第15話 背中の疲れをとりたいな

「んーんん」


 わたしがぐうっと背伸びのストレッチをしても誰も振り返らない。


 胸が薄いから。

 でも物好きなひとがひとり居た。


「乳酸、溜まってるねえ」

「あ・・・・うん。お互いにね」


 帰りの電車を待ってるホームで隣り合わせになったスーツ姿の多分お兄さんぐらいの年代のひとがわたしに呼応してくれて手の平を組んでぐぐぐと宙空に伸ばすと同時に手の平を空にひっくり返して向けてついでに顎を上にあげて見る人が見れば少し喘いでいるような隠微な表情にも見えるはずだけど男女並んでそれをやってるんで特にわたしの切なそうな表情にも視線は集まらない。


 その代わりに伝染したよ。


「んーーん!」

「ふうー!」

「ああーあ!っと!」


 ホームには学生もいっぱいいるから野球部のでっかいリュックを背負った男の子も、家で練習するつもりなのかでっかい楽器ケースを股の下に挟んで立ってる吹奏楽部の女の子も、お母さんと買い物帰りの小さな男の子も、みんなみんな背を伸ばす。


 ぐぐぐぐぐぐぐ、ってこれでもかまだ伸ばしたいもっともっと肩から背中に溜まった乳酸を散らしたいぞ、っていうひとたちが背伸びの連鎖を始めて止まらない。


 満を持して背骨が曲がって腰も曲がって前のめりに歩いてきたおじいちゃんが杖をベンチに立てかけた。


 そして、海老反るというのはまさしくこういうことだという風に、背を伸ばして反っていく。


「くおおおおおおお」

「おおおーーー」


 周囲のひとたちもどよめいている。


「くぅううううおおおおー」

「ほおおー、パチパチパチ」


 どよめきと拍手すら起こるけどおじいちゃんはまだ反り続けるよ。


「くぅわあああーーーーーー」


 さすがにどよめきからざわめきへと変わっていったんだ。


『おいおい大丈夫なのか』

『反りすぎだろう』

『背骨を痛めるぞ』


 けれどもおじいちゃんは伸びて伸びて、上半身が完全に後ろへ倒れ込むんじゃないかっていう極限点まで行った瞬間、


「がっ・・・・・・!」


 静止した。


 静寂のまま見つめる群衆。

 無音だと思ったら電車すら徐行してほぼ0km/hに近いところまでスピードを落としている。


 みんな次の展開を待って待って待って待って待ち焦がれたときおじいちゃんは、


「うおう!」


 そう言ってようやくまた元の背中の曲がった態勢へと戻った。


 杖を取って立ち去るときにこう言った。


「死ぬところじゃったわ」

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