氷雪の死闘①


 ☆



『――』



不気味に佇むそのボスから、唐突に放たれていく矢。



「――っ」



今の所は、このワンパターンな攻撃のみだ。

黒い弓からの遠距離攻撃。


最初の不意打ち?には驚いたが――そこからは、余裕で避けられる。

ちなみに、反射はまだ出来ない。

スピードが速すぎるせいで、タイミングがまだ掴めないのだ。



『――』



またボスが弓を構える。


まずは一発、カウンターを狙おうか。



「――らあ!」



地面に落としておいたスチールアックスを拾い上げ投擲、同時にボスの元へ走る。

矢と斧――衝突した時どちらが勝つかなんて、火を見るよりも明らかだ。


飛来する矢をその刃が潰し、そのままボスの元へ襲い掛かる斧。

そして――



『――!』



そのまま激突。

仰け反って、目に見えて怯むボス。そして僅かだが、確実にHPが減っている。

正直、通るとは思わなかった。しかしチャンスだ。


そのまま走り、それに向かって更に距離を詰める。



「――『スラッシュ』!」



距離にして一メートルを切った所で武技を発動。


ボスが顔を上げる――が、遅い。

弓は矢を番える手間がいる上、この至近距離。


やや強引だが――確実に決まる。

それこそ、彼の持つ武器が剣や盾なんていう、近距離武器でなければ――



『――』


「――っな!?」



……『近距離武器でなければ』。


そう考えてしまったからだろうか。

不意に彼の持つ弓の形であったモノが、黒い靄へと変化する。


そして――それは、両刃の剣となった。

衝突する斧の刃と剣の刃。

予想だにしていなかったそれに、俺は一瞬押される。



『――!』


「らあああああ!!」



切り替えて、遠心力と共に力を加える。


迫り合いになるが――俺は大きな刃を持つ斧、そして相手は薄い剣だ。

このまま押し切る!



『――ッ!』



瞬間、ボスが口を歪ませた気がした。

そして俺の刃が、彼の剣を押し退けて――黒い靄を纏う身体へと襲い掛かる。

投擲が成功した時よりも、ガッツリとボスのHPを削り取っていく。


たまらず距離を取った彼が、俺を強く睨みつけている。

……まだローブで目が見えないが、殺気がそう教えてくれる。

モンスターとは思えないそれに――俺は、心が躍っているのを感じた。



「さあ、続けようか」





あれから、もう十回程攻防を繰り返した。


コイツの攻撃は、大きく分けて二つ。

魔法、弓による遠距離攻撃。

剣、ナイフ、メイス等の片手武器の近距離攻撃。


魔法に関しては――あまり弓と変わらない。

黒い炎の玉を飛ばしてくる攻撃で、弓よりも攻撃準備が長い。

初見は驚いたが、慣れてくると避けやすい攻撃だった。


近距離攻撃は、メイスが溜めが少し入った強攻撃、ナイフが出が早い弱攻撃、剣が中間。

ナイフの攻撃スピードはとにかく速く、初見は普通に食らってしまった。

慣れればどこに攻撃が来るか分かる様になる為、構えていれば避けられる。



『――』



攻撃は、主にカウンターだ。

遠距離攻撃となるギリギリの距離で待ち、構えた瞬間距離を詰める。


靄の形が切り替わるのを見て――それが小さければナイフ。

中くらいなら剣、大きいならメイス。


ナイフなら一度退いて、それ以外なら武技を。



『スラッシュ!』


『――ッ!』



武器が変わると分かっていれば、初めから強めに力を入れておける。

ナイフ、剣で斧の一撃を耐えられる事は無い――そのまま、斧の刃はボスの身体を襲った。


ボスのHPが削れ、そして退く。俺もまた次のカウンターの為に距離を取る。



「……大分、慣れて来たな」


呟く。


このボスの純粋な強さは――これまで出会ったPK職の誰よりも上だ。

移り変わる武器の種類。一人で遠近一体を熟す技術。


しかし、それは一人の場合。

シルバーとの行商クエストで出会ったり、ハルとの特殊クエストで出会ったのは二人組のPK職だ。

そしてその時の方が、今よりも厄介だった。


何故なら――単純に手数が二つである事に加え、思考も二つ。

もしPKKではなく、こういった正式な決闘のような場面で再度やり直すとすれば――俺は勝てる自信が無い。

俺が『商人』であるという油断、別のターゲットの存在……色々な要因が俺に味方していたから勝てたのだ。



「……これまでのPK職達には、感謝だな」



その戦闘の経験値は、間違いなく今の俺を生かしている。

二対一、そんな修羅場を潜って来れたからこそ――今、俺は落ち着いて対処出来ているんだ。


……そういえば、あと一つ分かった事がある。

それは敵でなく、自分自身の事。


俺は――どうやら、スロースターターらしい。



「……来い」


『――』



弓に矢を番えるボス。


矢先がこちらを向き、僅かな時間、俺の元を狙い定めて揺れる。

そして――発射。これが一連の流れだ。

何度も見て、その動きも、掛かる時間も全て同じ事が分かっている。


……もう、避けるのは余裕になってしまった。

それなら次は、決まっているだろう。



『――ッ』



発射の手前、矢先が揺れた瞬間――俺は斧を振りかぶる。

それぐらいでないと、その攻撃には間に合わないからだ。


そして放たれる高速の矢。

彼は容赦なく、俺の心臓を打ち抜く。

同じ時間、同じ動きで。


だからこそ、慣れた。

最初は不可能と思った事が、時間が経つにつれ可能になっていくんだ。

楽しい。途轍もなく――今、この瞬間が。



「――らあ!」



《Reflect!》



刃で矢を潰せば、反射してボスへと襲い掛かる矢。

その経過を見ている程暇ではない。俺は斧を振り切る前に走り、距離を詰めた。



『――ッ!?』



高速の矢が反射し、避ける間もなく被弾するボス。

これまでにない程HPが減少しており、そして胸を押さえながら前のめりになっている。


……これは、かなりのチャンス。



『――……』


「『パワースウィング』!!」



怯んでいるボスに、その武技を放つ。

反撃のモーションも無い。


前のめりになっているボスの首元へ、重い一撃を乗せた青い軌跡が―ー到達した。



『――ッ』



確かな手応え、ボスは仰け反りながらも距離を取る。


俺もまた同じく距離を取り――右上の減少していく時間を見た。

制限時間は、丁度半分の残り十五分。

対して、ボスのHPは――三割を切っている。



ラロシアアイス、フィールドボス。

どんなものかと思っていたが――正直、そこまでだった。

それこそ、コイツに『変化』が無ければ。



「……このままいけば――!?」



呟き終える間も無く、眼を見開く。


『フラグは立てるものじゃない』


頭の中で、そんな言葉が浮かびだす。



《氷雪の亡霊 level30》



ずっとハテナマークだった名前がそれに変わって。

そしてまた――ボスの様子も同じく変わっていく。




『――――AAAAAAAAAAAAAAAAA!!!』




何かを解き放つような、耳を劈く叫び声。


そして――赤と黒の絵具をぐちゃぐちゃに混ぜた、そんなオーラを纏っていた。

このフィールドに不釣り合いな、禍々しいそれ。



――やがて、その目が此方を向いた。


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