思わぬ遭遇①
「……はあ、今日は楽だった~」
『千葉遥』。
その名札を外し、スーツを脱ぐ。
社会人六年目、会社の中では部署のチーフとして慌ただしく働いてきた。
今日はあの係長の代務で珍しくオフィスに居たけど……
普段はもうちょっと遅くまで居るが、花月君のおかげで思った以上に仕事が早く終わった。
……あの子、普段は係長に目を付けられてるって聞いてたけど――心配だわ。
……確か上の方のコネが何とか、それであの役職まで上がっていったとか。
何にせよ――厄介な存在だ。
花月君があのハゲのせいで辞めてしまったら……きっと、この部署は回らない。
あの仕事量を一人で、しかも短時間で。
しかもあのデブの事だから――雑書類とか言って結構大事な仕事を任せているはず。……経験則で。
「あのコネハゲデブ、さっさと何処か飛ばされてくれないかしら――っと、いけないいけない」
気付けば汚い言葉を吐いてしまっていた。
こんなんだから彼氏の一人も出来ないんだわ……
「……RL、しよ」
今日、私は嘘をついた。
誰にも知られてはいけない、『秘密』。
私は――自分でも分かるほどに、このゲームにのめり込んでいる事を。
《ゲーム・スタート》
☆
《ハル☆ミさん、RLの世界へようこそ!》
何時もの様に、私はラロシアアイスでログインした。
花月君はこのゲームをやっていると聞いたけど、まさか会う事もないだろう。
そして、もし。万に一つの可能性。
何かの間違いで道ですれ違ったとしても――私だとは絶対に分からないの。
何故なら――
「……よし、今日も最高」
街のガラスに映る自身の姿を見て、私は確信する。
RLの世界において、自分はもう一人の私だ。
髪色は黒から明るい紫色、髪型はロングヘアーからツインテールに。眼鏡は勿論付けてない。
体型も……かなり『盛った』。もう一人の私なんだから、それは理想の姿にするべきだ。
身長は170センチから140ぐらいに。色々絞って、胸も……割愛。
初めは低い位置から見える光景に戸惑ったものだ。今では結構慣れたけれど。
そして――このゲームでは、この『衣装』が何よりもお気に入り。
地色は白く、その上に髪色と同じ紫のフリフリが沢山のっかったドレス。
現実では決して着れないそんな衣装。生産職に依頼して、高いGを払った価値があったわね。
何にせよ――絶対にバレないのよ!
自分から口にしない限りはね。
「さてと……それじゃ、スタート!」
《配信サービス『リアル』とのアカウント同期を確認》
《配信を開始します》
『待ってた』『今日も可愛いね』『もうこんな時間か!』
RLでは自身のプレイ光景を生で配信できるサービスがある。
何時もより早め――午後八時、私はそれをスタートさせた。
……私はギルドに属すのはまだ良いかなと思っているし、それでもこの衣装を着た自分を誰かに見てもらいたかった。
その双方を満たすのがこれだったのだ。
最初は人もほとんど集まらなかったけど……
「どうも、ハルでーす☆ミ」
衣装の元ネタのアニメキャラ同様、語尾に星を付けるイメージで話して――
「皆さん今日も来てくれてありがとー!」
思いっきり元気に振舞うようにしたら、段々と増えていった。
最初は恥ずかしかったけど。
慣れたら、現実世界よりも断然生き生きしている自分がいたのだ。
もう一人の私。
それは、『理想』の姿だから。
いつの間にか――この世界では、それが当たり前になっていた。
『ハルハル~!』『何時も楽しみにしてます』『本当可愛いなお前』
それに……こういったコメントが届くのは、悪くないものだ。
☆
別に配信だからといって、特別な事をするわけではない。
何時もの様に狩りをしたり、クエストをしたり。
リスナーと雑談したり。
「『ファイアーアロー』!」
『グルァ!』
ちなみに今はラロシアアイスで狩りをしている。
私の職業は魔弓士。弓士とはかなり違っていて、どちらかといえば魔術師寄りだ。
弓の形をした杖で、魔法を発動、射出している感じ。攻撃魔法が得意だが、補助魔法も出来る万能職だ。
詠唱速度は魔術師より優れているけど、やはり弓なので少し扱いが難しいらしい。
『やっぱ上手いね~』
『ハルちゃんの魔弓捌きは惚れ惚れするなあ』
『難しいのによくやるな~』
『らしい』というのは、リスナーさんから聞いた事だからだ。
学生の時に弓道をやっていたせいか、扱いにはあまり苦労しなかった。大昔のはずだけど身体は覚えていてくれた?らしい。
この職業にしたのは、またこの衣装のキャラに合わせたからなんだけど……
こうして才能があるとか言われると、選んで良かったと思うわね。
《経験値を取得しました》
《レベルが上がりました!任意のステータスにポイントを振って下さい》
ラロシアアイス、レベル24から26帯のモンスター、アイスウルフ。
それを倒すと同時にレベルが上がった。
「ありがとー☆あ、レベル上がったみたい」
『おめ』
『おめでとう!』
『おめおめ』
……リスナーがいると、こうして反応をくれるから狩りに飽きない。
もはや私にとって、配信は無くてはならないものだ。
「……さて、レベルも25になったしそろそろ終わろうかな?」
『あら』
『見惚れてたら終わってた』
『今日は早いね』
『確かに』
そのコメントで我に返る。
何時も残業しているせいか、感覚が麻痺してるなあ……
「……そういえば始める時間早かったんだった☆ごめんね」
『八時スタートだったもんね』
『今日は仕事が早く終わったとか?』
『ん?』
『仕事……?』
『仕事って何?』
『ハルハルは中学二年生だぞ、知らねえの?』
『はるちゃんじゅうよんさい』
『まあまあ、リアル詮索はNG行為よ』
ちなみにこのゲームはR-15だ。元ネタのキャラが中学二年生だから、そういう『ノリ』である。
……中身はもう、学生なんてとうに終わった26歳なんだけどね。
「……あ、あはは☆そうだなあ、時間余ったしクエストでもやろうか」
☆
――そして、私は後悔する事になる。
十分程前のリスナーとの会話を。
クエストはレス番、依頼掲示板のどれかに申請する――そんな事を口走った自分を。
「どうも、ハルでーす☆今日はよろし――っ!?」
目の前。
それは、すぐに分かった。
居たのは――紛れもない、花月君だったのだ。
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