ベアー②


歩み寄るベアーという名の鍛冶師。

俺達は、彼に圧倒されていた。



「……は?な、何だよ、お前」


「?」


「ひっ――こ、これは俺とコイツとの話だろうが、口出しすんじゃねえよ!」


「鍛冶師の皮を被った詐欺師が、何か言ってるねえ……」


「何だと!?」



見た目の割に優しい口調だが、妙に威圧感がある彼。

……言葉では強がっているものの、ネフ太は腰が引けている。



「加工なんて幾らでも細工出来るから、素人が見ても分からないんだ。初心者を狙ったこういう手口が増えていてね」


「!やっぱり、そうなのか」


「よく気付いたねキミ。あのまま渡していれば、ドブに捨てるより酷い目に遭ってたよ」


「チッ――言い掛かりばっか付けやがって……さっきも言ってたが、証拠でもあんのか!?」


「……そうだねぇ。それじゃ――えっと、商人さん?話の限りじゃ一度『加工』されたんだろ。そのスチールアックス、僕に渡して貰えるかな」


「え?あ、ああ……」



インベントリから先程のスチールアックスを渡す。

そして彼は、それを地面に置いて――




「――『素材戻しマテリアルリターン』!」




突如、背中のハンマーを振り下ろした。

謎のスキルと共に、それは鉛色の軌跡を描く。

そして――



《スチールアックス》

《強化剤》



衝突。

同時にそれが、地面に散らばったのだ。



「――ッ!は、はぁああ!?な、何だよこのスキル――」


「……ふう、これがさっきの斧の『原材料』だ。君が渡そうとした『モノ』は入ってるかい?」



見るからに顔色が悪くなっているネフ太と、俺に言うベアー。

ネフ太が驚いているって事は、同じ職なのに彼が知らないスキルなのか?


……何者だよ、この人は。



「い、いや――入ってないな」


「……決まりだね」


「ち、違うんだって!あ、さっき渡したのは間違いだった!だから――」


「――ちなみに、自分はその欠片のレシピを持ってる。君も作れるのなら、欠片以外の原材料を言えるはずだ」


「ッ――くそ……」



じりじりと、追い詰められている彼。

同じ鍛冶師のベアーには、それは容易い事なのだろう。


……言うまでもなく、俺は完全に騙されていたんだな。



「もう良いよ。嘘付いたんだろ?」


「――ッ、違うんだ――」


「……渡した十個の欠片さえ返してくれれば良いから」


「うっ――アレは、もう……」



ベアーと俺が、彼に詰め寄っていく。


そして――ネフ太の顔色が、みるみる悪くなっているのが見て取れた。

……既に無くなったかなこれは。



「――キミ、『持ってる』よね?」


「ひっ!!わ、分かったって!本当に持ってるのはこの七つだけだ!」


「残り三つはどうするのかなあ?」


「ひ、ひぃ……」



ベアーが不意にネフ太に近付いて脅している。というか持ってたのかよ。

怖いだろうなコレ――俺の出る幕がない。


……まあ、凄く助かるけどな。





《亡霊の魂の欠片×7を取得しました》


《380000Gを取得しました》



「……もうしない、これが俺の全財産のGです……すいませんでした……」


「あ、ああ」



トレードにてそれを受け取った後、彼はフラフラしながら離れていく。

……まるで生気を失っているな。怖い怖い。



「本当にありがとう、ベアー。君が居なかったら俺は多分全部盗られてたよ」


「ほっほっほ、別に良いんだ。たまたま見かけただけだからね」


「ちなみにお礼は――」


「良いよ、気にしないで」



優しい口調でそう言うベアー。

さっきの威圧感バリバリの彼とは大違いだ。


……もしかしたら、これこそ本当に大事な機会かもしれない。

厚かましいが――今度こそ逃してはいけない気がする。


分からないが製作に必要そうなモノを所持し、かつ信頼できる彼。

正直これでまた騙されたら、俺は人間不信になるかもしれない。



「……あ、あのさ。もし良かったら……さっきの素材を加工して欲しいんだ」



勇気を出して、俺はそう声をかける。

すると、彼は優しい顔で――



「――うん、断るよ」



そう、俺に告げたのだった。





「……え?」


「?」



……訪れる静寂。

まるで時間が止まった様にも感じたそれ。


あの雰囲気じゃ――正直、『OK』を貰えると思っていた。



「どうしても、駄目か?勿論タダって訳じゃない。Gも素材も用意する」


「……うーん」



ここまでのレベルの鍛冶師、そして俺の第六感が――今を逃せば次は遠いと告げていた。

だからこそ、ここまで必死に食い下がっている。



「……すまないねえ。カッコ悪いんだけど、実は欠片のレシピがあるってのはハッタリでね……その素材を加工するのには、僕だけじゃ駄目なんだ。アテは有るんだけど」



苦笑いしながら、申し訳なさそうに言う彼。

あれハッタリだったのか。凄い圧だったから疑う余裕が無かったな……



「いや、助けてくれたんだから良いよ。で――アテってのは誰なんだ?」


「うん。まあボクの相方の事なんだけど。これが多忙でさ」


「……そう、なのか」



何とも言えない空気が流れる。

こういった『加工』の事に関しては、俺は無知に等しい。


俺はこれまで生産職一人で造るものだと思っていたが、その考えは違っていた。そしてそのアテというプレイヤーが無理となれば……加工は不可能だろう。



「な、なら――俺がその人に頼み込んでみるってのは?」


「……門前払いかな」


「そ、そうか」



これは、どうやら無理そうだ。



「……まあ、ボクが『手土産』を持って頼んだら、受けてくれるかも――」


「え?」



ここで。

彼の雰囲気が――変わった気がした。



「――キミ、『噂の商人』さんだよね?」


「……?そりゃ商人ではあるが。Gは手持ちにそこまで無いし、金目のアイテムも持ってないぞ?」



噂の商人、それが俺には分からなかったが。

その職業であるのは確かだったから俺はそう答える。



「いいや。お金もアイテムも――それは正直大した事ないんだ。そのアテが欲してるモノは、じゃない」



こちらへと近付くベアー。


彼の表情と声が、鋭くなっていくのを感じた。



「闘おうよ――ニシキ。君が僕に勝てたのなら、きっと『彼女』は受けてくれる」

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