紅のスライ厶、ボスの気配


尋常でないスピードで横に動きながら、俺を襲おうとするレッドアイススライム。



『ピギイ』



アイススライムのようにパワースウィングでゴリ押し……は恐らく通じない。

なら、斧の十八番のアレだ。



「……これでどうだ?」



スライムから距離を取る。


そうすればコイツは……



『ピイ!』



不意にアイススライムの三倍程速いモーションで、氷柱を吐き出す。


それも、一個じゃない。

また、『三倍』の三個だ。



「――っ!!」



氷柱が三つ横に並んで、俺に襲い掛かった。

一つ斧で潰しても、残った二つにやられる。

――そう直感で察した俺は、横に跳んだ。



「はあ、はあ……」



息が切れる。

滅茶苦茶にも程があるぞコイツ。


でも――手は出来た。

やっぱり、カウンターしかない。

こいつのスピードを、まともに相手出来るとは思えないから。



『ピィ!』



またも飛ばしてくる三つの氷柱。

その氷柱の間隔は、幸いにも同じ距離の様だ。



「――っ!」



それを確認した俺は、またも跳んで避ける。

気が緩めば被弾してしまうな、これは。


次で決めよう。

長期戦は避けたい所だ。


自分の集中力がいつ消えてしまうか分からないからな。



「……来い」



俺は、いつでも『それ』が出来る様に構えた。


……コイツもアイススライム同様、本体が凹むモーションと同時に氷柱が生み出される。

次、その凹みが弾ける様に戻ると、氷柱が飛んでくるのだ。


三倍速になっても、それは同じ。

隙のタイミングは変わらない。

あとは、攻撃を通すだけ。



『ピィ!』


「らあ!!」



俺は――スライムの身体が凹んだ瞬間、斧を投擲した。

並んだ氷柱の間を通って、刃がスライムに飛んでいく。


同時に、俺の元へ三つの氷柱が襲い掛かる。



『――ピギイ!!』


「――ぐっ!」



スライムの悲鳴。手応えありだ。

……俺も食らってしまったが、相打ち出来たのなら――



「……は?」


目の前の光景を見て、俺は唖然とする。


俺のHPは氷柱攻撃を食らったから、当然減っている。

なのに――ソイツは、全く、一ミリもHPが減っていないのだ。



「はは、これは予想外だな……」


『ピギイ』



自信ありげな鳴き声。


思わず笑ってしまう。

いや、どうすりゃ良いんだこれ……





「――『スラッシュ』!」


「――ピイ!」



俺の渾身の武技も、いとも簡単に避けられる。



「ぐっ――」


『ピギイ!』



一番初めと同じ要領で投擲も試したが、やっぱり効いてない。

少しも減っていないという事は――恐らくだが、防御力が異様に高いんだろう。


……つまり、武技を直接叩き込むしか無いんだが――当たる気がしない。

幸い攻撃力はそこそこだ。通常のアイススライムと同様かそれ以下。

だが、スピードと防御が桁違いに高い。



「――ぐっ!」


『ピイ』



俺の武技を余裕で避けてからのタックル。

攻撃はそこそこと言えども、それが積もれば当然死ぬ。


今――俺の体力は、一割程度まで削られていた。

手持ちの斧も、あと一本のみ。

体力も武器も、絶体絶命の状況だった。



「……次で、終わりか」



今思えば、ここまでよく来れたもんだ。

一度も死なずに、こんな化け物が居る所まで来れた訳だし。


ただ、やっぱりモンスターにでも倒されるのは嫌なものだ。

……正真正銘、これがラストチャンス。

それなら――俺も、精一杯悪足掻きさせてもらう。



「ピイ」



スライムと、長めの距離を取れば――

幾度となく見て来た、その氷柱射出攻撃のモーションに入るだろう。


並んだ三つの赤い氷柱。

タイミング、スピード、ダメージも。

何度も何度も被弾して、この身体で覚えて来た。


俺の今持つ、最大火力の武技を持って――お前の氷柱を反射する。

これが、俺の最後の反撃手段だ!



「『パワースウィング』!!』



氷柱をスライムが創り出す。

それと同時に、俺はその武技を発動。



『ピイ!!』



飛んでくる氷柱三個。

刃が作り出す青い軌跡を、タイミング良く氷柱の射線に置くイメージ。



「らああああああ!!」



揺れて反発する斧を、力尽くでそこへ持って行く。


振り下ろすタイミング、刃の位置。

それが完璧であったとしても、それが起こるのは恐らく百パーセントじゃない。

そしてそれが成功しても、コイツが倒れるとも限らない。


つまりこれは、かなり分が悪い賭けだ。

でも――だからこそ、俺の最期に相応しいモノだろう。



《Reflect!》



刃と氷柱が衝突、その瞬間。

流れるそのアナウンスに、俺は何とも言えない快感を覚えた。


眼前に迫る二本の氷柱。

反射しスライムに向かう一本の氷柱。



『ピギイイイ!!?』



響くスライムの悲鳴。消滅するHPバー。

最後に立っていたのは――俺だった。




《経験値を取得しました》


《反射スキルのレベルが上がりました》


《レベルが上がりました。任意のステータスにポイントを振ってください》


《レベルが上がりました。任意のステータスにポイントを振ってください》


《サクリファイス・ドールを取得しました》



「……や、やった――は!?」



確かに、今アナウンスで聞こえた。


色々とおかしい事が起きている。

スキルレベルが上がったのは良い。

レベルが二も上がったうえ――サクリファイスドールだって?



「こんなとこで手に入ったのか……」



見渡しても、レッドアイススライムは居ない。

バーバヤーガとアイスベアーのみ。


いわゆる、レアモンスターというやつだったのか。

体力ゲージもあの一発で全部消えてたし……防御が飛びぬけて、逆にHPは全然なかったのかもな。



「……流石に疲れた……」



時間はもう夜だ。

ゲームだから大丈夫……とは言えない。

VRMMOは、その特性上頭をよく使うんだ。やりすぎるとVR酔いなんて事も起こる。


八時間ログインを続けると、確か強制的に終わるんだったかな。

勿論警告も出る。そこまでやるプレイヤーは殆どいないんだろうが。


……まあ、もう少しだけ先を見たら帰ろうか。

もしかしたら、あのスライムが居るかもしれないし。





《ここより先に進むと、ボスフィールドに移動します》


《よろしいですか?》



いや、よろしくない。


……しばらくバーバヤーガとアイスベアーのフィールドを抜けたら、そのアナウンスが響いた。

これが噂に聞いていた次のフィールドに進む為のボスってやつか。


ちなみにレッドアイススライムは全く見えなかった。



「ここで落ちるか……」



足を止めて、メニューを開く。

これより先はもう進めない。


『ログアウト』を、俺は押した。

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