第35話 最大の効果には最小の報酬
仕事の話していい?
「
「いいですよ、所長。病名は?」
「リンパ腫だよ」
これを営業車って呼んでいいかどうかは微妙だけどわたしは事務所でリースしてる古いセダンで向かったよ。ハイブリッドじゃないけどアイドリング防止機能がついてて信号で止まるたんびに静かになる。
色はシルバー。
黒だと縁起でもないって話になるし、それ以外の色だとわきまえてないって話になるから一番無難なシルバーなんだよね。
県境の病院は実は隣県の利用者の方が多いから駐車場に止まってる車のナンバーも必然そうなってる。
わたしは車から降りたら駐車場の敷地を対角線の最短距離でその還暦を少し過ぎたばかりの男性が入院している病室へと向かった。
「いかがですか」
「あなたは?カウンセラーですか?」
「いいえ。そういうきちんとした者ではありません。もっとふらふらした身分の者です」
大まかにわたしの会社の事業概要を説明したよ。
そしたらわかってくれた。
というかわかるしかなかったんだろうね。
余命一か月だから。
「
「ふう・・・・もうそんなにもないですよ。ただ」
「はい」
「世の中ってのは平等なんかではないんだな、ってつくづく感じますよ」
涙は出さないけど鼻がすんすんいってるよ。
佐内さんの人生を大まかにわたしは把握した。大体こんな感じだね。
「佐内さん。子供の頃いじめられてたんですね」
「・・・・・・なんでそれを?」
「中学の頃は体育なんかで二人一組の時、あぶれるなら自分で構わない、って敢えてペアが決まらなくて最後まで残るようにしてましたね」
「う・・・・・・う・・・・・・ん、そうでしたよ」
「それから高校で電車通学をする時、三年間一度も座席に座らずにずっと立ってましたよね」
「だ、たって、私が座ったら他に座れない人が出てくるでしょう?それに、『どうぞ』って席を譲るのも恥ずかしくて苦手なんです。それなら最初から立ってればいいかと思って」
「結婚相手、諦めたんですね」
「・・・・・・・・・・・・その時はいじめられっ子がそのまま大きくなったような気分の大人でしたから・・・・・資格がないって思いました」
「なんの、資格ですか」
「幸せになる資格です」
わたしは所長から叩き込まれた論法で佐内さんを説得したんだよ。
「あなたこそ幸福を得るべきひとです」
「・・・・・今更・・・・・・もう私は死ぬんですから」
「佐内さん。この世で一番人を幸せにできる人って誰だと思いますか」
「さあ・・・・・・ノーベル賞でも獲って人類を救う研究者じゃないですかね」
「全く違います」
「じゃあ、誰ですか?」
「神様です」
「え?」
「神様ですよ。一番人を幸せにする実行力を持っているのは。政治家でも研究者でも無い」
「でも、そうだとして、私には関係の無いことです」
「佐内さん、神様になってください」
「捨無さん。何を言っておられるんですか?」
「なれるんですよ、神様に」
もちろん、主神として神社に祭られるような神様には果たしてなれるかどうかわからないけど、佐内さんは神になる資格がある。
「佐内さんのような人こそ神になって欲しいんです。そうしてわたしを救ってください」
「捨無さんを?」
「わたしや、佐内さんと同じように人に譲ってしまうような子達を誰かが救わないと、永遠にこのままです」
「・・・・・・・・」
「詐欺師や盗人や脅迫者がはびこる世ならば、譲り続けるひとたちは搾取され続ける存在でしかあり得ません」
「だから死んであの世で救われろと?」
「違います。死んだら佐内さん、大変だとは思いますがもうひと踏ん張り努力して、どうかこの娑婆に佐内さんの御威光を浴びせてください」
「この私にそんなことが」
「できます。というか、救えるよう努力してください」
「努力?」
「はい」
「神が?」
「神様はチートや所与の力で人を救えるわけじゃないんですよ。そんなのは都合のいい異世界での話であって、ホンモノの神様は不断の努力で神格と神威を保ってそうして初めて人を救えるんです。救うのも決して派手な方法でじゃなくって、間接的に、眼に見えない力で」
「なんだか地味ですね」
「佐内さん。太陽の光はわたしたち人間には見えないでしょう?無色透明でしょう?」
「確かに・・・・・・」
「しかもお日さまはずうっと人を照らして一秒たりとも休むことがありません。だから生まれてからこのかたどんな時も人に譲り続けてきたような方じゃないとダメなんです」
佐内さんは快諾してくれたよ。
神様になることを。
「佐内さん」
「はい」
「期待してます」
ああ。
つまりわたしは現世で佐内さんが不遇だったことを認めてしまってる。
ほんとうは、佐内さんも今すぐこの世で救われる側の存在にしてあげたかったよ。
せめてわたしがねぎらってあげよう。
「長い間ほんとうにお疲れさまでした」
これがわたしの仕事の一部。
残りはまた今度ね。
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