ベアー①



《ニシキさん、RLの世界へようこそ!》


《ネフ太様からメールが届いています》



夜20時。

仕事を終えてログインすれば、そんなアナウンスが聞こえた。



◇◇◇


よう!時間出来たら教えてくれ。


◇◇◇



「了解、っと……もう出来たみたいだな」



メールを閉じ、俺は彼にチャットを飛ばした。





《ネフ太様のチャンネルに移動しました》



「お、来たな」



ラロシアアイス、非戦闘エリア。

フレンドリストからネフ太のチャンネルに移動すれば――約束通り、目の前に彼は居た。


何というか……顔付きというか、雰囲気が少し変わったような気がする。

……まあ、気のせいか。



「んじゃ、早速だが――」


「……え?」



念願の、亡霊の魂を加工した武器。


それは――



《『スチールアックス+1』を取得しました》



「……これは?」


「いや、あの欠片の加工品だよ」



ネフ太は、きっぱりと告げた。




【スチールアックス+1】


ATK+35 必要筋力値30 


鋼から造られた斧。

初心者にも扱いやすく、切断、突き、投擲等様々な攻撃に用いる事が出来る。


レアリティ:1


製作者:ネフ太



……どう見ても、ただのノーマルの強化品のスチールアックスだ。



「はは、いやあ、俺もアレを加工するのは初めてだったんだ。それでやってみたらコレでさ」


「……本当か?」


「!おいおい!俺が嘘付いてるって言いてえのかよ!?」



声を荒げてそういうネフ太。

……正直、全く何が出来るか何て予想は出来ない。

いくら何でもと思っても、これが正解かどうか何て分からない。


亡霊の魂の欠片――それを加工して、これが出来た。

商人の俺からすれば、これが真実と捉えるしかない――


何かスキルでもあれば、完成品の予想も出来るのだろうが……



「っ――いや、そう言うわけじゃないんだ」


「……ったく、鍛冶師の誇りが傷付くから止めてくれよ」



やれやれと両手を上げるネフ太。

……でも、引っ掛かるんだ。


表情、口調の変化。感じる違和感。

まるでそれは、出会ってきたPK職の奴らの様な。



「――なら、もう一度頼みたい。作ってる所を見ても良いか?」



考えたくはないが、もしこれで断られれば怪しい。

……脅すなんて事はやりたく無いが――彼の様な職は信用が大事だろう。


ネフ太というプレイヤー名が悪い意味で広まれば、生産職である彼は痛手のはず――



「はは、良いぞ。ただ――今回は『無料』じゃない。見学もあるし、しっかりGは頂くぞ」



彼は断る事なくそう告げる。

……しっかりと、自分への『報酬』も付け加えて。



「っ――幾らだ?」


「そうだな、はは、結構な手間が掛かるから……百万Gって所か!」



提示されたその異常な額。

全財産でもそれは届かない。


そんな俺の表情から、彼は察したのか――



「……はあ、持ってないのか。商人の癖に百万Gも無いのかよ」


「……申し訳ないな」


「ああもう分かった!何か俺が悪者みたいだからタダでやってやるよ」


「え、良いのか」


「ああ」



そう言うネフ太。

……もしかしたら、本当に彼は正しいのか?



「……分かった、疑って悪かったな。もう一度頼む――」



《トレード申請を行いました》



彼へ申請を飛ばして。

アイテム一覧から亡霊の魂の欠片を選択。

十個をトレード欄に入れようした所で――俺は、手を止める。



『違う』。



……高額の掲示額をいきなりゼロにしたのは――俺の疑惑心を薄める為だ。

最初に加工品として、騙す気しかないモノを俺に渡したのは――こうして、再度加工依頼をさせる為だ。

そして彼の自信から、俺を欺く手段があるのは明らか。



危なかった。


まんまと騙されてたんだ、俺は。

何もかも彼は、計算して――



「――あ?何してんだよ、早くしろよ」


「……ごめん。悪いが、やっぱりこの話は無かった事にしよう」



トレード画面をそのままに、俺は彼にそう言った。

もし、これで少しでもネフ太が苛立つ素振りがあれば……



「は、はぁ!?急に何言ってんだよ!」


「……加工する手間が省けて良かっただろ?百万G掛かるほどのモノなんだから」


「は、はぁ!?ふざけんじゃねえ!」



面食らった後、大きく声を荒げる彼。

もう、確定か。


……ただ、俺にはネフ太を追い詰める証拠はない。出来るのは、今の素材を守る事だけ。

昨日渡したモノを取り返す事は不可能なんだ。



待てよ……『昨日』?

その言葉の違和感。

……今思えば、あの時のPK職がすぐに逃げ出したのは――



「もしかして……あのPK職は――お前の仲間か?」


「……は、はぁ!?何の話だよ!」



すっとぼけるような反応。

でも――もう、バレバレだ。VRってのは凄いもんだな。


あの時彼を助けようとした瞬間から、既に『彼ら』の標的にされていた訳だ。

自分の馬鹿さに――腹が立つ。


そしてそれ以上の無力感で、言及する気も無くなっていく。

初めての武器加工。亡霊の素材の武器……それらを楽しみにしていた分、気分は消沈してしまった。



「……俺には、君を追い詰める証拠が無い。だから――とっとと失せてくれ」


「――あ、あぁ!?ふざけんじゃねえ、勝手に何決めつけてんだよ!俺の潔白の証明の為に、早くその素材を渡し――」



諦めるようにそう言っても素材がよっぽど欲しいのか、彼は叫んで引き下がろうとしない。

ただ……ネフ太の台詞は、言い切られる事は無かった。




何故なら――彼を覆う、ある大きな『影』が出来たからだ。






「――ねえ。証拠ならあるよ、商人さん」






ネフ太を見下ろすその巨体。

その身体に見合ったハンマーを片手に、威圧感のある強面。



《ベアー 鍛冶師 level35》



名前通り……『熊』の様な風貌の彼が、俺達の前に立っていたのだった。

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