第30話 駆け抜ける青春、停滞する青春

「よっついけ!よっつー!」


 よっつ?


「いけるいける!まわれまわれー!」


 あ、ランニングホームランのことなんだ。


「いいねえ。青春だねえ」


 わたしは仕事帰りに少し遠出してきたんだよね。なんでかって言うとちょっと気持ちが落ち込んだから。


 いやー。わたしだって落ち込むんだよ。思わず脳内でさ、


『死にたい死にたい死にたい死にたい』


 なんて死にたいを四唱しちゃったよ。


 まあいっぺん死んでるからどうでもいいんだけどね。っと、内緒内緒。


 それにしても気合入ってるね。高校の野球部って全部こうなのかな。しかもナイターまで点けちゃってよく知らない高校だけどきっと強豪校なんだね。


「われわれはぁ〜、宇宙人だぁ〜、はい!」

「「「われわれはぁ〜、宇宙人だぁ〜」」」

「われわれははぁ〜、金星からやってきたぁ〜、はい!」

「「「われわれはぁ〜、金星からやってきたぁ〜」」」

「火星はもうだめだぁ〜」

「「「火星はもうだめだぁ〜」」」

「宇宙の神秘をこわすなぁ〜」

「「「宇宙の神秘をこわすなぁ〜」」」


 ???

 ???

 ???


 いやいや。今年始まって以来の疑問符連発だよ。なに、この子ら?

 極めてキモいと形容されてる可能性の高い男子3人と、メガネを外したらひょっとしたらかわいい系かもしれないな、っていう女子ひとりと。


 野球部が練習してるグラウンドの横で声出してるけど・・・・・応援団じゃないよね。


「あ!またこの『宇宙部』どもが!」


 宇宙部!


「やかましい球を投げてバットで打ってグローブで受けるだけのシンプライズしたら取るに足らぬ活動をしている諸人もろびと

「さっさと帰れ!実質帰宅部が!」

「帰りたくない」

「「「帰りたくない」」」


 あ。

 なんかいい。


「ちょっとちょっとキミたち揉め事?」

「えっ・・・・えと、あなたは」

「ふ。わたしのこと知らないなんてモグリだね。OGだよ」

「えっ・・・・もしかしてマネージャーのOGさんですか?」

「OG(ほんとはオフィス・ガールだけどね)だよ。とにかくOGだよ」

「し、失礼しました!自分、3年生でキャプテンやらせてもらってます!」


 へえ。

 いいねいいね。女子男子問わず先輩には礼儀正しいんだね。


「このノーヘルでもヘルメットみたいな頭の輩どもが」

「「「このノーヘルでもヘルメットみたいな頭の輩どもが」」」

「だ、黙れ!五分刈りが部の伝統なんだからしかたないだろうが!」

「金星行って出直しやがれ」

「「「金星行って出直しやがれ」」」

「ブレイクブレイク」


 放っておいたら一番背の低い、けれども一番年配っぽい男子に呼応して残りの女子男子が暴言を吐き続けるって思ったからわたしはこの子らを野球部から引き離してさ、アイスのベンダーが設置されてるベンチの横に連れてってアイスを一本ずつ奢ってあげた。


「ゴチのそうです」

「「「ゴチのそうです」」」

「あの、めんどくさいから一人ずつ話してよ?で?キミたちは、なに?」

「宇」

「宙」

「部」

「です」


 もしこれを小説にでも書いたら書く方も読む方も無駄なエネルギーがかかるからこの子らにヒアリングしたことをかいつまんで言うよ。


 ・宇宙部とは天文部にあらず

 ・ただし、明けの明星、すなわち金星を最も尊しとする

 ・宇宙飛行士は尊敬するが陽キャなので相容れない

 ・主流派を忌み嫌うべし

 ・火星に無人探査機が着陸して地表のリアル写真を撮ったとて神秘に変わりない。星は学術上の天体などではあり得ない

 ・月への有人探査反対

 ・UFOはアダムスキー型に限る


「つまりキミたち宇宙部四人はくすぶる青春を大宇宙に解き放ちたいんだね」

「「「「ちがう」」」」


 あーめんどくさい。


「はっ、部長」

「なんだカレン君」


 ああやっぱり背の低い男子が部長だったんだ。そして女子がカレンて偽名じゃないよね。


「部長。月が」

「うむ。では、凱歌を」

「「「月が出たのでありがとう」」」

「キミたちは月をなんだと思ってるの」

「夜露を滴らせて農作物やすべての植物を潤します」

「「「潤します」」」


 ふうん。


 なるほどねえ。


「月を愛でて歌います、はい!」

「「「「月影のいたらぬ里はなけれども ながむる人の心にぞすむ」」」」

※法然上人詠歌


 いいね。いいね。

 これもまた青春。

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