第42話 情状酌量って誰のため?

 昨日の土曜は休暇であってオフじゃなかった。っていうか生命がオンの状態からオフの状態になりそうだったのを言夢ゲンムが引き戻してくれた。


 けれども根本の解決にはなっていない。


 そもそもわたしが『世界』じゃなく『世の中』ってやつに今一度出てきたのはその根本ってものを解決しようって意図が・・・・・まああるんだけどね。

 わたしにとってのメリットなんて実はあんまりなくてね、ほんとはそのまま出て来なくて穏やかに過ごすこともできたわけなんだ。

 でも、出て来ずにはいられなかった。


 だから日曜の今日は昨日のわたしみたいな人がいないかどうかパトロールするよ。仕事じゃなくてね。


「僕はつまり家政婦さんなんだろ!?」

「お、大きな声出すなよ。近所に聞こえるだろう」

「自分の側が冷静な通常人ぶるなよ!」


 あれっ?


 あ・・・・・包丁・・・・・

 出刃包丁・・・・・・!


「きゃっ!」

「ああっ!」


 きゃっ、ていうのが老爺・・・・・多分父親で、ああっ、ていうのが多分中年の息子の声みたいだった。

 台所の窓から、出刃包丁の切っ先を下に向けてレバーでも握って振り下ろすみたいに右手を動かした息子の上半身と、動かした瞬間に消えた父親の姿が見えたので、草がボウボウに生えている庭にわたしは早足で入り込んでいって、台所の窓の下に立った。


「殺しちゃった?」

「はあぅ、はあぅ・・・・・・できなかった」

「ならよかった」


 納屋のドアが勝手口になっててそこからわたしは家に入り、台所まで素足で歩いた。

 父親が台所の床に片膝立ての変型の胡座あぐらで座っていて、冷蔵庫の横に家の構造と全く不調和に据え付けられた手すりに右手をかけて左半身を小刻みに振るわせて立っている老婆は母親なんだろう。


 わたしはいきなり訊いたよ。


「殺したいほど辛かった?」

「え?」

「辛かった?」


 わたしが息子に訊くとね、息子は失敗した出刃包丁を台所の床にさっきと同じ持ち方で振り下ろしてね、そうしたら、ズサ、て音がして、随分と昔の造りの木造の家だから床が薄くて出刃の1/3ほどが貫通して板に刺さったままの状態になったんだよね。


「お父さん、警察呼ぶかいね?」


 母親が訊く。


「い、いや。近所に恥ずかしいから呼ばない」

「呼べよ!」


 不可思議な母親と父親のやりとりと息子の絶叫をもってわたしは大体分かったけどね。


 本質などどうでもいいって人種だよね、父母はね。


 息子は・・・・・どうなんだろうね。


「自首したら?一応殺人未遂だよね」

「ちょ、ちょっとアナタ!」

「なんですか??」


 普通なら孫が居て三世代でのやりとりがあればと呼ばれるところを母親からと呼ばれている老爺たる父親は床にへたり込んでいる状態でも自分が一番正常であるかのように振舞った。


「未遂もなにもただ単に息子が少し動転しただけで私が冷静にそれを呑みこんで処置しておけばいいことです」

「どこまで上からなんだ!」


 息子の叫びもまあ分かる。なら。


「お父さん。息子さんに自首させてこの家の事情、全部晒した方がいいと思うけどね。だってさ、息子さん?」

「はぁぅ、はぁぅ、は、はい!?」

「また殺したくなっちゃうでしょ?」


 残念なというかまあ当然だろうと思うけど息子はうなずいたよ。


「ほら。お母さん。アナタも当事者でしょう?」

「ワタシはお父さんに全部任せてるから」

「ううん。だって介護されてるのはお母さんなんでしょ?」


 まあ父親も大概足腰立ってない状態で母親のために作らせた手すりをちゃっかり自分も要介護じゃないフリして使ってるけどね。


「いじめのトラウマが消えない子の家庭がこうなんだろうと思うよ」

「ええ?」

「お父さんみたいに全部隠しといて、結果的にいじめに遭ってる子に我慢させてるだけの家さ」

「うわぁぁああん!」


 息子が泣き出して台所の薄い床板に前頭葉のあたりを打ちつけ始めたよ。

 薄いから音がべんべん言うのがリズミカルで、観ないし言わないし聴かないあの子らのバンドのリズム隊のためにサンプリングしたいぐらいだね。


「ほらお父さん。息子さんに対してあなたのやってることって昔も今も変わってないみたいね」

「ど、どうできる!?」

「はい?」

「そうよぉ、お父さんの言う通りよぉ。ワタシらにどうできるかいね?」

「ねえ、息子さん」

「はふぅ、ほふぅ、は、はい!?」

「殺すのと自分が死ぬのとの二択しか無いみたいだねこの家にいると。どっちにする?」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・自殺で」


 スサ、

 ズガシィン!!


「わ!わ!わ!」

「きゃっ!」

「ありゃあ!」


 わたしは自分なりに最速のモーションで抜いた出刃包丁を今度はたった今出した自己ベストを超えるスピードで振り下ろして床板の木の節の部分を正確に打ち抜いたんだ。


 そしたら床が一枚完全に割れた。


 わたしは床下が直ぐに縁の下と繋がってる土を固めた床下のずうっ、と奥の方に向けて今度はスササササ、って滑らかな動きで出刃包丁をスライドさせて暗闇の中に遠く消し去ってさ。


 それでこう結論付けたんだよね。


「なら全員死ねばいいよ。一家心中だよね」


 そう言ってわたしは勝手口の納屋のコンクリに置いてあったデッキシューズを持って素足で廊下を歩いて、玄関からこの家を出たよ。


 3人がどうなったか知らないけど、介護サービスの利用があって発見されないってことはないだろうから。


 ニュースが無いってことは生きてるんだろうね。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る