最後の戦闘①

『察知スキル』。

戦闘において商人である俺が出来る仕事は、戦闘以外だった。


つまり、支援。

しかし回復魔法も支援魔法も使えない俺は……別の方面から支援していかなくてはならない。


その内の一つが――敵の察知。

迫る敵を真っ先に見つけ、先手を打つことが出来るのは大事な仕事だ。

……だと思っている。


そしてそれを担うのが、この察知スキル。

PK職が付近、またPK職がクエスト中に出没した時、存在する方角を教えてくれる。


さっきの音もこれが原因だ。



「……雑に買いすぎたかな」



呟く。


でも……もう、決めた事だ。

十万Gのポーションを、俺は一気に開封する。



《クリティカルアップポーションを使用しました》


《オフェンスアップポーションを使用しました》


《ディフェンスアップポーションを使用しました》


《マジックディフェンスアップポーションを使用しました》


《スピードアップポーションを使用しました》


《オール・ステータスアップポーションを使用しました》



「……ふう」


息をつく。


我ながら、必死なもんだ。

しかしこれでも……アイツらに勝つのは厳しい。

精々一パーセント上がった程度。


それでも……ほんの少しだけでも、可能性を上げるんだ。



「行こう」



孤独な戦いへ。

PK職の方角を示す場所に、俺は進む。







「……いやあ、まさかこのゲームでまた行商クエストを見る事になるとは」


「おい黙れ!もし近くに居たらバレるだろうが」


「ハハハ!!もし気付かれたとしても余裕だろ!」


「……まあ、そうか。何たって俺らPK職二人対一人、プラスお荷物だもんな」


「そうそう、ぶっちゃけ馬鹿としか思えねえな。それか――よっぽどのNOOBか」




……全て、筒抜けだよバカが。

しかしこんな会話を聞いても、イラつかなくなったのはそれはそれで堕ちたもんだ。


だが今は、冷静な事に越した事はない。



「……っ!おい。居るぞ。一人だ」


「了解。って一人かよ」



不意に黙ったと思えば、そんな事を言うPK職。


くそ――あっちも感知系スキル持ちかよ!

完全にバレる前に、先手を打たなければ。



「――っ」



足を踏み出そうとして、戸惑う。


……本当に、やるのか?


勝算はほぼゼロ。

プレイヤーとの戦闘なんて、一度も経験が無い。


最後だから――そう思ってここまで来たが。

モンスターですらまともに戦えず逃げて寄生していた俺が、あんなヤツらと?


――『どうせ勝てない』――――


ああクソクソ!!!


この土壇場で、何時もの癖だ。

『どうせ』、『どうせ』――決意を固めたはずなのに、また俺に現れる。


いつもそうやって、逃げてばかりで――



「――!おい、あそこだ!!」



まるで針を刺されたかのように、心臓が鼓動する。



――クソッ!何やってんだ俺は!!



「ああああああ!」



声を上げる。

黙ったままでは、さっきの思考に戻りそうになったからだ。


強引に、声の方向へ足を走らせる。



「――ぐっ!」



瞬間、飛んでくる矢。

寸でで避けようとするものの――間に合わない。


その一矢は、俺の肩を貫いた。

ほのかな痛覚と、減少するHP。



「見っけ」


「……つーか。『商人』かよ!ハハハ!!」



目の前に居るのは、弓を構えて俺に向く男と、笑いながら小刀を持った男。


……前衛、後衛綺麗に分かれている上……



《??? level20》


《??? level20》



目を凝らすと見える、PK職を示すハテナマークのプレイヤー。

俺と同じレベルだ。

まだ俺より格下なら……望みはあった。



「……何で、こんな……」



……勝てる気が、しない。

ああ駄目だ、考えるな!


敗北のイメージは捨てろ!



「っ――らああああ!」



半ば自棄で、俺は小刀使いに斧を振り上げながら突っ込む。


迷うな。

止まっているよりマシだ――何としても、身体を動かせ。

集中して——前を見ろ。

二人相手だろうが、PK職だろうが……嘆くんじゃない。



全神経を——今は、アイツらを『殺す』事だけに注ぎ込め!!



「ぶっ!おいおい突っ込んできたぞ、レイ!」


「ああ」



揺れる視界で、矢先が俺に向くのが分かった。

手を引いて、手を放して――矢が俺の方へ直線に飛んでくるだろう。


なら――跳べ!!



「――っ!」


「な!?」



俺の背後スレスレに、矢が通過していく。

その風を感じながら――俺はそのまま小刀使いへ。



「――『スラッシュ』!」


「――っと」



透かさず武技を放つ。


間合いは完璧。

タイミングも、阻む弓使いの攻撃も無い。


なのに。



「おっせーんだよ、お荷物野郎が――」



避けられた。

それも、余裕で。

職業の差が、露骨に俺を覆っていく。


でも、迷っていられない。

視界の片隅。もう一度――矢先が見えた。

どうする?避けるか?そのまま攻撃するか?



「『スラッシュ』」



今度は、目の前で小刀使いが武技を放つ。

青い軌跡。やるしかない!



「『スラッシュ』!!――ぐっ!うっ!!」



小刀使いの武技と、弓使いの攻撃を同時に食らいながら前に武技を放つ。

当然、俺と同じく避けられないはずだ。



「――ッ!バカかよコイツ!おい援護!!」



堪らず俺の攻撃を食らい、衝撃で体勢を大きく崩す小刀使い。

ナイフよりも、ずっと斧の一撃は重いからな。


ここが攻め時――俺は再度斧を振り上げる。



「『パワーショット』!」


「ぐっ!!」



弓使いの武技だろう——鉛のような重い射撃が、俺の腹に命中する。

衝撃で身体が仰反ろうとするが——



「ああああああ!!らああああ!」



ここで退けば——もうチャンスは無い!!

文字通りの死ぬ気で、俺は小刀使いに覆いかぶさって、前へ声と斧を振り上げる。


泥臭くても良い。

どれだけ醜くても良い。


絶対に殺せ。例え——『俺が死んだとしても』!!



「『スラッシュ』!!」


「——この……『パワーショット』!」


「——『スラッシュ』!!ぐっ——!!」



反撃出来ない小刀使いに、武技で滅多打ちにする。


合間に弓使いの攻撃が入るが構わない。

ひたすらに、目の前の敵に斧を振り続けて。



「クッ、ソが——!!」


もう少し。

目の前の敵のHPゲージは、もう手の届く所までに来ていた。

割合にして、約一割――


……しかし。

俺は、自分のHPは見ていなかった。



「『パワーショット』!」



《貴方は死亡しました》



不意に、俺の身体が軽くなる。

そうか——俺のHPはゼロになったのか。



「……チッ、馬鹿かよコイツ――」


「はあ、無駄に疲れ——」



その声を聞く度に、今まで起こらなかった様な『何か』が暴れている。

それは、怒りでも悔しさでもない。むしろ真逆。

これから起こる事、それが楽しみで仕方ないんだ。


ドクンドクンと何かが蠢く。



油断、している所悪いな。

俺は――これで、『最後』なんだ。





《サクリファイス・ドールを使用して復活しますか?》





即回答――『「YES」』。

まだ機会は、失っちゃいない。


『サクリファイス・ドール』……それは、RL内では五十万Gを超えるレアアイテムだ。一戦闘に一回限り使用出来て、その場で復活する事が出来る。


聞いた所によれば、トッププレイヤー達がここぞという時のみ使用するアイテムらしい。

先程のポーションとは比にならない価格だが――その効果も同様に比にならない。


そしてその価値の高さが、相手の油断を生む。

まさか俺が、この場でそれを使うなんて――と。



「――」



息を殺しながら復活を行う。


度肝を抜かせてやろう。

商人如きに殺されるのは——どんな気持ちなのか、凄く興味が湧くな。



「『スラッシュ』」


「——ッ!!?」


「はぁ!?――」



復活の瞬間——小刀使いの空いた背中に、武技を放った。

残り一割……背後・不意の攻撃によるダメージボーナスも加わって。



《???を倒しました》



俺は初めて——PKK(プレイヤーキラーキル)に成功した。

何とも言えない心地良い感覚。


そんな、初めて味わうそれと共に――







《◇◇――◆――――を獲得し――》


《▼▽―――△――――獲――した》


《『◇◇』『◇◆』『▼△』を――――事で――特――――――スキル『▼▼▼』『■■■』を獲得――――》







頭の中にノイズが走る。

きっとそれは、アナウンスなのだろう。


だが。

それに意識を向けては駄目だ。


――今は、戦闘以外の情報は邪魔なモノ。

絶対に集中を切らしてはならない。

目の前の敵にのみ頭を回せ!



「な、何だよ――!?」



驚愕する弓使いの横で、塵になりゆく小刀使い。



「お前っ、『ドール』まで使って、必死かよ!」


「……」



相手の言葉は聞くな。

容赦無く、敵を殺せ。


一切の隙を見せるんじゃない。

精神は一定に。抑揚は付けず、ただ戦闘に集中するように。



『あと一人』。

もう一度――俺は息を吸い込んだ。


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