第29話 Quadropheniaで、ひとり反省会でもやってみなよ

 他人がキミを貶めようと攻撃の言葉をかけて来る前に、キミのキミによるキミのための反省会をやっちゃえばいいんだよ。


 わたしA

「さあ始めようか」


 わたしB

「まったく毎日毎日成長のない奴だなあ」


 わたしC

「そう言わないであげなよ。同じ捨無シャムとして日々を送る身なんだからさあ」


 わたしD

「そうだそうだ!」


 ふざけてるわけじゃ決してないんだよ。

 疲れ果てて電車に乗ってアパートに帰り着くまでの一時間弱をわたしはスマホを見る訳でもイアフォンで音楽を聴くわけでもなく、鞄を持ってる日は座席の膝にそれを抱え、持ってない日はしおらしく膝に両掌を重ねてうつむいて目を閉じて、そうして反省の言葉を脳内で繰り返す。周囲の乗客からは眠ってるのかあるいはやや異常な心理の持ち主である乗客だったならば、わたしが瞑想してるんじゃないかって距離を取りたがるはずなんだよね。


 でも意外なことにわたしに近寄ってくる者どもが結構な頻度でいるのさ。


 わたしB

「おい、身構えろ!」


 わたしD

「なになに、どしたの?」


 わたしB

「誰かわたしらの寝息をかごうとしてるぞ!」


 寝息をかぐ?

 嗅ぐ、ってこと?


「・・・・・・寝てるの?」

「・・・・・・・・・・・」

「かわいそうに、嫌な夢を見てるんだね」

「・・・・・・・・・・・」


 わたしC

「ちょっと!このひと、鼻をわたしの髪に近づけてるよ!」


 わたしA

「ええっ!?それってやっぱりわたしの髪の匂いを嗅ごうってことなの!?」


 わたしB

「何にしてもピンチだよ。反省会はお預けだね」


 さあ、眼を開けようか。


「ぱちっ」

「わあっ!」


 眼を開けてわたしの前に現れたのは、この通勤・通学電車の中にあってどうやらその用事とは関係ないらしい年代の人だった。


「えっと。キミはDD?」

「えっ。なにDDって?」

「Dancing Dancer」

「?」

「嘘嘘。男子大学生?」

「うん、一応。ねえ、な、なにしてたの?」

「ひとりでしてたの」

「えっ」

「一日の反省を」


 このDDくんは顔を真っ赤にしちゃってるよ。もしかしたら高校出たばっかりのDDくんかもしれないね。


「なんだかすごくいい匂いがしたから」


 犯罪的だけど犯罪ではないってわたしは認めてあげよう。

 だから誘ってあげたんだ。


「ねえ、キミもやろうよ。反省会」

「ど、どうするの?」

「ふふ。ふたりならこれができるかな」


 ローファーを脱いでソックスだけなった。

 DDくんも真似してスニーカーを脱いで、ふたりして電車のビロードの座席シートにソックスの足を乗っけてふたりで膝を抱えた。


 そして、沈思黙考する。


 DD.A

「あれ?」


 DD.B

「よおよお。ようこそ反省の世界へ」


 DD.C

「ふうん。これが僕の中にある人格クンたちか」


 DD.D

「いやあ、普段は余程僕らは引っ込んでるからなあ」


 DD.A

「いやいや。人格はひとつでしょ、普通」


 わたしA

「そうとも限らないよ、DD.Aくん」


 DD.A

「えっ?」


 わたしA

「だって、四重人格、って言うでしょ?一般的に」


 わたしC

「それはロックンロールでしょう」


 わたしA

「ギタリストが書いた小説のタイトルかもだよ」


 DD.D

「なんか、カッコイイね」


 わたしC

「ちょっとちょっと!また誰か髪に鼻を近づけてきたよ!」


「ぱっちり」

「「「「「「「「わわわ」」」」」」」」


 わたしとDDくんが同時に目を開けると、勤め人のおねえさんやおじさんや越境入学してる制服の小学生の女の子がまでがわたしたちの髪をくんくんしようとしてた。


「あら。皆さんも反省会しますか?」


 4×10=40人格ほどになるから、まるでオーケストラかオペラだね。


 ロックのつもりなんだけどな。

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