やがて最強のPKキラー（職業：商人）

鍛冶師の戦闘②

「ほっほっほ……怖いよねえ、このスキル」

命からがら距離を取る。

俺は、先程の攻撃を避ける事が出来なかった。

HPはほぼ減っていない。

でも――武器を失ってしまった。

『装備使用不可』……そのアナウンス通り、俺の斧は光の塵になって消えている。

「鍛冶師と闘うのは初めてかい？」

「……ああ」

「ほっほっほ、ボクは運が良いなあ」

笑ってそう言うベアー。

……スキルも勿論だが、彼の戦闘センスも勿論高い。

口ぶりから分かる――黄金の一撃は、彼が狙って無効化した。

そしてその隙を突いた武器の破壊。

「……謙遜はしなくて良いと思うぞ」

「うーん。ボクはただの『鍛冶師』だからさ」

「はは、怖い職業だな。詐（・）欺（・）さ（・）れ（・）た（・）り（・）決（・）闘（・）を（・）申（・）し（・）込（・）ま（・）れ（・）た（・）り（・）」

「ほっほっほ！違わないねえ――ッ！」

お喋りは程々に。

ベアーが、俺に向かって走り出して。

俺は、インベントリからもう一本の斧を取り出す――

「――『クラッシュ』！」

そんな隙を見逃してくれるわけもなく、武技を放つ彼。

空気諸共押しつぶすような――重い一撃だった。

「くっ！」

ギリギリで斧を手に持てたものの、同時に襲うベアーの武技。

避ける事は出来たが――体勢を崩してしまった。

「――らあ！」

「おっとっと――さあもう一回、『素材戻し』！」

「はッ――！？」

《状態異常：装備使用不可となりました》

光の塵となる俺の武器。

容赦なく流れるアナウンス。

ソレ、『一回』だけじゃなかったのか！？

「よっ――！」

「ぐっ！！」

武器を失くした俺は、明らかに動揺していた。

そしてその隙にハンマーの一撃が襲う。

「っ、はあ、はあ――」

衝撃で転びそうになるが――踏ん張ってそのまま距離を取る。

武技じゃなかったから、HPは減っていない。

インベントリ――スチールアックス、残り一本。

「その顔からするに、それが最後の一本かな」

笑うベアー。

俺がそれを手にするまで仕掛けて来なかったのは、余裕か戦略か。

どちらにせよ――俺は、あの『スキル』に囚われている。

☆

「――『クラッシュ』！！」

「ぐあっ――！」

あれから何分か経過――勝敗の行方は明白なものになっていた。

俺のHPは後二割。対してベアーは八割。

……まだ俺はスチールアックスを持ててはいるが、それは彼が素材戻しを使っていないからだ。

あれを恐れて――俺はいまいち攻撃に踏み込めない。

俺の武器はこれを失ったら終わりだから。

「よっ――」

「――っ」

ハンマーの一振りを避ける。

ここで攻撃――と思ったが、やはりあのスキルが過る。

武技を放つ際の隙があれば別だが――彼はじわじわと通常攻撃で削りに来ているのだ。

「はあ、はあ――」

このままでは、負けてしまう。

ゼロにならないまでも、タイムアップで終わり。

それが分かっていても――攻撃が怖い。

「ふう。ボク達『武具のスペシャリスト』の怖さ、知ってくれたかな」

「はは……嫌というほどな」

彼は一度距離を取り、俺に声を掛ける。

制限時間、それが迫る俺と来れば勝ちのベアー。

未だに破壊された武器は戻らず。

表情の差は――歴然だった。

「どうする？諦めるかい？このままじゃ君は、絶対にボクに勝てないよ」

「……だとしても、降参はしない。『楽しい』からな」

その台詞は強がりじゃない――本心だ。

同じ生産職――しかし、目の前に立つ鍛冶師はPK職にも引けを取らない相手。

武器の依頼……それは一度置いておく事にして。

今は――精一杯、彼との決闘を楽しみたい。

「ほっほっほ、そうかい。なら――僕も、制限時間なんて考えないよ！」

こちらへ走り出すベアー。

その彼の持つ鈍器は――今だに怖い。厳密に言えばあ（・）の（・）ス（・）キ（・）ル（・）。

そして、俺の持つ斧が……何時もは頼れるソレすらも、恐怖の対象になっていた事に気付く。

「……武器、か」

呟く。

脳内で反響していくそのワード。

……どうして、俺はこんなに恐れているんだ？

……逆（・）に（・）ど（・）う（・）し（・）て（・）、俺は恐れる必要があるんだ？

それを考えた時、手に持つソレが理由だと分かる。

「……ああ、そうか」

今になって気付く。

本来――枷（かせ）になるはずのないソレに。絶対に必要だと思っていたソレに。

だから、気付けなかった。

「……何を、しているんだい？」

途中――彼の困惑した声。

それもそのはず――俺は、スチールアックスを背後の地面へ捨てたからだ。

「――勝負を諦めたわけじゃ無さそうだねぇ！」

接近するベアー。

――ああ。

身体が軽い。

