最後の始まり
「それじゃ、よろしく頼むよ」
始まりの街のNPC商人から、荷車を預かるシルバー。
沢山の荷物を載せた荷車を受け取り……ゲームとはいえ緊張しているような顔をする彼女。
そういやこんな感じだったなと、最初の希望に溢れた時を思い出す。
「……へへ……」
笑みを隠せないまま、荷車を引っ張る彼女。
表情から見るに、本当に楽しそうだ。
大袈裟じゃなく―――この地面を歩いているだけで嬉しいという顔。
……これは尚更、本当の事は言えないな。
最後、クリアしたら……クリアする事が出来たなら言おう。
失敗したなら――嫌でも知る事になるんだが。
「それじゃ、クエスト……スタートしますね!」
「ああ」
《パーティーリーダーが行商クエストを開始しました》
《クエスト開始に伴い、専用フィールドに移動します》
《クエストを開始します》
アナウンスと共に、周りのプレイヤーは消えて、俺達二人のみの世界になった。
クエストの種類によってはこういった専用の場所が用意され、行商クエストもその一つ。
「よし、行こうか」
「はーい!よろしくです!!」
元気に返事する彼女。
二人になったとたん声がデカくなったな……
さて。
出発地点は、この始まりの街から次の街、『グリーンソルデ』まで。
専用フィールドといえど、ルート自体は基本的に同じだ。
ただ人が居ないというだけ。
この荷車で大体三十分程だろうか。
俺は……クリアした事ないから分からないが。
「……♪」
鼻歌を歌いながら、荷車を押す彼女。
ずいぶんと機嫌がよさそうな様子を見れば、これまで一度も行商クエストはやった事が無いんだろう。
勿論、俺もそうだった。結果……PK達に蹂躙された訳なんだが。
……だが、今回は違う。
俺の最後のRLは……この少女を、
「……?どうしたんですか?そんな怖い顔して?」
「!ごめんごめん」
俺の顔を心配そうに覗く少女。
はは、そんなに暗い顔してたかな。
「あ!敵です!」
「――っ!どこだ!?」
「へっ!?あ、あそこです!」
敵という言葉に、大きく声を上げてしまう。
一応これまでの経験で、PKが出没するのは何時も目的地まで半分を切った頃だったからだ。
だが万が一、もう目に見える範囲で居たら――
《スライム level1》
「……スライムかよ」
安心から、胸を撫でおろす。
このクエストは他のプレイヤーが現れない専用フィールドだが、プレイヤー以外の敵……モンスター達は普通に出現する。
それらを倒して行商を成功させる……それだけなら、どれだけ楽なクエストだったんだろうか。
というかよく考えたら、この子はまずPKについても知らなかったな。
「へへ、スライムですよ!……あー、その、お手本見せてくれませんか?戦闘、あまり得意じゃなくて」
申し訳なさそうに苦笑いし、頭を下げる彼女。
……無理もない。このゲームは初心者にあまり優しくない、特に商人は。
レベル1といえども……しっかりソイツは戦ってくる。
二撃三撃で倒れる事なく、RLの戦闘について教えられるのだ。
まあ俺は最初、パーティーを組んでもらって倒したから、そこまで苦労していないんだが……
「……『スラッシュ』」
スライムに向けて、『片手斧』スキルの武技……『スラッシュ』を放った。
武技とは、武器スキルのレベルを上げていけば習得できるもので、指定の装備でいる時限定で放つ事の出来る攻撃技だ。
今回の場合は、『片手斧』を装備した状態だと放てるもの。
「――!!」
斧は青く光り、そのままスライムの身体へと振り下ろされれば――
《スライムを倒しました》
《経験値を取得しました》
一撃、まあレベルを考えれば当然だろう。
攻撃力は一応、生産職の中でも前衛職モドキだからある程度はある。
「――わー!す、すごいすごーい!!」
彼女が黄色い声を上げる。やっている事は格下をいじめているだけだ。
逆に恥ずかしいぞこれ……
「シルバーもやってみるか?」
「!はい!]
きっと、これまで戦闘について教えてもらった事も無いんだろう。
ただでさえ商人は戦闘に不向きなんだ。
こうやって会えたんだから、出来る事はしてあげようか。
☆
行商を進めながら、スライム達を見つけては俺が見本を見せたり、彼女が相手する最中。
気付けばもうかなり進み……
「……す、『スラッシュ』!やったー!!」
彼女が武技を放てば、前にいるスライムのHPがゼロになった。
お世辞にも飲み込みが早いとは言えなかったが……それでもレベル1のスライム程度は倒せるようになっただろう。
大袈裟なほどに喜ぶ彼女を見ていると、こっちまで嬉しくなってしまう。
「その……ありがとうございます!これまで教えてくれる人居なくて……」
「はは、どういたしまして」
「私、こんな楽しいクエストもやりながら、さらに戦闘まで教えて貰えて――――」
《――◇◇!◇◇!◇◇!》
彼女の声と重なって――突如、耳にある警告のような音が響く。
それは
とあるスキルの恩恵だ。
彼女には聞こえない……俺だけにしか聞こえていないはずの音――
「――ごめん。……ちょっと、ここで待っててくれ」
「……え、え?」
彼女の表情が曇る。
……駄目だ。
たった今PK職二人がこのフィールドに現れている事。
俺がそれに向かっていく事。
それは、言うべきじゃない。
「はは、大した事じゃないから」
嘘の笑顔を張り付けて、俺は彼女へそう言った。
「……ニシキさんが言うなら……」
「悪いな、すぐ戻るよ」
渋々頷くシルバー。
彼女は、素直でいい子だ。
楽しそうに荷車を押す姿は、見ている自分さえ楽しくなってしまう。
……このゲームに、商人を選んでさえいなければ、RLをもっと楽しめただろう。
パーティーを組んで、ギルドのメンバーに可愛がられて、楽しくプレイできたのだろう。
しかし非情にも――これから、現実を知ってしまう。
でも、俺はこのゲームを変える事なんて出来ない。
ただ、今の俺が出来る事は。
――
それだけなんだ。
ほんの一クエストだけでも、彼女には楽しんで欲しいと思えたから。
「それじゃ――行ってくるよ」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます