『救世主』⑤
ラロシアアイス・フィールドボス――『氷雪の大鹿』。
そのモンスターに――私達は、善戦していた。
今のボスのHPバーは、間もなく半分に到達しそうだ。
「おっしゃああ!おらあああ!『
前線で氷雪の大鹿の攻撃を受けるカズキング……もうカズで良いわね。
カズはたまに防御をするぐらいで、大体は派手な攻撃を行っている。
「……ッ――『スラッシュ』」
一方のニシキ君は、彼が命令した通りに見えない背後の方で戦っていた。
……現実の鹿の尻尾はとても小さい。そしてこの氷雪の大鹿もそれに準じているようで……正直、最初は尻尾なんてあるの?って思ったぐらいだ。
ただ――ニシキ君はそんな小さい尻尾にも、頑張って正確に攻撃を与えている様に見える。
大鹿の攻撃を避けながら、上手くダメージを与えているみたい。
滅茶苦茶なカズの要望にも、文句一つ言わずに。
……リアルでも、似たような光景を見た事が――いや、何でもないわ。
「――『ファイアーアロ―』!」
そして――そんなニシキ君のおかげもあって、私の方にほとんどヘイトは向いていない。私は安心して攻撃出来ていた。
彼が居なかった頃は、ここまでくるのに何回も被弾していただろう。
というか、多分もう終わってたかもしれない。
「いけるぜええ!!見てるかリスナー!!!」
……当たり前の様に、パーティーリーダーはそれに気付いてすらいないだろうけど。ヘイトが向かっているのはニシキ君の頑張りもあって彼とカズの半々ぐらい。
与えているダメージ量はニシキ君の方が多いけど、聖騎士のスキルの効果でモンスターの注目を集めやすいから……今は、かなり良いバランスでヘイトが分かれている。
そのおかげで、カズは被弾しても自身の回復能力で賄えているのだろう。大分安定していた。
ニシキ君は恐らくポーション。……ごめんなさい。
『頑張れ~』『ほんとアイツうるせえな』『ハルちゃんガンバ!』『ニシキ裏でこそこそやってんの笑う』『前の配信の限りじゃ対人は得意だろうが、モンスター相手は慣れて無さそうだったしな』『ハルちゃんガンバガンバ』
「……はい☆ファイアーアロー!」
そんなこんなで、私達は順調に大鹿に戦えていた。
合間に見える応援コメントもおかげもあって、大分精神的に回復したし。
「――これなら……行けるかも」
☆
『BIIIIIIIIIIIIIIIIIII!!!』
転機。
それが起こったのは――氷雪の大鹿の体力が、三割を切ってからだった。
耳鳴りに使い爆音。
それがこのモンスターの鳴き声だと分かる前に――私達は、目の前のそれに圧倒された。
『で、デカすぎんだろ……』『やっぱコイツ迫力すげえよな』『生で見たら腰抜かすよね』
舞う雪埃の中。
現れたのは――『巨大化』した、氷雪の大鹿だったのだ。
「……!」
喋る事も出来ず、私はただ圧倒される。
大きさでいえば大体5倍――縦に10m、見上げる程のその巨体。
正直、怖い。
現実世界じゃまずあり得ない、そんな大きさの化物。
手が、足が動かない。
身体が――硬直してしまっている。
『ハルハル~?』『おーい!』『大丈夫か!?』
「!だ、だいじょうぶです☆」
コメントを見て、ハッとする。
恐れている暇なんてない――私は、アタッカーなんだから。
大丈夫、自分には向いていない。
ニシキ君達が引き付けている間に、早く攻撃を――
「……え?」
巨大化した大鹿に、矢先で狙いを付けた所だった。
私は――またも、硬直する。
それは、先程の理由ではない。
前方の『下』。
大鹿の眼前に居た、カズの姿だった。
「――あっ、あ、や、やべぇって!く、くんなよぉ!!!」
そこには、かなり無様なパーティーリーダーが居た。
地面に尻を付き、武器を投げ出して仰向けに倒れかけている。
「あ……やめ、くんな……!!」
『ええ……』『なんだアイツ……』『引くわ』『だっさwww』『あんだけ威勢こいてコレかよ』
大鹿が接近していくにつれ、彼の声は情けなく、小さくなっていた。
「あ――」
彼の姿に唖然としていた、その時。
私は――『離してしまった』。
弦につがえた、その矢を持つ手を。
『――――――BIIIIIIII!!! 』
不幸にも、その矢は大鹿の眉間に到達。
その巨体の目が――私の方に向く。
「――っ!や、やだ――」
同時に、大鹿は顔の周辺に氷塊を生成していく。
その数は1つ。でも――大きさが途轍もない。
あれは、多分私の身長ぐらいあるような。
『ハルちゃん避けてーー!!』『アレ当たったら不味いぞ!もし直撃したら状態異常で動けなくなる』『ハルちゃーん!』『え、でもアレ追尾性能あるんだろ?不味くね?』『うわあもうタンクが殴っても間に合わねえ……』
コメントが流れていく。思考を巡らせ立ち尽くす。
そう……避けようにも、追尾性能付き。今走って逃げても意味がない。
直撃を避けるには、直前に逃げるしかない。
でも――そんな事出来るの?
分からない。
ゲームなのに、鼓動が早くなっていく。
考えが纏まらない。
『――――!!』
しかし容赦なく時間は過ぎて――氷塊が、射出。
スピードはそこまで。
でも、足が、動かない。
『ヤバいって!』『ほんと使えねえなあのタンク』『盾役(盾しない)』『誰かハルハルを守れって!』
『……誰か忘れてる気がする』
『つーか、『ニシキ』は?』
迫る氷塊と。
コメントの中――それが見えた時。
私の前に……『別』の、飛来する何か。
「――ハル!伏せろ!!」
「――え!?は、はい――――」
ニシキ君の声。
思考の行く当てを失くしていた私は――真っ先にそれに従った。
そして――
聞こえる、破裂音。
『あ、あっぶね……』『なんだ?』『何でハルハルは微傷なんだ』『お前らハルちゃん視点で見てみろ、目の前に――』『なんだこの斧』『あ、これ……』
コメントの通り、私は少ししかダメージを受けなかった。
直撃ではなく――破裂後の小ダメージ。
それも、かなり少ないモノ。
理由は――その、『黒い斧』。
黒の中に血のような赤が入った、禍々しい見た目。
そしてそれが――私の少し前の地面に、突き刺さっていたのだ。
並外れた投擲技術。
こんな事が出来るのは、彼しか居ない――
「……ギリギリ、間に合ったな」
前に立つ、ニシキ君。
その声は――誰よりも、安心できるものだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます