い硬直時間……簡単に言えば、『外せば終わり』だ。
でも――それを発動するのに迷いは無い!
「――――――『フィニッシュ・アロー』!!!」
溜めが完了。
大鹿の頭、角と角の間に狙いを付けて――
ガタガタと魔力が溢れ、震える矢羽根を離す。
もう迷いも、さっきまでの弱い自分は居ない。
これは――彼のおかげで打てる一矢だ。
「……ありがとう。私の『救世主』さん」
力強く輝く矢は――氷雪の大鹿に、狙い通り真っ直ぐに向かっていった。
《おめでとうございます。フィールドボスを撃破しました!》
《次のフィールドへの入場条件をクリアしました!》
《経験値を取得しました》
《レベルが上がりました。任意のステータスにポイントを振ってください》
《魔弓スキルのレベルが上がりました》
《溜めスキルのレベルが上がりました》
《大鹿の角の欠片を取得しました》
《称号『氷雪の守護者』を取得しました》
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