ログ・アウト
「……戻るか」
荷車の場所まで、歩いて戻る。
所持金は全て失ったのにも関わらず、俺は満たされた感覚だった。
最後のRLで、俺はアイツらに勝ったんだよな。
「……あ!」
見れば、笑顔で手を振っている彼女が居た。
「お待たせ、シルバー」
その笑顔に答えるように、俺は笑って手を振った。
「……ニシキ、さん?」
「何だ?」
「っ!いえ!何も!」
「……ん?そっか」
分からないが、彼女は俺の顔を覗き込むように見て、問えば離れた。
……清々しい気持ちが、顔にも出ていたのかもしれないな。
「じゃ、行きましょう!」
「ああ」
荷車を再度、スタートさせる彼女。
もう――このクエストを邪魔する者は居ない。
この少女は、もうアイツらに襲われる事は無いんだ。
☆
「……♪」
鼻歌を交える彼女。
ゆったりとした時間。
周りを見れば、綺麗な緑の世界。
リアルでは行く事のない大自然の道。
空は鳥が飛んで、林の中にはよく見れば動物が走っている。
その中を、ゆっくりと走る荷車。
しがない商人二人を乗せて――目的地まで向かっていく。
暖かい風が、俺の頬を横切るのを感じた。
「……シルバー」
「?何ですか?」
「商人って職業――楽しいか?」
「!はい!サイコーです!!」
「はは」
満面の笑顔でそういう彼女に、俺は釣られて笑ってしまった。
息を、ゆっくりと吐く。
今更になって。
俺は――このゲームを、心から楽しめている……そんな気がした。
不遇職でも、寄生職と言われても。
俺は――このゲームの『商人』で良かった。
最後の最後に……それを実感できて良かった。
「ありがとな」
「……何か、言いました?」
「いいや、なんでもないよ」
俺達を迎えてくれるような優しい風の中、俺は少女に呟く。
そのまま、ゆっくりと荷車は進んでいった。
☆
《目標地点まで到達しました!》
《通常フィールドに移動します》
《グリーンソルデに移動しました》
あれから荷車は順調に進み、ゴールへと到着した。
着くと同時に周りの光景とフィールドは変わり――その場に居た商人っぽいNPC達がせっせと積み荷を降ろしていく。
「……すごいな」
てっきり、もっとあっさりと荷車が消えたりして報酬を貰うものだと思っていた。
「いやあ、ありがとうございます!貴方達が初めての行商人ですよ!」
そんな事を言って、彼女と握手をしているクエストのNPC。
「へへ、そんな。えへへ」
「これは大きな利益が出ますよ!本当にありがとうございます!」
《行商クエストⅠを達成しました!》
《報酬として50000Gを取得しました》
《報酬として経験値を取得しました》
《称号:『始めての行商』を取得しました》
初めて聞くアナウンス。
報酬もかなり美味しい上、称号も手に入った。
彼女にも同じ様に取得しているだろう――顔を見れば分かる。
「へへへ……」
「……おーい、聞こえてるか?」
「!はい!」
……結局、商人がどういう扱いを受けているか。
行商の中で、今の実情を話す事は出来なかった。
ごちゃごちゃと言い訳を並べる事はない。
彼女の顔を曇らせるのが、嫌だったから。
今ならはっきりとそう言える。
でも。
言わなくては、ならない。
ここで言わなければ――彼女はこの先、もっと辛い目に合うのだから。
「シルバー」
「はい?」
「もし、商人って職業がさ、このゲームで最悪な扱いを受けてる……とかだったら――」
「――関係ありません!!まあ、正直ちょっと薄々感じてましたけど。私が声かけても、誰も相手にしてくれませんでしたし」
「そ、そうなのか」
思っていた反応と違い、少し戸惑う。
……もしかしたら、要らないお世話だったのかもしれない。
「
ふと。
真っ直ぐな目で、俺にそう問う彼女。
ドクン、と心臓が鳴るのが分かった。
聞かれたくなかったその質問。
その答えを探しながら、口を開いた。
「…………俺は……」
『実はこれで辞めるんだ』、といいかけて口を閉じる。
それを――言ってはならない。
きっと彼女なら、止めると思ったから。
そしてそれを聞いてしまったら、俺は決心が揺らぐと思ったから。
最後と決めたからには、俺はもうすっぱりと辞めるべきなんだ。
全財産使ったんだ。今更もうどうにもならない。
千万Gを超える財産だけが、たった一つの俺の売りだったんだから。
「んじゃ――元気でな。俺は明日仕事だから」
「へ?まだ――」
無理矢理、俺はメニューから……最後のログアウトを押した。
☆
「……ふう……」
現実に帰り、VRデバイスを外し――息を吐く。
乱雑に脱ぎ捨てたスーツ。
惣菜の食べ終えたゴミ。
積みあがった書類の束……etc。
何故かそれが――とても気になった。
「片づけるか」
時計の針はもう十二を指しているのに。
何となく、眠れない。
頭が冴えて、身体を動かしたかった。
疲れているはずなのに、全く感じない。
「……楽しかったな」
ふと。
久しぶりに部屋を掃除する中。
俺は――自然にそう、呟いていた。
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