ある土曜の夜
☆
時刻は夕方よりの夜。外はもう暗くなり始めている。
……夜ご飯どうしようか。
今から買いに行ってもいいけど、ちょっとしんどいんだよな。
ゲームしすぎで疲れるなんて何時振りだ……?
何時振り繋がりで、久しぶりの外食とかもいいかもな。
「……!?み、見てなかった……」
机に置いた携帯を手に取り、店を調べようとした時――通知が来ていた。
……『千葉遥』。チーフからだ……
通知時間は昼の十二時。
急な仕事が入った――とかだったらかなり不味い。
恐る恐る、それを開くと……
『お疲れさま。お休み中、急にごめんなさい』
『良かったら今日、夜にご飯でも食べに行かない?ご馳走するわよ』
「……これはこれで、不味いな」
上司からのご飯の誘いを、俺は五時間放置してしまった。
休みだから仕方ない――そう思う事にしよう。
それにしても、初めてだな……チーフからこんな事を言われるなんて。
「『お疲れ様です。返事遅れて申し訳ありません……まだ大丈夫ですか?』……と」
タイミングで言えば、丁度外食しようと思っていたから良かった。
相手もお世話になっているチーフだし……まったく嫌ではない。
なんて思っていたら、ピコンと通知が鳴る。
『全然良いわよ、勝手に連絡したのは私だし』
『〇◇駅に、19時でいいかしら?』
『はい。大丈夫です』
『それじゃ、待ってるわね』
「『承知しました』……と、準備するか」
良かった、チーフ的には怒ってなさそうだ。
まあそんな人じゃないのは知ってたけどさ。
……久しぶりに、一張羅を出さなくては。
☆
「……あの、こんな所、本当に良いんですか……?」
「ふふ、別に良いわよ。何時も頑張ってるでしょ?」
「は、はあ……」
「いつもの『お礼』だから。気にしないで」
「ええ……」
駅近、ビルの最上階。
綺麗な夜景が一望できる、継ぎ目のほぼ見えない窓。
真っ白のテーブルクロスの上に、キャンドルで薄暗く照らされたテーブル。
……時間にして19時半。
チーフと待ち合わせして、連れて行ってもらった先は――俺の服が一張羅(笑)になってしまうような場所だった。
席に着くと、運ばれてくる高級料理。
聞いたことのない銘柄のワインを頼むチーフ。
……俺、まだまだ子供だったんだな……
☆
「……で、アイツには苦しめられてるんでしょ~?」
「はは、はあ……」
「お酒でも飲まないとやってられなくならない~?私はそうだったけど!」
「チーフ、元々あの人の下だったんですね」
「……そうよ!あのハゲには、昔から滅茶苦茶されて――」
あれから時間が経ち、チーフは見るからに酔っていた。
ギャップが凄い……普段がクールな感じだからな。
仕事が出来る人とはいえ、やっぱりストレスは溜まるんだろう。
「はは……」
「花月君も飲みなさいよ?ほらほら」
「あ、ありがとうございます」
「……ねえ、大丈夫?会社キツくない?」
不意に、そう言う彼女。
その目から――過去の苦労が見て取れた。
……経験者だからこそ、こうして心配してくれているんだろう。
本当に良い人だな、チーフは。
「ありがとうございます。大丈夫ですよ」
「……そう?」
「はい。酒に頼ってしまいそうになったら報告しますので」
「!その時は私も一緒させてもらおうかしら」
「ははは」
「……やっぱり、あの趣味のおかげかしら?」
趣味……前言っていたRLの事だろう。
「はは、そうですかね」
「……え、えっと『RL』だっけ。……ど、どんな人が居るの?」
「そうですね……昨日会ったのは、ハルっていうキャラクターで――」
つらつらと、ハルについて説明する。
アニメキャラの風貌で、配信者であること。華麗な弓捌き、大人で賢明な人。
……話すにつれ、チーフがそわそわしている気がするが、気のせいだろうか。
「……へ、へえ~、そんなプレイヤーいるんだ~」
「はは、はい。そうですね――チーフみたいな人でしたよ」
アニメキャラ、配信者というのはまあ違うが。
商人の俺とPTを組んでくれる優しい人で、振る舞いも大人、頭も良いと――かなり似てないかな。
……あれ、チーフ固まってない?
「チーフ?」
「…………!!大丈夫よ。酔っちゃったかしら~?」
笑って、手で顔を仰ぐジェスチャーをする彼女。
今日のチーフはちょっと変わってるな……
「……でも、ゲームとはいえさ、そんな姿してるのって、引かない?」
「自分が好きな姿になれるのがRLの良い所ですし。何より彼女は――とてもそれが似合ってましたから」
「――!そ、そう」
俺は見た目はどうでも良くて、『商人』という職に憧れてプレイしたから別だが。
彼女にとっては、その見た目がかなり大事な様に見えた。
まるで、それが『理想』の様に。
そしてまた、それに多くの人が惹かれている。
むしろ――誇って良いモノだろう。
「また、機会があれば一緒に遊びたいですね。……ただ、人気で忙しそうだし、俺なんて相手にされないと思いますが」
「――……そんな事、ない……」
ボソッと、聞き取れない程の声で言う彼女。
「え?」
「――い、いや、何でもないわ!そろそろ出ましょうか!」
「は、はい」
やっぱり今日のチーフは少しおかしいような。
……お酒のせい、そういう事にしておこう。
そして俺も大分酔ってしまったのか――そんな彼女が一瞬、ハルと重なって見えた気がした。
☆
「今日は、ありがとうございました。楽しかったです」
「ふふ、なら良かったわ」
ビルから歩いて駅に向かう。
チーフも大分酔いが覚めて、いつもの感じになっていた。
「……もし、私がRL始めたら引く?」
「え、自分がやってるのに引かないですって」
「……うーん、んじゃもし私が――『ハル』みたいなキャラでも?」
不意にそう言う彼女。
チーフがあの姿か……ちょっとびっくりしてしまうかもな。
まあ、でも。
「案外、似合っているかもしれませんよ?」
「……ふふ、そっか」
笑うチーフ。
そして――そんな話をしていると、駅に着いた。
「それじゃ。休みなのに無理言ってごめんね」
「いえいえそんな!また月曜日に」
改札手前。別れ際にそう言ってくれる彼女。
俺の為に貴重な休みを使ってくれたのは、チーフの方だってのに。
「……良い上司を持ったな、俺は」
独り言を一つ。
土曜日の夜。
これからも、仕事を頑張ろうと思えた時間だった。
☆
「お礼、出来たかしら……はぁ」
改札前。
呟く遥の声は、駅の雑音で消えていく。
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