第43話 書ける内に書いちまいなよ
わたしがその物書きと遭ったのは朝の神社だったよ。
「あれ。あなた、今千円札入れた?」
「あ・・・・・見られちゃいましたか・・・お恥ずかしいです」
「恥ずかしくはないけど、そんなにお年でもないみたいだし、ちょっと失礼なこと言うとお金もそんなに自由になる感じの人には見えないし」
「おっしゃる通りです」
ワナビだってさ。
「あなた、仕事は?」
「はは。小説家って言いたいところですけど、自称小説家なだけで本業は会社勤めですよ。貴女のお名前訊いていいですか?」
「
わたしの名前に彼はすがった。
「捨てないでください」
「はは。初対面で何を」
「いえ。本当に捨てないでください。誰かひとりだけそういう人がいて欲しいんです」
「訊いていい?」
「はい」
「なんで千円札入れたの?」
彼の答えはそうかな、と思っていたものとほぼ似通っていたよ。
「どうせ死ぬ僕が持っていたってどうにもならないから。それならば神様にお預けして世を治す大事業の足しにしていただけたらって」
「どうせ死ぬって、それいつのこと」
「今」
わたしたちは並んで大橋の最初は少し急な勾配を、そうして一級河川の大いなる流れの真ん中辺りまで並んで歩いて、連峰をふたりで眺めた。
「この連峰の前をジェットが駆け抜けたんですよ」
「それってあなたの小説?」
「ええ。ネットで一応読めます」
「ふうん。なんてタイトル?」
「言いたくないです」
そうは言いながらも彼はタイトルをそっと教えてくれた。今度読んでみよう。
ただ問題はさ。
今度があるのか、ってことだよね。
「死ぬの?」
「分かりません」
「死にたいの?」
「死にたいほど、辛いです」
「何が辛いの?」
「それが分かれば死にたくなんかなりません」
「死なないで」
「でも、辛いです」
「何か楽しいことは?」
「小説だけが楽しいことでした。でももう楽しくないかもしれない」
「ワナビのままだから?」
「そういうんじゃないんです。たとえば卑怯な人間たちが悪政を敷こうとすることを主人公たちが真正面のホンキで正すかもはや正すのがもどかしいぐらいの勢いで滅ぼすかしようとしたところで誰もそのヒロインたちの果敢な行動をホンキだと思ってくれないんです」
「そんなことないんじゃ」
「ならどうして僕はいまだにワナビなんですか」
才能がないんじゃないの、って言ってみようか。
でも、本当は読むひとたちがなぜか全員小説書きで、都合の悪い小説を浮上できないように心からホンキで流したツイートに小説を矮小化するような客観を模したリプライをぶら下げて極めて激烈な小説を凡庸なイメージに見せようとしたりする作家どもにひとこと言おう。
「おならして死ね」
0.5秒前まで瀕死だった精神が、笑い合うわたしたちの間で回復したよ。
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