ある土曜の夜




時刻は夕方よりの夜。外はもう暗くなり始めている。

……夜ご飯どうしようか。


今から買いに行ってもいいけど、ちょっとしんどいんだよな。

ゲームしすぎで疲れるなんて何時振りだ……?

何時振り繋がりで、久しぶりの外食とかもいいかもな。



「……!?み、見てなかった……」



机に置いた携帯を手に取り、店を調べようとした時――通知が来ていた。


……『千葉遥』。チーフからだ……

通知時間は昼の十二時。

急な仕事が入った――とかだったらかなり不味い。


恐る恐る、それを開くと……


『お疲れさま。お休み中、急にごめんなさい』

『良かったら今日、夜にご飯でも食べに行かない?ご馳走するわよ』



「……これはこれで、不味いな」



上司からのご飯の誘いを、俺は五時間放置してしまった。

休みだから仕方ない――そう思う事にしよう。


それにしても、初めてだな……チーフからこんな事を言われるなんて。



「『お疲れ様です。返事遅れて申し訳ありません……まだ大丈夫ですか?』……と」



タイミングで言えば、丁度外食しようと思っていたから良かった。

相手もお世話になっているチーフだし……まったく嫌ではない。


なんて思っていたら、ピコンと通知が鳴る。



『全然良いわよ、勝手に連絡したのは私だし』

『〇◇駅に、19時でいいかしら?』


『はい。大丈夫です』


『それじゃ、待ってるわね』



「『承知しました』……と、準備するか」



良かった、チーフ的には怒ってなさそうだ。

まあそんな人じゃないのは知ってたけどさ。


……久しぶりに、一張羅を出さなくては。





「……あの、こんな所、本当に良いんですか……?」


「ふふ、別に良いわよ。何時も頑張ってるでしょ?」


「は、はあ……」


「いつもの『お礼』だから。気にしないで」


「ええ……」



駅近、ビルの最上階。

綺麗な夜景が一望できる、継ぎ目のほぼ見えない窓。

真っ白のテーブルクロスの上に、キャンドルで薄暗く照らされたテーブル。


……時間にして19時半。

チーフと待ち合わせして、連れて行ってもらった先は――俺の服が一張羅(笑)になってしまうような場所だった。


席に着くと、運ばれてくる高級料理。

聞いたことのない銘柄のワインを頼むチーフ。


……俺、まだまだ子供だったんだな……



「……で、アイツには苦しめられてるんでしょ~?」


「はは、はあ……」


「お酒でも飲まないとやってられなくならない~?私はそうだったけど!」


「チーフ、元々あの人の下だったんですね」


「……そうよ!あのハゲには、昔から滅茶苦茶されて――」



あれから時間が経ち、チーフは見るからに酔っていた。

ギャップが凄い……普段がクールな感じだからな。


仕事が出来る人とはいえ、やっぱりストレスは溜まるんだろう。



「はは……」


「花月君も飲みなさいよ?ほらほら」


「あ、ありがとうございます」


「……ねえ、大丈夫?会社キツくない?」



不意に、そう言う彼女。

その目から――過去の苦労が見て取れた。


……経験者だからこそ、こうして心配してくれているんだろう。

本当に良い人だな、チーフは。



「ありがとうございます。大丈夫ですよ」


「……そう?」


「はい。酒に頼ってしまいそうになったら報告しますので」


「!その時は私も一緒させてもらおうかしら」


「ははは」


「……やっぱり、あの趣味のおかげかしら?」



趣味……前言っていたRLの事だろう。



「はは、そうですかね」


「……え、えっと『RL』だっけ。……ど、どんな人が居るの?」


「そうですね……昨日会ったのは、ハルっていうキャラクターで――」



つらつらと、ハルについて説明する。

アニメキャラの風貌で、配信者であること。華麗な弓捌き、大人で賢明な人。


……話すにつれ、チーフがそわそわしている気がするが、気のせいだろうか。



「……へ、へえ~、そんなプレイヤーいるんだ~」


「はは、はい。そうですね――チーフみたいな人でしたよ」



アニメキャラ、配信者というのはまあ違うが。

商人の俺とPTを組んでくれる優しい人で、振る舞いも大人、頭も良いと――かなり似てないかな。


……あれ、チーフ固まってない?



「チーフ?」


「…………!!大丈夫よ。酔っちゃったかしら~?」



笑って、手で顔を仰ぐジェスチャーをする彼女。

今日のチーフはちょっと変わってるな……



「……でも、ゲームとはいえさ、そんな姿してるのって、引かない?」


「自分が好きな姿になれるのがRLの良い所ですし。何より彼女は――とてもそれが似合ってましたから」


「――!そ、そう」



俺は見た目はどうでも良くて、『商人』という職に憧れてプレイしたから別だが。

彼女にとっては、その見た目がかなり大事な様に見えた。


まるで、それが『理想』の様に。

そしてまた、それに多くの人が惹かれている。


むしろ――誇って良いモノだろう。



「また、機会があれば一緒に遊びたいですね。……ただ、人気で忙しそうだし、俺なんて相手にされないと思いますが」


「――……そんな事、ない……」



ボソッと、聞き取れない程の声で言う彼女。



「え?」


「――い、いや、何でもないわ!そろそろ出ましょうか!」


「は、はい」



やっぱり今日のチーフは少しおかしいような。

……お酒のせい、そういう事にしておこう。


そして俺も大分酔ってしまったのか――そんな彼女が一瞬、ハルと重なって見えた気がした。





「今日は、ありがとうございました。楽しかったです」


「ふふ、なら良かったわ」



ビルから歩いて駅に向かう。

チーフも大分酔いが覚めて、いつもの感じになっていた。



「……もし、私がRL始めたら引く?」


「え、自分がやってるのに引かないですって」


「……うーん、んじゃもし私が――『ハル』みたいなキャラでも?」



不意にそう言う彼女。

チーフがあの姿か……ちょっとびっくりしてしまうかもな。


まあ、でも。



「案外、似合っているかもしれませんよ?」


「……ふふ、そっか」



笑うチーフ。

そして――そんな話をしていると、駅に着いた。



「それじゃ。休みなのに無理言ってごめんね」


「いえいえそんな!また月曜日に」



改札手前。別れ際にそう言ってくれる彼女。

俺の為に貴重な休みを使ってくれたのは、チーフの方だってのに。



「……良い上司を持ったな、俺は」



独り言を一つ。


土曜日の夜。

これからも、仕事を頑張ろうと思えた時間だった。






「お礼、出来たかしら……はぁ」



改札前。

呟く遥の声は、駅の雑音で消えていく。

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