第19話 花畑で花を摘もうよ

 日曜で曇り空だけど暖ったかいから窓開けてアパートの部屋の掃除してたんだよね。掃除機なんてなくて大家さんから借りたほうき塵取りちりとりで畳の上を丸く掃いてさ。


 あ、丸くじゃダメなんだけどね。


 終わって箒と塵取りを返そうとしたら大家さんから頼まれたよ。


捨無シャムちゃん。202号の言夢ゲンムちゃんと一緒に花を摘んできておくれよ」


 ということでゲンムと一緒に近所の畑まで出掛けた。


 え、花畑なんていいモンじゃないよ。隣の家のおばあちゃんが少し離れた一級河川の河川敷の野菜畑用の土地を共同で借りてて野菜のうねのある周りに雑草みたいに野の花が咲いてるってだけ。


 ゲンムは眼も視えるし耳も聴こえるんだよね。でも言語障碍者だからさ、手話で話す。


 ゲンムはわたしの意思表示を解するのに何の問題もない。わたしがゲンムが使う手話を解読できないだけだ。


 なんだ。

 わたしの方が不具じゃないか。


「ゲンム。まことにまことに申し訳ないけど、わたしに話しかけるときはLINEでお願いね?」

『ゲンム:まったく手話さえ翻訳できないなんて役立たずだなシャムは。めんどくさいけど文字打ってやるからありがたく思えよ』

「ははー」


 わたしとゲンムは河川敷に下りて野菜畑を目指し、小道を歩いた。


「あ、ゲンム。モンシロチョウだよ」

『ゲンム:・・・・・・そうだね』

「ゲンム、そのブラウス似合ってるね」

『ゲンム:・・・・・・どうも』

「ねえ、ゲンムって彼氏いるの?」

『ゲンム:おい!』

「な、なに?」

『ゲンム:いちいち文字打つの疲れんだよ!必要なことだけ話せよ!』

「う・・・・・ごめん」


 でもわたしは沈黙が耐えられない。


「ならさ、ゲンム。ゲンムがうなずくか首を振るかだけで答えられる話にするからさあ。それならいいでしょ?」


 頷いた。


「ゲンム。ゲンムって彼氏いるの?」


 同じ質問だったけど、10秒ほど考えてから彼女は首を振った。


「ゲンムに彼氏ができないのは出遭いの場がないからだよね、ってわたしは思うけどそれで合ってる?」


 また首を振った。


「なんで?だってゲンムは寡黙な一輪の花みたいに可憐でかわいいと思うんだけど自分でもそう思ってるでしょ?・・・・・うわわっ!」


 返事の代わりに蹴りを連発された。


「こんにちはー」


 わたしとゲンムがおばあちゃんに挨拶するとおばあちゃんはこう言ってくれた。


「ああ、大家さんから聞いてるよ。その辺のスイセンの花は全部自生してるやつだから好きなだけ摘んでおゆき」


 自生か。

 なんかカッコいいな。


「ゲンム、なるだけ蕾みたいな奴を摘んでこいって大家さんが言ってたよ。お仏壇に供えるから一週間分ぐらい徐々に咲いていった方がいいんだって」


 こくっ、と頷いて借りて来たハサミを使って白い野生のスイセンのネギの細い奴みたいな茎をふたりしてちょきちょき切って籠代りのエコバッグにどんどん入れていった。


 それで畑にはこんな奴らも居る。


 カエルやら。

 ダンゴムシやら。

 ミミズやら。


 まあ以前いじめに遭ってた時に散々使われたアイテムたちだからわたしは別に平気だけどゲンムも平気らしいね。


 まあゲンムの過去も推して知るべしか。


「あ」


 ふたりして白いスイセンを下見て摘みながら進んで行って、ふっ、と見上げたら鮮やかな赤い花が目の前に咲いていた。


「おばあちゃん!これってツツジの花?」

「ほほほ。似てるけどそりゃあサツキだよ。それも勝手に自生してるんだよ」


 おばあちゃんが作業の手を止めて腰を伸ばしながら解説してくれた時、ゲンムが独り言みたいに手を動かした。

 手話だ、と思った時、おばあちゃんが大きな声でゲンムに話しかけた。


「そうかいゲンムちゃん。サツキが綺麗かい」


 え!


「お、おばあちゃん、手話分かるの!?」


 ハハハ、っておばあちゃんは笑いながら首を振る。そうしてこう言ったよ。


「そんなの、ゲンムちゃんの表情かお見りゃ分かるよ」


 おばあちゃんを振り返ってはにかむゲンム。


 ほんとだ。


 ゲンムの笑顔、サツキの花みたいに綺麗だ。

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