夕方、遭遇
《 《 《ニシキ様が、ラロシアアイス・フィールドボス・Ⅲの初見撃破に成功しました!》 》 》
戦闘が終わり、呆然としていた俺に――そのメッセージが響き渡る。
確か、この重複するような馬鹿デカいメッセージは……ワールドメッセージだったか。
ワールドメッセージ。高レアアイテムがドロップしたり、生産に成功したり……初めてのフィールドに踏み込んだり……
そういった大きな事が起きた際、全プレイヤーに半強制で知らされるチャットだ。
……って事は、全プレイヤーに俺の名前がいってるって事か。
うん?でも一度倒されてたらそれ以降は鳴らないはずじゃ……まさか、俺が初なんて事はないだろ。
「はは……まあ、いいや」
緊張の糸が切れて、何も考える気が起きない。
薄暗かったこの場所は、日が射して明るくなっていた。
美しい氷雪の光景を眺めながら、俺は座り込む。
今は、全く頭が回らない。
ゲームとはいえ、ここまで頭を使ったんだ。
右腕を斬られてからずっと、今まで使った事のない程に頭がフル回転していた。
ドロップアイテムも、レベルアップも、次の街の事も、今はどうでも良い。
今は――布団に入って寝転びたい気分だ。
「楽しかったな……っと」
呟きながら、俺はログアウトを押す。
実時間は短く、体感速度は途轍もなく長い時間だった。
……これまでの人生で、一番充実した時間だったかもな。
☆
「……っ!?痛い痛い!」
ログアウト、そして布団の中に潜り込み……気付けば意識を失っていた。
そしてたった今起床……で。
俺の頭を、何とも言えない痛みが襲っている。
ついでに船酔いのような感覚も。
水を一杯飲んで、もう一度布団に寝転ぶ。
まあ思い当たる節は、『アレ』しかないんだが。
「亡霊との一戦、だよなあ……」
名前だけは知っていたそれ。
なってみてわかったけど、本当に辛いなコレ。
『VR酔い』。
VRMMOに限らず、フルダイヴ型VRを長い間、極度に集中して使用していた場合に発生する。
頭痛、気分が悪くなる症状が数時間発生するとのこと。
VRに慣れていくにつれ、発症頻度は少なくなっていくらしい。
……まあ、なんとなく予想通りだ。
「RLは、無理そうだな……どうしたもんか」
急に暇になってしまった。
時間は夕方。
三時間ぐらい寝てしまったせいか、布団に寝転がっても寝れる気がしない。
そして何より――明日は月曜日。
夜に寝れないと、地獄の休み明けを迎える事になる。
「……散歩でもするか……」
家の中に居たら、症状がさらに酷くなる気がして。
散歩でもすれば……ちょっとは気がまぎれるだろう。
ついでに体力も消耗できて一石二鳥だ。
何時振りに出したランニングシューズを履いて――俺は、外へと出た。
☆
ルートも決めず、適当なルートで歩き出す。
青空と雲が半々の、いい天気。
肌寒いが、今の自分にはこれが合っていた。
「左、か」
歩きながら、俺は左手を握って開いてみる。
幼少の頃――記憶は殆どないが、俺は左利きだった。
いつからか親の矯正を受けて、右手を使うようになったんだっけな。
……その頃の事は、思い出したくもない過去。
『花月家』から、逃げ出した自分。
あのクソ親は――俺の事は、もう居ない者として扱っているだろう。
兄さんと妹は、元気にしているだろうか。
「……はあ」
嫌な事を思い出してしまった。
ため息を一つ――同時に忘れる。
あれから左手で色々とやっているが、日常生活はやはりぎこちない。
亡霊との一戦の、『あの時』……俺が左でやれたのは、『戦闘』をあまりやって来なかったからだろう。そしてもう一つ。右腕の状態異常で、感覚が完全に消えたのもあるかな。
日常生活の作業では勿論右に慣れてしまったが、戦うなんて事は右でも左でもやって来なかった。
シルバーと会ってから本格的に戦闘をし始めた訳だし。
……それでも、ずっと眠っていた左が使えたのは良く分からない。右腕の感覚が消えて、左腕だけになった状況のせいもあったのかもしれない。
ただ、確実に一つ要因を挙げるのなら――『VR』という空間か。
現実で右腕が使えなくなれば、俺は多分クビだし。
「……はは、それは勘弁だな」
黙々と歩く。
そして。
交差点を右に曲がった、その時。
「えへへ。皆、ありがとね」
「……別に、良い」
「お外に出ないと駄目ですからぁ」
目の前――距離にして十メートル程。雲で作った影に、彼女達は居た。
車椅子に乗った女の子が、また二人の制服を着た女の子に押して貰っている。
向かいには病院が見える為、そこから出てきたのだろう。
……それは、何ともない一つの光景。
でも――その、車椅子の女の子の顔は。
あの時の商人、『シルバー』に、そっくりだったのだ。
「――――!!」
そして、その車椅子の女の子と目が合った。
彼女の驚いた様な、そんな表情。
……はは、まさか。
「――銀さん?どうかしましたかぁ?」
「……へ!?い、いや、何でもない――」
「……今の……」
その三人とすれ違い、俺はそのまま歩く。
何も無かった様に。
『そんな偶然がある訳がない』、と。
世の中には、同じ顔の人間は三人いるという。
そして――何よりあれはゲームだ。顔なんていくらでも作れる。
こんな広い世界。面識のあるプレイヤー同士が偶然出会う?
「ある訳、ないか」
夜へと進む太陽に向け、そう口にする。
それとは逆に――何か、世界が広がっていく様な感覚。
RLを再スタートしてから――それが、日に日に強くなっている。
シルバーとの出会い。ハルとの出会い。ボスとの戦闘。
これからは、一体どんな出来事が起こるのだろう。
『たかが』ゲーム。なのに、俺の中ではとても大きいものになっていく。
「また明日、やるか――RL」
呟く。
俺はこの酔いが覚めるまで、散歩を続けたのだった。
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