夕方、遭遇

《 《 《ニシキ様が、ラロシアアイス・フィールドボス・Ⅲの初見撃破に成功しました!》 》 》



戦闘が終わり、呆然としていた俺に――そのメッセージが響き渡る。


確か、この重複するような馬鹿デカいメッセージは……ワールドメッセージだったか。

ワールドメッセージ。高レアアイテムがドロップしたり、生産に成功したり……初めてのフィールドに踏み込んだり……

そういった大きな事が起きた際、全プレイヤーに半強制で知らされるチャットだ。



……って事は、全プレイヤーに俺の名前がいってるって事か。

うん?でも一度倒されてたらそれ以降は鳴らないはずじゃ……まさか、俺が初なんて事はないだろ。



「はは……まあ、いいや」



緊張の糸が切れて、何も考える気が起きない。

薄暗かったこの場所は、日が射して明るくなっていた。

美しい氷雪の光景を眺めながら、俺は座り込む。


今は、全く頭が回らない。

ゲームとはいえ、ここまで頭を使ったんだ。

右腕を斬られてからずっと、今まで使った事のない程に頭がフル回転していた。


ドロップアイテムも、レベルアップも、次の街の事も、今はどうでも良い。

今は――布団に入って寝転びたい気分だ。



「楽しかったな……っと」



呟きながら、俺はログアウトを押す。

実時間は短く、体感速度は途轍もなく長い時間だった。


……これまでの人生で、一番充実した時間だったかもな。





「……っ!?痛い痛い!」



ログアウト、そして布団の中に潜り込み……気付けば意識を失っていた。


そしてたった今起床……で。

俺の頭を、何とも言えない痛みが襲っている。

ついでに船酔いのような感覚も。


水を一杯飲んで、もう一度布団に寝転ぶ。

まあ思い当たる節は、『アレ』しかないんだが。



「亡霊との一戦、だよなあ……」



名前だけは知っていたそれ。

なってみてわかったけど、本当に辛いなコレ。


『VR酔い』。

VRMMOに限らず、フルダイヴ型VRを長い間、極度に集中して使用していた場合に発生する。

頭痛、気分が悪くなる症状が数時間発生するとのこと。

VRに慣れていくにつれ、発症頻度は少なくなっていくらしい。


……まあ、なんとなく予想通りだ。



「RLは、無理そうだな……どうしたもんか」



急に暇になってしまった。


時間は夕方。

三時間ぐらい寝てしまったせいか、布団に寝転がっても寝れる気がしない。

そして何より――明日は月曜日。


夜に寝れないと、地獄の休み明けを迎える事になる。



「……散歩でもするか……」



家の中に居たら、症状がさらに酷くなる気がして。

散歩でもすれば……ちょっとは気がまぎれるだろう。


ついでに体力も消耗できて一石二鳥だ。

何時振りに出したランニングシューズを履いて――俺は、外へと出た。





ルートも決めず、適当なルートで歩き出す。


青空と雲が半々の、いい天気。

肌寒いが、今の自分にはこれが合っていた。



「左、か」



歩きながら、俺は左手を握って開いてみる。


幼少の頃――記憶は殆どないが、俺は左利きだった。

いつからか親の矯正を受けて、右手を使うようになったんだっけな。


……その頃の事は、思い出したくもない過去。

『花月家』から、逃げ出した自分。

あのクソ親は――俺の事は、もう居ない者として扱っているだろう。

兄さんと妹は、元気にしているだろうか。



「……はあ」



嫌な事を思い出してしまった。

ため息を一つ――同時に忘れる。


あれから左手で色々とやっているが、日常生活はやはりぎこちない。

亡霊との一戦の、『あの時』……俺が左でやれたのは、『戦闘』をあまりやって来なかったからだろう。そしてもう一つ。右腕の状態異常で、感覚が完全に消えたのもあるかな。


日常生活の作業では勿論右に慣れてしまったが、戦うなんて事は右でも左でもやって来なかった。

シルバーと会ってから本格的に戦闘をし始めた訳だし。


……それでも、ずっと眠っていた左が使えたのは良く分からない。右腕の感覚が消えて、左腕だけになった状況のせいもあったのかもしれない。

ただ、確実に一つ要因を挙げるのなら――『VR』という空間か。


現実で右腕が使えなくなれば、俺は多分クビだし。



「……はは、それは勘弁だな」



黙々と歩く。


そして。

交差点を右に曲がった、その時。




「えへへ。皆、ありがとね」


「……別に、良い」


「お外に出ないと駄目ですからぁ」




目の前――距離にして十メートル程。雲で作った影に、彼女達は居た。

車椅子に乗った女の子が、また二人の制服を着た女の子に押して貰っている。


向かいには病院が見える為、そこから出てきたのだろう。

……それは、何ともない一つの光景。


でも――その、車椅子の女の子の顔は。

あの時の商人、『シルバー』に、そっくりだったのだ。




「――――!!」




そして、その車椅子の女の子と目が合った。

彼女の驚いた様な、そんな表情。


……はは、まさか。



「――銀さん?どうかしましたかぁ?」


「……へ!?い、いや、何でもない――」


「……今の……」



その三人とすれ違い、俺はそのまま歩く。


何も無かった様に。

『そんな偶然がある訳がない』、と。


世の中には、同じ顔の人間は三人いるという。

そして――何よりあれはゲームだ。顔なんていくらでも作れる。

こんな広い世界。面識のあるプレイヤー同士が偶然出会う?



「ある訳、ないか」



夜へと進む太陽に向け、そう口にする。


それとは逆に――何か、世界が広がっていく様な感覚。

RLを再スタートしてから――それが、日に日に強くなっている。


シルバーとの出会い。ハルとの出会い。ボスとの戦闘。

これからは、一体どんな出来事が起こるのだろう。

『たかが』ゲーム。なのに、俺の中ではとても大きいものになっていく。




「また明日、やるか――RL」




呟く。

俺はこの酔いが覚めるまで、散歩を続けたのだった。

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