その枷が外れた今、何も恐れる事はない。

握り込んだ拳を――俺は解く。

『ソレ』は無くとも、己の体が立派な武器だ。

「――よおっ！」

ハンマーの一振り。

それに合わせ――俺は彼に接近する。

『絶対に決める』。

これは不意打ち。

つまり機会（チャンス）は一度きり、次はない。

「ぉおお！？」

「ッ――」

近付きながら避け――空振りするハンマー。

そして、俺は彼の『脚』を思いっきり蹴り払った。

「う、おおッ――！！」

同時に、空振りした彼の腕を俺の後ろに手繰り寄せれば――その巨体が崩れていく。

つまるところ、相撲の『けたぐり』だ。

微かな記憶を頼りにやってみたが、ハマって良かった。

「――『ヘビースラッシュ』！！」

「ううっ――！」

背後――地面に落としていた斧を拾って、俺はその武技を彼の脚へ放つ。

一気に減るHPバー。

……彼の弱点。

それは、最初から分かっていた『脚』だ。

確かに黄金の一撃を無効化した――が、あれはタダというわけじゃなく、『犠牲』になったという方が正しい。

恐らく何らかのスキルを脚の防具に付与して、俺の一撃を防いでいたんだ。

彼は、俺にそこへ狙いをつけさせる為にわざとグレードの低いモノを付けていた。攻撃しにくい脚部――『斧』であれば、普通は狙わないだろうからな。

隙を見せない通常攻撃で攻めていたのは、その脚を守る為でもあるだろう。

そしてそんな、『弱い』部分を狙って蹴りを入れれば――簡単に転んでくれるという訳で。

「ほっほっほ。参ったねえ……」

「はは、悪いが武器が掛かってるからな」

☆

客の居ない決闘場。

俺とベアーの一対一は、もう終わりに近付いていた。

「よっ！！」

「――『スラッシュ』！」

振るわれるハンマーを避け、片手斧の武技を打ち込む。

「――とおっ！『素材戻し』！」

俺の一撃を軽い身のこなしで避けた後、ベアーがそれを放つ。

鉛色のエフェクトが俺の斧に向かう……が、焦る事はない。

何度も見てきたその攻撃。すっかり恐怖が剥がれた今、わざわざ慣れない素手に変える必要もないだろう。

通常よりもソレは遅い。当たらないよう慎重に、反撃をすればいい。

「ッ――らあ！」

武器を逃す為、身体を振り返る用に百八十度回転。

ステップ、その刃に大きく遠心力を加えながら――

「ぐうッ！！」

彼の首に、力強く刃が到達。

ベアーのHPは、全て無くなった。

《ベアー様との決闘に勝利しました》

《状態異常：装備使用不可が解除されました》

《通常フィールドに戻ります》

「やった……」

……疲れた。

『素材戻し』があるせいで武技はあんまり使えないし。

一歩間違えれば武器を失ってしまうから、気も抜けない戦闘が続いた。素手戦闘なんて何時ぞやの不良達以来だからな。

ステータス、武器、スキル……戦闘職にそれは劣るんだろうが、鍛冶師にしか出来ない厄介なものが多すぎるぞ。

「……ああ、負けちゃった……やっぱり、『ホンモノ』だ」

対する彼もまた、天を仰いで呟いている。

ホンモノって……俺の偽物でもいるのか？ないな。

「優しいんだな。もし……あの時、俺に攻撃せず制限時間を待っていたら勝ってただろ」

「――そうだけど。それは誇れる勝ちじゃないよ。……後、君なら何にせよ敗北してたね」

「……俺の事、過大評価し過ぎだぞ」

「どうかなあ」

「はは……まあ、鍛冶師との戦闘は予想以上に厄介だったよ」

「ほほ、そう言ってくれるなら頑張った甲斐があるねえ」

「そりゃ――俺としては弱い方がありがたかったけどな」

「ほっほ、違いないね！……じゃあ約束通り、確かにこの依頼を受け取ったよ」

「ああ、よろしく頼む」

笑って、大きいベアーの手と握手する。

ゲームとはいえど、温もりがある。

……このプレイヤーになら、本当に任せても良いだろう。

「……ふう、まずは『彼女』に直談判だ。付いておいで」

「ああ、行こうか」

俺とベアーはラロシアアイスを歩いていく。

今日は――まだまだ出会いがあるらしい。

―――――――――――――――――――――――――

『武装代償（アー厶サクリファイス）』

自分が製作した好きな防具を戦闘前に選択しておき、その攻撃がその部位に当たれば発動。

戦闘中一度だけあらゆる攻撃を無効化できる。なお無効化した後は防具の能力が低下する。

『素材戻し（マテリアルリターン）』

生産スキル：武器、防具に限るが加工された自身のアイテムを対象に発動。材料の状態に戻す。

加工に失敗したものにも有効で、使用できるのは一日一度限定。

戦闘スキル：自身の武器に触れた相手の武器を一定時間使用不可とする状態異常を付与できる。防具は不可。連続使用が可能だが状態異常継続時間は減少していく。更に失敗した場合はステータス減少効果。