蛆の王
格上のPK職四人と、格下の商人一人が対峙する――おかしな空間。
「協力?」
「ああ。とても簡単な事だ」
レッド——そう周りが呼ぶその男は、そう言った。
正直、不穏な予感しかしない。
この状況は、俺にとって不利とか言うレベルじゃないから。
……というか、どうやって俺の場所を……
「私達の配信に、協力して欲しいんだ」
「……配信?簡潔に言ってくれ。俺に何を——」
「——おいレッド!ゴタゴタ言わずにさっさと殺らせろ!」
会話に割り込む様に入ってきたのは、ダストと呼ばれている見るからに凶暴そうな、ツンツンした金髪に小さい背丈をした男。
ポケットの様なモノが大量に空いた、変わったローブを着ている。
「すまないなダスト。だが、大事な話なんだ」
「チッ――」
「……さて。君は私達PK職の中で、少し有名になっていてね」
「そう……なんだな」
レッドはそう言う。正直全く心当たりがないが。
「自己紹介が遅れたね。私達はプロゲーマーチーム、『蛆の王』。PKを主に活動している」
「……プロゲーマーか」
このゲームには、そういったプロチームに配属するプレイヤーがいる事は知っていた。
……だが、そんな人種はトップを走っており、俺なんかが関わる事なんてないはずとも思っていた。こんなマップにいるのも予想外だ。
そして何より——PKのプロゲーマーだって?
「フフフ、そう身構え無くて良い。ただの同じこのゲームを遊ぶプレイヤーだ」
「……」
「そして——私達に、最近こんな『依頼』が来る様になった」
静かに、彼は俺をジッと見る。
燃える様な紅い目。
レベルだけじゃない——全てにおいて『格上』と分かる。
そんな……これまでのPK職とは桁違いの力を感じるその目で。
「『ニシキと呼ばれる商人を、キルして欲しいってね』」
そう言った。
「……っ」
「勿論一つの言葉じゃあない。多数の言葉がそう言う様になっていた。そして——事実、今私達の配信に、これまで以上にないリスナーが集っている」
「俺のPKで、リスナーを集めた訳だ」
「フフ、そうだ。リスナーの協力もあり、こうして君と会えているんだがね」
「……そうなのか」
……道中、俺はいつの間にか追われており、こうしてこの『蛆の王』とやらに必然的に遭遇したと。
全く気付かなかった。そこまで俺がPK職から狙われていたとは。
これからは、おちおちとマップを歩けないな……
「ああ。だが安心して欲しい。私達は腐ってもプロ……全員で君に掛かろうなんて事は考えていない」
あっという間に終わってしまうからね、と笑うレッド。
……はは。
「で、どうしろって言うんだ」
「この可愛い三人の中で、一人を選んで戦ってみないか?」
「……お前は、戦わないんだな」
「——そうだな、私はこの通り大分このゲームを遊んでいてね……補正はされるとはいえ、スキルの関係で恐らく勝負にならない」
実際、彼のレベルは俺と二十以上の差がある。
このゲームは、レベルが離れた者同士で闘う場合、装備を含めたステータスの補正が掛かるが……『スキル』は別だ。
結局のところ、レベルの格差があればスキルの格差がある。加えて装備の付加効果も。ステータス、スキル、装備……三つの内一つが平等になった所で、結局格上は格上なのだ。
「……もし、断ったら?」
「――私達全員で君を殺そう。一切の容赦は無しにね。ただもし受けてくれるのなら、略奪も何もしない。君はただ、この子達と闘ってくれれば良いんだ」
……そんな、穏やかに言う台詞じゃないな。
プロと言えど、腐ってもPK職って奴か。
まあ、いい。
「分かった。半ば脅しだと思うが」
「ありがとう!すまないね。大事なリスナーの為だ。……そして実は私も、少し楽しみなんだ」
「——おいレッド、話は済んだろ?俺がやる、お前らも文句ねーな?」
「別に良いや。格下いじめるのは好きじゃない」
「……どうでも良い」
ずっと黙っていた三人の残り二人……久々に喋ったと思ったらこれかよ。
……コイツら、結束力あるのか?
でも――どうやら、俺が割って入れる様なモノではないらしい。
「俺が選ぶ、なんて事は――」
「あァ?」
「……何でもない」
まるで狼の様な目。
今まさに、俺という獲物を食って掛かるようなそれ。
「決まったね。……リスナー達が待っている。早速始めよう」
「おう――受けろ、ザコ」
《ダストから決闘申請を受けました》
決闘。一対一のPVP。
一方が決闘の申請を行い、もう一方がその申請を受けた時、両者が死ぬまで闘う。その間、如何なる者も『それ』には干渉出来ない。……まあ邪魔は出来ないって事だ。
決闘ルールは特にないが、アイテム使用可否・時間制限有無などなど色々条件を設定出来る。
その設定を見た上で申請の許可は行うようにした方がいいだろう。当たり前っちゃ当たり前だ。
……そして、今回の条件は。
「……武器以外のアイテム使用不可、時間制限は十分か」
確かに、俺の目の前にはそう表示されている。
まあ、ポーションとかで回復とかしたら終わらない。
それこそ、『サクリファイスドール』とかな。
する暇があるかはともかく、そういう手段は無しなのだろう。
「あ?文句あんのか?」
「いいや」
牙を剥き出しにしている様な、そんな話し方。
この条件なら――そこまで問題ないか。
「それでは、良いかな?リスナーが待ちかねている」
笑った顔でそう言うレッド。
「早くしろ!」
「ああ」
ダストの催促を受け、俺はそのボタンを押した。
《決闘申請を受理しました》
《決闘は三十秒後に開始されます》
「……ふう」
一息つく。
ここまで怒涛の展開だった。
まさか、初めての決闘でプロゲーマーなんてな。
話でしか聞いた事が無いが――
プロゲーマー……俺が素人とすれば、恐らく雲の上の様な存在。
《決闘は十秒後に開始されます》
でも。
俺は、楽しみで仕方がない。
そんな雲の上の存在と、一対一で闘えるのだから。
久々のプレイヤーとの戦闘。
それが、こんな相手だとは――
《決闘はまもなく開始されます》
商人という職業と俺が、何処まで行けるのか。
闘ってきたPK職。
ラロシアアイスのモンスター達。
氷雪の亡霊――
培ってきた経験と、積み重なった情報全て。
俺のこれまでのRLを――お前にぶつけてやる。
《決闘を開始します》
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