第16話 椅子でなく石段に座ろう

 朝仕事に行こうと歩いていると職場の近くにカフェがある。いわゆるくつろぐための瀟洒な空間で、『ああこれから仕事か嫌だなでも疲れたから座りたいな』っていう気分には余りそぐわない。


 だって、ふかふかの椅子に座ってごらんよ?

 そんでもってまるで成分をただ単に羅列読みでもしたような長い長いメニューを言ったりして、甘〜いもはや飲み物なのかパフェにでも近いものなのか分からない商品を飲んでご覧よ。


『あもう仕事ダメ』


 っていう風に身体だけでなく精神の髄まで朝っぱらから自分を甘やかしちゃって勤労意欲なんてものが消失するよね。


 そのカフェを通り過ぎると喫茶店がある。

 これがまた中途半端なんだよね。

 おおマスターがカウンターの奥にドーンと構えててウェイターたちがまるで奉仕者のように振舞う東京の神保町辺りにあるような喫茶店だったら申し分ないんだけど、その喫茶店はさあ、この街の数少ない喫煙ポイントになってて痩せてて色黒でデザインパーマにオシャレが少しズレた直行直帰の営業マンしかいない。


 オーダーも、


「コーヒー。あと灰皿」


 しか言わない。


 今時みんなして紙の新聞読んでてスマホが鳴ると、


「もっしー。ほいほい」


 とか言いながら仕事だかなんだか分からない内容の話を時折、ひえっへっへっ、ていう笑い方をしながら仕事行かなくていいのかい、っていうぐらい延々としてる。

 わたしはこういう雰囲気決して嫌いじゃないんだけどさ、はあ〜あ、って疲れてる時にわざわざ入るような店でないことは確かだよね。


 でも。

 こんな田舎ですら座る場所が街の中にないんだよ。


 あ、田舎だから余計に無いのかな。


 わたしは仕方なく仕事場に到着する前の『行きたくないな、でも行かなきゃ生活できないしな、今日休もうかな、でも休んだら明日行くのがもっと嫌になるよな』って逡巡しながら出勤するための心の準備をしたいんだよ。


 でも朝からもう疲れてるからそれを座ってしたいんだよ。


 なにかないかな、と思っていつもの通勤路を平行に一本ズレた小道に入ってみた。


「平行ってパラレルか。パラレルワールドっていうジャンルがあったような無かったような」


 今でいう異世界がそれなんだろうかと思いつつ小道をちっこい民家の軒下を影鬼でもやるみたいにしてゆるゆる登っていくとね、女の子がいた。


『縄跳びやってる』


 その子はまあ小学生だろうけど自分の家の前で縄跳びをやってて、二重とびとかじゃなくてノーマルな奴で、少し気になったのがジャンプする高さが高いためにボクサーなんかがやってるあの、シュンシュン、ていうリズム感だとかシャープさの無い跳び方なんだけど、わざわざ登校の前のこの朝の時間にまでやってるっていうことは何がしかの目標があるんだろうね。


 がんばって。


 わたしは栄光に向かうアスリートよりもダイエットのために運動する人種の方がなんとなくしっくりくるんだよね。わたしは痩せすぎてて却って健康を害するけどね。


 縄跳び女子の横を通り過ぎるとね、お地蔵さんがおわしたよ。きちんと小さなお堂にお入りなんだけど、その場所がごみ収集場の隣なんだよね。近所のひとが燃えないゴミを捨てに来てた。


 でも、こういう人間の生活の現場におわして現世のわたしたちをそのまま救ってくださるのがお地蔵さまかもしれないね。だから道端にいてお守り通しなのかもね。


 そのまま進んでいくと段々と道がカーブしてね、少し登ると鳥居があったよ。


「あっ。これはすごい」


 だってさ、その神社にあるのはものすごい急な石段なんだけど、石段を登るんじゃないんだよ。


 鳥居をくぐったらそのまま石段を下るんだよ。


「なんて急なの」


 思わずしおらしい言葉になる自分が庶民的だなあと思うけど、ほんとに鳥居の下に続く石段は踏み外したらそのまま落下しそうな勢いで。


「そういえば墓場で怪我したら治らないって聴いたな・・・じゃあ、お宮さんだったら?」


 なんてご無礼なことを思いながらそれでもなんとか降り切って、そのまま社殿の方へ歩いたんだ。


 社殿の手前にも何段かの石段があるけどこっちの方は普通の勾配の石段。


 お賽銭を入れてお参りした後、わたしは考えた。


「座らせていただこう」


 仕事やだなでも行かなきゃなっていうループが、なんと一旦収まった。


「はふー」


 この石段の段差の高さといい幅といい石のひんやりした感じといい。


 朝に駄々をこねるわたしの精神が一瞬で癒された。


「お」


 わたしが座ってるとこの神社の隣にある月極駐車場を利用してるらしい男のひとが一声だけ発してそのまま通り過ぎて行った。


「お参りしないんだ」


 と、わたしはそう思ったけど、もしかしたら仕事から帰ってきて心が若干軽くなっている時にゆっくりとお参りしているのかもしれない。


「あれ」


 次に月極駐車場に来た大学生っぽい感じのお兄さんも一声だけ発してそのまま車に乗って行ってしまった。


「人も絡んでこないし」


 基本来る人を決して拒まないわたしだけど、朝のこの時間だけは勘弁だ。


 こうして神社の石段に腰掛けていると、わたしワールドでも形成したくなるけど。


「いやいや。これは現実」


 こうして神社の石段で背中を丸めて座っているこのわたしは現実。


 不思議系キャラに直結するようなシチュエーションだとしても、このわたしが現実。


「時間だ」


 わたしは始業10分前に石段から立った。そうして今度は急な方の石段を鳥居に向かって登る。

 登ったら今度はカーブしてきた道に沿って下る。


 たんぽぽが咲いてた。


「明日も来よう」

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