思わぬ遭遇①


「……はあ、今日は楽だった~」


『千葉遥』。


その名札を外し、スーツを脱ぐ。

社会人六年目、会社の中では部署のチーフとして慌ただしく働いてきた。

今日はあの係長の代務で珍しくオフィスに居たけど……


普段はもうちょっと遅くまで居るが、花月君のおかげで思った以上に仕事が早く終わった。

……あの子、普段は係長に目を付けられてるって聞いてたけど――心配だわ。


……確か上の方のコネが何とか、それであの役職まで上がっていったとか。

何にせよ――厄介な存在だ。

花月君があのハゲのせいで辞めてしまったら……きっと、この部署は回らない。

あの仕事量を一人で、しかも短時間で。

しかもあのデブの事だから――雑書類とか言って結構大事な仕事を任せているはず。……経験則で。



「あのコネハゲデブ、さっさと何処か飛ばされてくれないかしら――っと、いけないいけない」



気付けば汚い言葉を吐いてしまっていた。

こんなんだから彼氏の一人も出来ないんだわ……



「……RL、しよ」



今日、私は嘘をついた。


誰にも知られてはいけない、『秘密』。

私は――自分でも分かるほどに、このゲームにのめり込んでいる事を。



《ゲーム・スタート》





《ハル☆ミさん、RLの世界へようこそ!》



何時もの様に、私はラロシアアイスでログインした。

花月君はこのゲームをやっていると聞いたけど、まさか会う事もないだろう。


そして、もし。万に一つの可能性。

何かの間違いで道ですれ違ったとしても――私だとは絶対に分からないの。



何故なら――



「……よし、今日も最高」



街のガラスに映る自身の姿を見て、私は確信する。

RLの世界において、自分はもう一人の私だ。


髪色は黒から明るい紫色、髪型はロングヘアーからツインテールに。眼鏡は勿論付けてない。

体型も……かなり『盛った』。もう一人の私なんだから、それは理想の姿にするべきだ。

身長は170センチから140ぐらいに。色々絞って、胸も……割愛。

初めは低い位置から見える光景に戸惑ったものだ。今では結構慣れたけれど。


そして――このゲームでは、この『衣装』が何よりもお気に入り。

地色は白く、その上に髪色と同じ紫のフリフリが沢山のっかったドレス。

現実では決して着れないそんな衣装。生産職に依頼して、高いGを払った価値があったわね。


何にせよ――絶対にバレないのよ!

自分から口にしない限りはね。



「さてと……それじゃ、スタート!」



《配信サービス『リアル』とのアカウント同期を確認》


《配信を開始します》



『待ってた』『今日も可愛いね』『もうこんな時間か!』



RLでは自身のプレイ光景を生で配信できるサービスがある。

何時もより早め――午後八時、私はそれをスタートさせた。


……私はギルドに属すのはまだ良いかなと思っているし、それでもこの衣装を着た自分を誰かに見てもらいたかった。

その双方を満たすのがこれだったのだ。


最初は人もほとんど集まらなかったけど……



「どうも、ハルでーす☆ミ」



衣装の元ネタのアニメキャラ同様、語尾に星を付けるイメージで話して――



「皆さん今日も来てくれてありがとー!」



思いっきり元気に振舞うようにしたら、段々と増えていった。

最初は恥ずかしかったけど。

慣れたら、現実世界よりも断然生き生きしている自分がいたのだ。


もう一人の私。

それは、『理想』の姿だから。

いつの間にか――この世界では、それが当たり前になっていた。



『ハルハル~!』『何時も楽しみにしてます』『本当可愛いなお前』


それに……こういったコメントが届くのは、悪くないものだ。





別に配信だからといって、特別な事をするわけではない。

何時もの様に狩りをしたり、クエストをしたり。

リスナーと雑談したり。



「『ファイアーアロー』!」


『グルァ!』



ちなみに今はラロシアアイスで狩りをしている。

私の職業は魔弓士。弓士とはかなり違っていて、どちらかといえば魔術師寄りだ。

弓の形をした杖で、魔法を発動、射出している感じ。攻撃魔法が得意だが、補助魔法も出来る万能職だ。

詠唱速度は魔術師より優れているけど、やはり弓なので少し扱いが難しいらしい。


『やっぱ上手いね~』

『ハルちゃんの魔弓捌きは惚れ惚れするなあ』

『難しいのによくやるな~』


『らしい』というのは、リスナーさんから聞いた事だからだ。

学生の時に弓道をやっていたせいか、扱いにはあまり苦労しなかった。大昔のはずだけど身体は覚えていてくれた?らしい。

この職業にしたのは、またこの衣装のキャラに合わせたからなんだけど……

こうして才能があるとか言われると、選んで良かったと思うわね。



《経験値を取得しました》


《レベルが上がりました!任意のステータスにポイントを振って下さい》



ラロシアアイス、レベル24から26帯のモンスター、アイスウルフ。

それを倒すと同時にレベルが上がった。



「ありがとー☆あ、レベル上がったみたい」



『おめ』

『おめでとう!』

『おめおめ』



……リスナーがいると、こうして反応をくれるから狩りに飽きない。

もはや私にとって、配信は無くてはならないものだ。



「……さて、レベルも25になったしそろそろ終わろうかな?」



『あら』

『見惚れてたら終わってた』

『今日は早いね』

『確かに』


そのコメントで我に返る。

何時も残業しているせいか、感覚が麻痺してるなあ……


「……そういえば始める時間早かったんだった☆ごめんね」



『八時スタートだったもんね』

『今日は仕事が早く終わったとか?』

『ん?』

『仕事……?』

『仕事って何?』

『ハルハルは中学二年生だぞ、知らねえの?』

『はるちゃんじゅうよんさい』

『まあまあ、リアル詮索はNG行為よ』


ちなみにこのゲームはR-15だ。元ネタのキャラが中学二年生だから、そういう『ノリ』である。

……中身はもう、学生なんてとうに終わった26歳なんだけどね。



「……あ、あはは☆そうだなあ、時間余ったしクエストでもやろうか」





――そして、私は後悔する事になる。

十分程前のリスナーとの会話を。

クエストはレス番、依頼掲示板のどれかに申請する――そんな事を口走った自分を。



「どうも、ハルでーす☆今日はよろし――っ!?」



目の前。

それは、すぐに分かった。



居たのは――紛れもない、花月君だったのだ。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る