氷雪の死闘②


『……殺ス』



怨念をかき集めた様な声。


そして――『両手』に黒い靄が集っていく。


瞬間。

杖と弓を片手ずつに手にしていて。

黒の炎、黒の矢が――二つ同時に、俺へと襲い掛かった。



「ぐっ――っ!!」



唐突な攻撃。

矢を避け、次に体勢を崩しながら、炎を避ける。

完全に不意の手だ。


寸でで運よく避けられたものの、食らってもおかしくなかった。

炎、矢でタイミングが少し異なるせいで、かなり避けにくい。


しかも炎が若干の追尾性能を持ち、矢を避けた先に襲い掛かるのだ。



『――!』



容赦なく、また炎と矢のモーションに入るボス。

まだ息すら落ち着いていないってのに。



「くっ――」



形勢逆転、この言葉がこれ程似合う状況になってしまうとは。



『――』


「がっ――!!」



何とか近付こうとしたのが間違いだった。

矢は避けられたものの、避けた先に炎が待っており被弾。


情けなく転がり――HPがごっそりと削られる。



「……簡単に、近付けもしない、か」



再度構えるボスが、起き上がろうとする俺の目に映った。



残り時間十四分。

ここにきて――絶望的な状況になった。





「くっ――らあ!」



最初とは比にならないスピードで襲い掛かる矢。

うざったく追尾してくる炎の玉。


それらの二連弾が――雨の様に襲ってくる。


まずは矢を回避し、そして炎の玉は斧で潰す。

反射のタイミングなんて考えていられない。

無効化、そして前進を繰り返す。



「はあ、はあ……」



ゲームとはいえ、息が切れる。

残り時間は十分を切った。


ボスのHP、残り三割が――途轍もなく遠い。



「つッ――らああ!」



また矢を跳んで避け、連れてやってくる炎の玉を斧で潰す……その連続。

回数は覚えていない。ただ、無心で突き進んだ。

ただ一つ、機会を得るために。


そして、前を見る。

何とか集中を切らさず、ここまでこれた。



『――――』



亡霊の無機質な瞳が、俺を捕える。

距離にして、約二メートル。


……やっと、お前の元に辿り着けたよ。


目の前のボスも、これからの展開は分かっているんだろう。

手に持つ杖と弓が――黒い靄へと変化していく。

ここからは、お互い近接戦闘だ。



「――『スラッシュ』!」



亡霊の手の武器が、黒い靄に変わっていく最中。

残念だが、俺はその武器が変化し終わるまで待てない。


数少ない隙だ――ここは貰う!



『――!』



俺が武技を発動し、その斧を振り下ろそうとしている中。


小さな黒い靄が――二つの小刀へと形を変える。

その俺の武技に少しも動揺する事無く、その小刀をクロスさせ俺の斧の軌道上へ持って来た。



「ぐっ――!」

『――』



衝突。

今までは斧対小刀一本だった為、余裕で打ち合いには勝てたが。


今は、二本。

ほぼ互角か?いや――



「らああああ!!」


『――!』



僅かだが押されている。

声を上げ、力を加えるが――



「ぐっ――!?」



弾き返される俺の斧。

俺の身体が、後ろに倒れる様に体勢が崩れていく。


無機質な瞳の中、無防備な俺の姿が映った。

それを――コイツは、絶対に逃してくれないだろう。



『――!!』


「――ぐっ!!」



ナイフ二本による突き攻撃。

寸でで一本は避けられたが、もう一本は俺の腰に突き刺さった。


鋼の鎧を貫いて、減少するHPバー。

七割から一気に五割まで。


……小刀の一撃の威力じゃない。



「らあ!」


『――ッ』



減少していくHPに、ずっと気にはしていられない。

小刀の攻撃を食らいながらも、俺は斧を振るった。


ヒット。


しかし、武技でも無い上に掠った程度の攻撃だった。

……やはり一分程度しか削れていない。



「……どうするかな」



またも目の前に対峙する亡霊。

一撃で二割を削り、一方の俺は一分。

……このままじゃ、確実にジリ貧だ。

しかし……無理に武技を狙っても、力で確実に押し負ける。


数少ない選択肢が削られていく。

こんな時、多種の選択を持っていれば……何て、思ってもいられない。


残り九分――迫るタイムリミット。


勝手に焦る俺の心臓を抑えつけて――俺は亡霊を見る。

ステータスでは圧倒的に負けているのは明らか……真っ向勝負は避けよう。

消極的に、攻め時を待つんだ。



『――――』



ゆっくりと俺に近付く亡霊。

同時にまた――その黒い靄が変化していく。

小刀は靄へと還り、増えていく体積。


増大、増大、増大――。


そして――その靄は、先程までの剣とは違う、『刀』へと形を変える。

それを二本。

軽々しく持つ亡霊が――俺を待つかの様に佇む。


……まるで、それが『本来』の姿の様だった。



「……初めて見たな」



『刀』――もっと言えば『日本刀』の二刀流。

このRLにおいて――少なくともPK職では見た事が無い。

……それは単純に、扱いにくいからだからとは思うが。


小刀ならまだしも……こんなデカい武器を両手に持って攻防を繰り返すなんて、考えるだけで眩暈がする。


しかし生憎、コイツはモンスター。


リアリティなんて糞食らえな攻撃をしてくるだろう。


手数二倍、威力も二倍。更に攻撃と防御を同時に行うその厄介さ。



『――』



やがて待つのに飽きたのか――俺の元へ向かってくる亡霊。


ゆっくりと、まるで処刑を行うかの様に。



「……」



亡霊を睨む。

距離にして二メートル、そして一メートルに。


日本刀の間合いに入ろうとしたその瞬間――



『――!』


「ぐっ!」



まずは片手の刀を振り下ろし、俺に攻撃。

威力を確認する為――わざと斧で受けた。

重くのしかかるその力。

体感で、打ち合った際に負けると分かる。



「――『スラッシュ』!」


『――』



斧で受けた後、そのまま払って武技を発動。

もう一本の刀で防御する亡霊。力を入れてもびくともしない。


……俺のカウンターは、二刀流になった事で通じない。

かと言って無茶をすれば、一瞬で食われるだろう。



タイムリミットは――残り八分。

あれから既に二分、そして残り二割九分のHPは、一つも削れていない。



……どうすればいいんだ?










『狂暴化』。


氷雪の大鹿、氷雪の大鷲、そして氷雪の亡霊。

このゲームにおいて、それらラロシアアイスの全てのフィールドボスが持つ特性だ。


残りHPが三割を切った時――それは発動する。

身体を赤と黒を混ぜたようなオーラを纏い、ステータス、技の向上バフが掛かるのだ。

そして更に、追加で固有の特殊能力が付与される。


大鹿の場合は『巨大化』、大鷲の場合は『分身』。

そして亡霊の場合は……『二刀流』。



これらフィールドボスの初見撃破率は、一パーセントにも満たない。

その理由が、この狂暴化だ。

中でも特に厄介とされる亡霊の『二刀流』。

両手に状況に応じた武器を持ち、容赦なくそれを振るう。

手数が二倍になり、更に技の強化が入るそれは――例え多人数パーティーでも苦労する事だろう。


しかし、生憎このボスはソロ限定。

よって――対峙するプレイヤーは、容赦なくその攻撃の雨に一人で打たれる事になる。


この、Real Life Onlineにおいて――初見撃破率はゼロ(本サイトにて報告未だ無し)。


ラロシアアイス、現フィールドボス最強の位置に座するのが――この『氷雪の亡霊』である。



※RealLifeOnline攻略wikiより抜粋

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