変化する世界

RE:START①

『アレ』から一週間。

RLをすっぱり辞めた俺は……



「……すいません」


「あのさぁ、この書類は今日の昼までって言ったよなぁ?」



いつものオフィスで、いつもの様に俺は上司に説教をされていた。

山の様な雑書類が終わっていない事を、聞いてもいなかった期限で責められている。



「……」


「……ああ?何だその顔は!!反省してるのか!?」



反省してません、なんて言ったらどうなるか。



「……すいません」


「すいませんしか言えねえのかテメエは!!良いか、明日までに絶対終わらせとけよ!!」


「……」



……終わった。


まず、この量は定時で帰れないだろう。

今日も残業か。



「へ、ん、じ、は!!」


「……はい」



納期なんて本来ないどうでもいい、しかし面倒な書類。

時間だけはやたら食われる最悪な仕事。


今日は運が悪い――なんて事はなく、これが俺の日常だ。



さっきの上司はここの部署の係長だ。

全く覚えていないが、新人歓迎会の時――俺に酒を飲ませ続けた挙句悪ふざけをし続けたソイツ。

そして泥酔した俺が何故か、係長を一本背負いしていたらしい。


それからは最悪だ。同じ部署、しかも俺の直属の上司であった彼は、自分を目の敵にしている。

元々ソイツの性格は最悪なのに、より一層地獄になっていた。



「……」

「……」



そして、何事もなかった様にオフィスは静まり返る。

俺を手伝う者は居ない。なんせそんな事をしようものなら、まもなく係長が飛んでくるからだ。



「……はあ」



ため息を一つ。

常人ならすぐに辞めているかもしれないが……転職という先の見えない行為をする勇気が無いのだ。何事からも楽な道を、挑戦から逃げて、安定を望んでいる自分。


そんな俺に与えられた罰だと思って――今日もキーを叩いている。





「……ふー、これで終わりか」


集中を解き、残ったブラックコーヒーを飲み干す。

山のように積み重なった書類は、全て済んだ。


誰も居ないオフィス。

集中していたせいか、いつの間にか俺は一人になっており。

時計の音に目をやると、もう10を指していた。


……まあ、終電じゃないだけマシだろう。



「帰るか」



ビジネスバッグに諸々詰込み、会社を出る。

今日も疲れた。

これまでは帰ってRL……だったが、もうそれもない。


あの少女はどうしているのだろうか。

無事にゲームを楽しんでいるだろうか。


……。



全て関係のない事だ。

もう俺は、あれから一週間もRLをプレイしていないわけだし。


新しい趣味なんてものも、見つける気もない。



「……俺にしては、綺麗に終われたよな」



何事からも逃げてきた自分が、初めて立ち向かえた。そして勝利を迎えて、少女を無事送り届けられた。


最後に、商人として楽しくプレイできた。




「はあ……」



帰り道、平日の深夜。

俺しかいない真っ暗な道を、点滅した電灯が照らす。


気を抜けば、RLの事ばかり考えてしまう。

ずっとそれが続いている。

『終わって』から――なぜこう頭に浮かんでくるのか。


まともな趣味も無い。

頭の中は、仕事と生活の事のみ。

そんな人間が――久しぶりに『楽しい』と思えたからだろうか。



「もうスーパー閉まってるよな……」



当たり前の事が口から漏れる。

疲労が溜まってるせいか、考えた事がそのまま出て行っている。


気にする余裕もない。どうせ人もいないことだしな。



「……コンビニで良いか」



駅前のコンビ二。

この時間ではいつもお世話になっている場所だ。


別に何も特徴のない、普通の一般的な。



――だったのだが。




「……あ、や……やめて」


「ねー良いじゃん、ちょっと遊ぶだけだって」


「この時間にうろついてるなんて、『そういう』事でしょ?」




俺が行こうとしたその場所。


フードで顔を隠し、俯いて嫌がる影。

そしてそれを囲む金髪と茶髪の今時の男二人。


お手本のような『不良に絡まれる人』の構図。

こんな事、創作の中でしか起こらないと思っていたが。



「……本当に、こんな事あるんだな」



呟きながら、俺はコンビニへと近付いていく。



「ねえ、観念してよ。良い事しよー?」


「や、やだ……」



フードの影から、高い声がしている事から少女なのだろう。

こんな夜に、どうして出歩いているのだろうか?



「――なあ、そろそろほんとに良い?」


「っ!……お、お願い――」



少し声を低くして、乱暴に腕を掴む不良。

少女は必死に解こうとするものの……その細い腕では解けないだろう。



「……うわ!?」


「ん?何だよタクでけえ声出して……何だコイツ!?」



背後に居た俺に、どうやら驚いている様だった。

疲労のせいか思考が回らない。

驚いているのは俺自身もだ。



……

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