氷雪の死闘③


 ラロシアアイス、フィールドボス最強に位置する――『氷雪の亡霊』。

それに対峙するプレイヤー、ニシキ。


ニシキは、スロースターターだ。

戦闘が長引いていくに連れ、その目は慣れ、動きは良くなっていく。

しかし――氷雪の亡霊は、それの更に、更に上を行った。



『――』


「っ――!!」




日本刀、二本による攻防一体の攻撃。


攻めようものなら防御、そしてもう一本で攻撃。

受けようものなら攻撃、受けきった後にもう一本で攻撃。


隙がない厄介なそれに、プレイヤーは苦しめられてきた。

ちなみにニシキの場合は、レベル二十七。適正レベルの三十にすらなっていない。

ただ、レベルを上げた所で――並のプレイヤーでは太刀打ちできないのだが。



『――』



亡霊の踏み込みによる加速――からの、刀の攻撃。

空気を裂くような音が迫る。

気を抜けばHPを刈り取られるそれを、ニシキは後のカウンターの為、寸でで避けた。


そして――



「『スラッシュ』!!」


『――!』



ニシキの片手斧による武技、そして亡霊はもう一本で受けようとする。

対するニシキは――武技の軌道を力尽くで変化させ、数センチの隙を狙う。

が――



『――』


「っ――!」



いとも簡単にその隙を防ぎ、もう一本で防御、斧を弾く亡霊。

再度攻勢に出ようとする亡霊に、ニシキは諦め距離を取った。


その戦力差を理解し、カウンターのみに切り替えたニシキ。

本人こそ自覚の無いものの――ニシキは相当戦闘能力が高い。

それでもなお、歯が立たないのだ。



「くっ……」



ニシキは、苦悶の声を上げた。


容赦なく――『それ』は近付いてくる。

多くのプレイヤーは、それによって冷静さを欠き、散っていった。

余裕だと思っていたそれは、今、この劣勢になって己を突く。



その正体は――『タイムリミット』。


彼に残された時間は、僅か四分五十一秒だ。





「はあ、はあ……」



結局、あれから一発も攻撃を入れられていない。


黄金の一撃を使うにしても防がれて終わり、最悪避けられる。

黄金の蘇生術があるから、最悪死ぬ気で――とも考えたが、相打ちで俺が死ぬか、防がれて終わりだ。


――どうにかして、あの守りを解かなければ。



……どうする、どうする。


タイムリミットのせいで、思考が焦りがちになってしまう。

しかし冷静になって考えても、コイツを倒す手段は見つからない。余計遠のいていく。



「……駄目だ」



このままでは、何も進まない。

何か、何かを見つけるんだ!


タイムリミットは忘れろ。

これはゲームだ。これで、終わるわけじゃない。

また挑戦したら良い。それこそ何度も。


今は――気持ちは軽くて良い。

コイツに通用する手段を探すんだ、見つかればラッキーと考えよう。



『――』


「っ――」



亡霊の元へと走る。

そして亡霊の間合いへと入った瞬間――殺気を乗せた一刀が、俺の首元に振り下ろされた。


きっと、これに当たれば死ぬ。

身を捻って、俺はその刃から逃れようとする。



『――』


「らあ!」



右耳で聞こえた風を切る音。

何とか初撃は避けられた――声を上げ、斧を振り下ろす。


何度も繰り返した、このカウンターだが。


今回は、武技は使わない。

今は、『当てる事』だけを考えるんだ!



