第14話 甘いものでも食べてよ
日曜日、わたしは市民病院に行った。
「差し入れをしたいんですが」
「はい?あなたは?」
「一般市民です」
わたしが一般的かどうかはまあ別としてだけどね。
救急車の横付け専用の救急搬入口に守衛さんのいる時間外受付の入り口があったからとりあえずそこで申し出たら最初は嫌がったけどわたしが別の言葉で趣旨を述べたら多分定年後の第二の人生でこの職を得たであろう男の守衛さんは事務局に問い合わせてくれた。
趣旨?
単純明快。
「ご供物を」
内線電話で守衛さんは何度も何度もやり取りしてくれた。
「ええ。もちろん説明差し上げました。感染症病棟があるので外部からの来院も内部の人間が外部の方に接触するのも困難です、と。ですが師長さん。わたしにはおいでになったこの方のお志が痛いほど分かるんです・・・・・・はい、はい」
守衛さんが話しているのは看護師長さんか。まあ感染症の患者さんに対しても外部の一般市民に対しても感染拡大させないための義務があるだろうから難しいだろうな。
なら。
「守衛さん。こう伝えて頂けませんか。『差し入れは7個です』と」
「?分かりました。師長さん、『差し入れは7個』だそうです」
少し間があいて、それから返事があったみたい。
「えっ・・・・あ、そうですか。お遭い頂けますか!」
電話を下ろした。
「看護師長が今からここまで来てくださるそうです。ただし受け取るだけになります、と」
「はい。ありがとうございます」
看護師長さんは防護服のままだった。
そうして守衛室のガラス越しでわたしに向き合ってくれた。
声はくぐもってるけど、声質は澄んだ歌声みたいな
「どうして当直の看護師の人数が分かったんですか?」
「偶然でしょう」
「でも、あなたから7個っておっしゃったんでしょう?」
「偶然でないならば『第六感』ていう風にでも申し上げます」
「・・・・・・・ありがとうございます。わたしはこのガラス越しにしかお話できませんしその差し入れを受け取って看護師たちに渡すことしかできません。それで宜しいですか?」
「もちろんです」
そう言ってわたしは紙袋に入れたそれを渡した。
「わたしが作ったプリンです。ちょっと『す』が入っちゃいましたけれども」
「お家で蒸されたの?」
「はい。大家さんに台所を借りました」
「ありがとうございます。あら・・・このガラスの容器は」
「すみません。某洋菓子屋さんのプリンの入れ物をそのまま使って作りました。中身は間違いなく拙作です」
「ふ・ふ」
笑ってくれた。
「拙作だなんて同人誌みたい」
「あ。師長さんもしかして」
「あらやだ。わたしったら要らぬことまで」
漫画かな。小説かな。俳句ってこともあるかな。
わたしと看護師長さんが微笑しあってると守衛さんが言った。
「師長さん。この方は先ほど『ご供物』とおっしゃったんですよ」
「えっ。失礼ですがどういう意味ですか?」
わたしはそのまま事実だけお伝えした。
「師長さん。意思であろうと義務であろうと困難な仕事に身を投じざるを得ない方たちはそれだけで尊いんです。師長さん。あなたたちは仏です」
「えっ」
正座だと却って恐縮してお困りになられるだろうから、わたしはその場で片膝ついたんだ。
そうして、師長さんに向かって手を合わせた。
「あなた方は観音さまです」
ああ。
ごめんなさいね。
泣かせちゃったね。
「ど、どうぞお立ちになってください」
「はい」
わたしは手を合わせたまま立って、そうして言った。
「愚かなわたしが作ったプリンですけれどもお嫌でなければどうぞ皆さんで召し上がってください」
「ありがとう・・・・ありがとう・・・・・」
守衛さんまで泣いちゃった。
最後に師長さんはにっこり笑ってくれた。
「カラメル、焦げすぎちゃったのね」
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