氷宝玉


 あれからは、一転変わって平和な時間になった。


 モンスターも出てこないし、さっきのようなPKプレイヤーもいない。

 道のりで言えばもう終盤ぐらいだからか。



「……弓使いも居ないし、もう大丈夫だな」


「!そ、そうですね!」



 コメントを見る限りでは、弓使いの方はクエストを破棄したんだろう。

 ……多分、私も同じ立場ならそうする。



「ハルの職業は――弓士では無いんだっけ」


「は、はい。えっと、魔弓士って職業で……」



 ニシキ君が私に話しかける。

 それは軽い雑談なのだろう。でも。


 ……何故かさっきから、上手く喋れない。



「魔弓士って、確か難易度かなり高い職業じゃなかったっけ?凄いなハルは」


「そんな、とんでもないです。ハルなんてまだまだ……」


「いやいや、大分使いこなせてる様に見えたけどな」


「あ、あははは」



 いや、笑って終わらそうとするな!

 彼の目も見れないし、いつもなら出来る事が出来ていない。


 早く、いつもの『ハル☆ミ』に戻らないと――



「例えばさ」


「は、はい」


「ハルが俺と闘う事になったら、どう対応する?」


「え」



 別に彼の表情は、ふざけているようなものじゃなかった。

 真面目な、興味から来るモノ。



「ハルは――補助魔法も使えるので、それでまず自分を強化してから、その後、闘うと思います」



 それで勝てるとは到底思えないが……そう思いながら話す。



「なるほど、具体的にどんな魔法を使うんだ?」


「……対人戦はした事ないけど、使うならやっぱりスピード上昇系かな」


「そっか。それじゃ――」



 彼と始めた戦闘談義は、私の思っていた以上に続く。

 別に退屈な訳ではない。自分の戦闘スタイルの見直しにもなって良かった。


 ……そして、分かった事がある。

 彼は――ただ超人的に動いていたのではなくて、数々の情報からPK職達と闘っていたのだと。


 透明化している小剣使い。どこにいるか分からない弓使い。

 どちらにも、彼は自分なりに得ていて、その全てを彼らとの戦闘に用いている。


 そして――私という魔弓士の情報も得て、更なる道へ行こうとしているんだ。



 ただ、戦闘の才能があるだけではない。

 貪欲に知識を取得し、対処法を導き、そして実践する。

 恐ろしいのは――それを、『楽しい』と思いながらやっている事だ。



 ……今、彼の表情を見ていたらそんな気がした。


 ☆


「んじゃ、ハルの場合は基本距離を取りながら、出が早い風属性の魔法を主に戦うのか」


「は、はい、ただまだ人と闘った事なんて無いから、あくまで想像ですが――」



《目標地点に到達しました!》


《ラロシアアイス・辺境に移動しました》




「あ」


「はは、着いたな――って、ここ何処だ……?」




 アナウンス通りであれば、ラロシアアイスだ。

 だが、そこは私の知っているそれではなかった。


 雪原の広がる中、ポツンと家のような、小屋のような建物が建っている。

 確かに辺境だ。

 そういえば通常フィールドの移動もまだだし、特殊な場所何だろうか?



「……まあ、アレだよな」


「そう、ですね」


「ちょっと行って来るよ」


「あ!はーい☆」




 彼は荷車を押して、その建物の入口に歩いていく。

 恐らく正解だったのだろう……彼は、荷車が消えると同時にそこへ入っていった。


 ……そういえばこの語尾、久々に使ったような。

 駄目だわ。やっぱり彼と居ると、勝手にセーブが掛かってしまう。



『ようやくクエストも終わりっぽい』

『ハルハルー!!見てるー?』

『視聴者数凄い事なってるぞ!!』


 久々にその画面を見る。


 ――完全に、コメントを見ていなかった。

 彼と話すのに夢中で……なんて言えない。


 って、視聴者数?