『――』


「っ――」



俺の攻撃を防ごうとするもう一本の刀。それを確認した後――俺は、斧を引く。


フェイントだ。

そして軌道を大きく変えて、亡霊の右足へと刃を向けた。

空振りするその刀を後目に――



「らあああああ!」



後は、勢いに任せて斧を振り下ろす。



『――――!!』



その攻撃は、正直――『当たる』とは思っていた。

後に待つ亡霊の反撃は、恐らく食らってしまうだろうが……今は、とにかくコイツのHPを減らしたかったんだ。

後々の為、次の挑戦の為。



しかし。

今を捨てた甘さのせいだろうか。

冷静さを欠き、俺はしっかりと状況を見れていなかった。


今の勝利では無く、次の為の逃げの『探り』。

勝負を捨てた俺の隙に――亡霊は、そこへ容赦なく針を通す。



「――っ!?」



これまでにない、冷たい汗が背中を伝った。

身体が違和感を訴える。

一瞬、何が起こったのか分からなかった。



亡霊の足へ振り下ろそうとした俺の斧が――



『止まる』。



それが示す事。

右腕が――亡霊の刀によって、『斬られた』のだ。



無くなる右腕の感覚。

持ち主を離れ、落ちていく斧。

一秒置いて、俺は全てを理解してしまった。



《状態異常:部位欠損となりました》



アナウンスが聞こえ、HPが減少していく。

『部位欠損』。初めて聞く状態異常だが――その意味は簡単に分かる。

だらんとした俺の右腕が、完全に使えなくなった事が何よりの異常だ。



「――――――」



……走馬灯のようなものだろうか。

スローモーションで落ちていく俺の斧。

そして亡霊が、追撃の準備をするのが見える。


このままでは、終わってしまう。

迫るタイムリミット。俺のHPは、既に一割を下回っている。

次の追撃で終わる――感覚で分かった。




「――まだだ……」




右腕を失って、HPももう無い。

言葉にして、絶体絶命。




――だからこそ、目が覚めた。




今を捨てて、次は無い。

今に死ぬ気で挑んでこそ、糸口が掴めるのだと。


だから。

俺は、まだ――



「『ここで、終わりたくない』!!!」





『――!?』



そこで初めて、亡霊の驚愕の表情を見れた気がした。


落ちていく斧。

それを――俺は、『左腕』で拾ったのだ。



「――!」



瞬間、俺の頭の中に――『電流』が走る。


まるで、忘れ去られた一つの回路に繋がった様に。ずっと昔のその回路に。



「――『スラッシュ』!!」



妙に馴染むその感覚。

どうしてか、右手よりも繊細に感じるその感触。

何故か懐かしい……そんな気もした。



そのまま、俺は左の斧で武技を放つ。



『――ッ!!』



亡霊は、俺の左腕による不意の一撃を防ぐべく――刀を構えた。


しかし、それは間に合わない。

亡霊の胸の辺りに刃が入り、一割程HPを削り取って衝撃で後ろへ飛ぶ。


……不意を突いたおかげだろう、珍しく反応が遅れていた。

亡霊の残りHPは、一割九分。タイムリミット、残り三分。


ドクン、と。

これまでに無い程、心臓が高鳴っている。



「……」



深呼吸。


高鳴りを鎮めると共に、集中の針を亡霊へと向ける。



周りの背景の色、音が消えて。


やけに亡霊が鮮やかに見えて来る。


俺の吐く息の音が、やけに大きく感じた。




「……はは」




笑う。


鎮めても鎮めても――高鳴りが消えない。

脳内麻薬が駆け巡る。


楽しい。

楽しい。

楽しい。

楽しい!

楽しい!!



途轍もなく――

楽しくて、仕方がない。

もっと、もっと――俺は、お前と戦いたい。



この、左腕で!




『――――――』




瞬間。



再度動き出す亡霊が、やけに遅く見えて。



――黒いローブのような防具は、まるで息をするように蠢いている。

――そしてその一部が、紅く光っている。

――赤いオーラは、亡霊が攻撃をしようとした時に大きく広がっている。

――また、二刀の刀の内、攻撃に使うであろう一刀が薄く赤く光っている。

――距離にして、今一メートル十センチ。

――間合いに入ると、亡霊の目は少し小さくなっている。

――亡霊は――――――――――――



「――っ」



情報が、処理しきれない程に雪崩れ込んでくる。しかしそれは邪魔ではなく、スッと入ってきた。


……俺の脳が、これまでにない程に活性化している。喜んでいるんだ。



――そして。



『――――』



間合いに辿り着いた亡霊が、刀を振りかぶった。

同時に、もう一方の刀を自身に沿わせ、防御姿勢を取る。



遅い。



「――、『スラッシュ』!」



亡霊の一刀を潜り込んで前に避け、武技を放つ。

武技を防御すべく、構えている亡霊。


しかし――隙はもう見つけた。

亡霊が刀を持つ手の部分に向け――武技の方向を調整する。


そして――動く亡霊を予測し、最後の微調整を。

この調整は、一ミリの誤差も許されない。




『――ッ!!』




亡霊の刀を持つ手の指と指の間に、刃が到達。

たまらず刀を落とした亡霊。同時にそれが黒い靄と変わっていく。



「……終わりだ」



振り終えた、残る一刀を振りかぶる亡霊。


しかし――それも、もう間に合わせない。



「礼を言うぞ――」



決着をつけよう。

このまま距離を取って――何て、甘えた事はしない。


武技を振り終えた斧を手放し、そのまま下から拳を構えて。

そしてその、最後のスキルを発動する――




「『黄金の一撃』」




氷雪の亡霊。

彼への感謝と共に、俺は拳を突き上げた。



《50000Gを消費しました》


《おめでとうございます。フィールドボスを撃破しました!》


《経験値を取得しました》


《レベルが上がりました。任意のステータスにポイントを振ってください》


《片手斧スキルのレベルが上がりました》


《反射スキルのレベルが上がりました》


《投擲術スキルのレベルが上がりました》


《高速戦闘スキルを取得しました》


《亡霊の魂の欠片を取得しました》


《初見撃破報酬によって、ラロシアストーンを取得しました》


《ラロシアストーンを取得した事により特殊クエストが発生しました》


《称号『氷雪の守護者』を取得しました》




《 《 《『ニシキ』様が、ラロシアアイス・フィールドボスⅢの初見撃破に成功しました!》 》 》




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