第20話 地獄があると思い知ったがいいよ
みんなどうして悪いこと平気ですると思う?
どうして大威張りで自分が一番偉いってふんぞり返ってるって思う?
地獄を知らないからだよ。
あ、言っとくけど地獄みたいな、っていう地獄じゃなくって、ホンモノの地獄だからね。
「シャムちゃん、行っておいで」
「はい」
裁判の傍聴に当選したのでわたしは仕事の休暇を頂いてアパートの玄関を出た。
大家さんだけじゃなくって、観ざる云わざる聴かざるの2階の子たちからも、ココロを病む1階の子たちからも、わたしは『行けよ』と檄を飛ばされたような気がしたよ。
田舎の地裁ではあるけれど、凄まじい注目と関心を集めてて、わたしみたいな日陰者がこういう場に入っていいものかな、って思ったけど、わたしには目論見があったんだ。
「では被告の意見陳述を」
その老爺の主張は極めてシンプルで。
「踏んでいない」
これだけ。
「自動車の動作は正常だったとメーカー側も実証実験を行っていますが?」
「踏んでいません。踏んでいないのに加速した」
奥さんと娘さんが老爺の運転するそれに跳ねられて即死したそのご遺族の男性が、極めて紳士的に冷静に心の内を述べる。
「どうぞ正直に、真実をお話しください」
「踏んでいない」
ああ。
わたしがもしも社会的生命を・・・ううん・・・本当の命を失ってでも一生の内に一度だけでも何事かを成すのならばこの瞬間しかないって、強く決意したんだ。
「地獄に堕ちますよ」
!
!
!
!
裁判所の空気が凍りついたのがわたしにもわかったよ。だからこそもう止まることができなかったよ。
「ぼ、傍聴席の方はご静粛に!」
「ほんとうに地獄に堕ちますよ。地獄に堕ちたらどうなるか教えてあげようか?」
「せ、静粛に!」
わたしは立ち上がったよ。
警備の人が・・・・・・ああ・・・駆けつけて来ないよ。
やっぱり、人さ。
「炎魔大王さまがねえ、大鏡にあなたの生涯を映し出すんだよ。あなたがやって来たことの全てを。そこにもしかしたらあなたが『踏んでない』っていう車のそのシートの足元の映像も映し出されるかもしれない。あなたは炎魔大王さまにどんな答弁すんの?」
「し、知らない。踏んでないものは踏んでない」
「その大鏡には真実しか映し出されない。あなた、ホンキで大鏡に写ってるあなた自身の姿を『虚構』だって言うの?」
「だから踏んでない。しかも地獄など信じていない」
「あなたが信じようが信じまいが地獄は、ある。とても恐ろしいことだしどういう理由かは分からないけど地獄は、ある。さあ、あなたがもしそこで嘘をついたとする。舌を抜かれるのは知ってるよね?」
「知らない!地獄など無い!」
「炎魔大王さまはねえ、こう仰るんだよ。
わたしは念じたよ。
炎魔大王さまと五道の冥官さま方を。
そうしたら、多分わたしの声帯は。
炎魔大王さまのそれに瞬間すりかわったんだよ。
「『また来たのかあーーーっ!!!』」
わたしはほんとうに炎魔大王さまのボリュームを再現してその老爺の鼓膜を破り内耳から血を流させるつもりだったけど、残念ながらそれは叶わなかった。
その代わり、失禁したよ。
それが老化と痴呆によるものかなんてわたしにはわからない。
果たしてわたしの気が狂ったかのようなこの振る舞いをご遺族のその男性が承諾してくださるのかどうかも分からない。
でも、傍聴席の全員が、裁判の途中なのにさ、こうしてくれたよ。
パチパチパチパチパチパチパチパチ!!!
拍手喝采してくれた。
けれどもこの一部始終を冷静に事実そのまま報道してくれるかどうかは分からない。
上級国民とその一団に忖度することなく事実を述べることのできる人間がどのくらいいるか、今の日本の有様からは想像がつかないね。
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