「えっ」



『お、気付いたっぽい』

『リスナーの誰かが広めたんだろこれw』

『視聴数五千人超えてるwww』




 コメント通り――配信画面を呼び出してみると、そこには見た事のない数が現れていた。


 総合視聴者数を示す人のマークの横、5500。

 つまりこの放送だけで、五千人以上の人が私の配信を見た事になる。そしてまだまだ増え続けているのが恐い。


 何気に私の配信アカウントの登録者もかなり増えてるわ……



『ようやくハルハルの可愛さに全人類が気付いたか……』

『まあ、一応ここまで数増えたのはあの商人のおかげだよな』



 ……あの、異様とも言えるPKKで人が集まったんだろう。

 実際、今も続々とそのシーンの所だけ見に来ている人が現れていた。


 当の私は何も活躍していない――寧ろ足を引っ張っていただろうから、申し訳ないというか、何というか……



《『氷宝玉の原石の行商』クエストを達成しました!》


《報酬として100000Gを取得しました!》


《経験値を取得しました!》


《通常フィールドに移動します》


《ラロシアアイスに移動しました》



 何て考えていたら、いつものフィールドに戻っていた。

 目の前にニシキ君も居る。


 どうやらクエストも無事終わった様で、報酬の十万Gも入っていた。



「クエスト、何とか君のおかげで達成出来たよ。ありがとう」


「えっ!?いやいやそんな、ほとんど何もしてません!」


「はは、そんな事ないよ。道中のモンスターとか、色々話もしてくれたし。それに――」



 彼は、本当に私に感謝している様子だった。

 PKKの時何も出来なかった私には、全く気に触っていないんだろう。



「俺とパーティーを組んでくれた事が、嬉しかったんだ。理由はどうあれ」


「っ!」



 優しく笑う彼の表情。


 パーティープレイが当たり前のRL。

 その裏に、パーティーから拒絶されてきた彼の苦労が垣間見えた気がして……私はそれに、何も答えられなかった。


 そして――彼は、メニューを開き何かを選ぶ素振りをする。


「――で。確か、ハルはINTが重要なんだよな」


「……は、はい。そうです」


「良かった。それじゃ――手、出してくれる?」


「えっ、と?こうですか?」


「ああ。……よし、これで受け取れるかな」



 そう言った後、彼は私の掌に小さな木の箱を載せる。



「これは……?」


「はは、開けて良いって」


「は、はい――っ!!」



 箱を開けると――そこには、指輪があった。


 氷結晶を象ったような宝石。

 シルバーのリングによって輝く宝石が強調され、とても美しい。

 『ラロシアアイス』を閉じ込めたようなそれに、私は見惚れてしまった。



「それ、報酬で貰ったんだ。INT上昇効果が付いてるんだけど、俺には必要ないから」


「い、いや、でも――」



 見るからにレアなそれ。

 見た事もない装備品だ。


 流石にこれを貰うのは――いやいや、でもこの見た目はかなり好み。しかもINT上昇は魔弓士にとって凄くありがたいモノ。


 いやいやいや、でもこんな見るからにレアアイテムを貰うのは――



「俺に付き合ってくれたお礼だよ。それじゃ、ありがとう――」


「――あ……」



《ニシキがパーティーを離脱しました》



 ……このままだと断られると察したのか。

 葛藤の中、あっという間に行ってしまう彼。


 ……。


 畳みかけるような展開だった。

 未だに実感が無い。さっきまでの事も。

 この、プレゼントの事も。



「……『ニシキ君』、か」



 もう消えてしまった彼の名を呟く。

 そして――貰った指輪を指にはめた。


 生まれて初めて貰う指輪が、ゲームになるとは全く思わなかったけれど。


 素直なところ……とっても、嬉しい。



《知力の氷宝玉の指輪を取得しました》





 ……ちなみに。


 その後直ぐに、私は知る事になる。

――この『知力の氷宝玉の指輪』の価値は、G



 ☆



『良い奴だと思ったらこれだよ』

『何だよコイツ……俺達のハルハルに』

『俺もハルハルに指輪渡してえ……』

『↑突き返されて終わりだぞ』

『でも渡される時ちょっとドキドキした、ハルちゃん視点で見てたせいか』

『まあそれは分かるわよ』

『ちょっとだけですわ!!』

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