第13話 雨降りが潤ってる。ぴしゃぴしゃ
土曜日で雨降りだからお出かけした。
この街のいいところは電車ガタゴト走ってるところかな。
え。ほんとにガタゴトいうんだよ。
「発車します」
運転士は女の人で、『発車しまぁす』って言わないんだな、って思った。
チィン、って音がなって一両編成の箱型の電車が走り始めた。
スロー、スロー。
それでいて、車両がほんとに左右にガタゴト揺れて、そうすると全部の吊革が、風鈴がたなびくみたいにやっぱり左右に同じ風に揺れるんだ。
座席は横長で向かい合ってて、今日は通勤・通学客がいないから車内にはわたしと幼稚園ぐらいの女の子を連れたおばあちゃんだけ。
だから、ちょっとだけ水平に足を上げて伸ばしてみた。
「ちょっとだけね」
そうつぶやいてそうしたら向かいの女の子も、にこっ、って笑って足を、ぴょ、って上げた。
まあかわいらしい。
「ちょっとあなた」
「はい」
「大きい子がそんなことしたら小さい子が真似しちゃうでしょ。ダメよ」
「はい」
「くすくす」
おばあちゃんに叱られて、でもわたしとその女の子とは、ふふふ、って笑い合った。
しあわせだな。
街の中を真横に移動することなんて普段ないよね。
座席が横長だから風景がスライドしていくんだ。
「次は
「次は
「次は駅電ビル前」
駅名のセンスはちょっと微妙だけど。
「あ」
チン、って降りるブザーを押した。
「次、停まります」
わたしがスライドする景色の中で見つけたのはショウウインドウ。電車が走る道路に面したそのガラスの中に並んでいるのはトルソーに着せられた制服たち。
電車の駅のすぐ前にある横断歩道を渡ってお店の中に入ってみた。
店内には母と娘という組み合わせの客が何組か居た。
「いらっしゃいませ。ええとどこの中学?」
「違うよ」
「じゃあ、高校?」
「ううん」
店長さんかな。この女性には今日のわたしは女子生徒に見えるらしい。しかもとても幼い生徒に。
「ええと・・・・・・もしかして私立の小学校とか?」
「まさか。ただ見てみたいだけだけど、ダメ?」
「あ、そうなの?」
少し考えてる。
そのあと彼女はにこっ、って笑った。
「どうぞ。もし説明とか欲しかったら言ってね」
わたしは店内を回ってみた。
この小さな県だけど、こんなたくさん中学やら高校やら一部制服の必要な小学校やらがあるんだ、って思ってね。
わたしは白と濃紺の前で立ち止まった。
「・・・・・・・・・」
「どうしたの?」
「ううん」
「あら?
「かわいい・・・・?」
「あら。どうかした?」
言おうか。
どうしようか。
「全然かわいくない」
「え・・・・・・そう?」
「これを着ても誰もかわいくならない。ううん。わたしはこれが絶対似合わない」
「・・・・・ごめんなさいね」
あなたは悪くないよ。いきなり毎日見た目の年齢が変わる女が気まぐれに店に入って言いがかりつけてるだけだもん、こっちこそごめんね。
でもね、この制服は許せない。
というかこの制服を着てた奴ら全員許せない。
死んじゃえ。
・・・・・・・っといけないいけない。
死んでいい人間なんてひとりもいないんだった。
ごめん、みんな。
ごめん、わたし。
わたしはまた電車に乗ったよ。
今度は新卒みたいな運転士さんで、運転席の隣に先輩がついてアドバイスしてる。
「おい、車が右折しようとしてるからって無闇に警笛鳴らすなよ」
「は、はい?」
「ほら。あの車初心者マークつけてるじゃないか。お前とおんなじだろ?お前がもし車の運転に不慣れで『モタモタすんな!』ってクラクション鳴らされたらどうなる?」
「あ。焦って却って危険かもしれませんね」
「そうだろうが。俺らは電車は電車でも公道を走る車や自転車や歩行者に気を遣わなきゃいけないんだ。まずはこちらが徐行してそれでも運行に支障をきたしそうならば止むを得ず警笛を鳴らしてお願いするんだよ」
「は、はい」
いいね先輩。後輩くんも。
このふたりみたいなひとたちばっかりなら、この街も平和だよねきっと。
「次は終点
ここへきて涙が出そうないい駅名だね。
カーブした先の終着駅で電車を降りて少し線路に沿って戻ると地下道があった。
蒸した匂いがしたけど、結構な車の交通量なので階段を降りてコンクリートの通路を通って・・・湿気が水滴となってコンクリートの天井から滴る水を避けながら・・・道路の向こう側へまた階段を上がると、お地蔵さまが何体も小さなお堂に入って並んでおられたよ。
お賽銭を入れて、わたしは唱えたよ。
多分わたしのほんとうの親さまが伝え遺してくれたその歌を。
♪南無阿弥陀仏とゆうことはまことのこころとよめるなり
まことのこころとよむうえは
ぼんぶのめい心にあらずまったく仏心なり🎶
線路を越えて裏路地に入ると、小さな用水があった。幅は小さいけど水は豊かで澄んでいるよ。
美しい藻が水の流れよりもゆっくりとなびいているよ。
葉桜の緑と同じぐらいに美しい藻が。
わたしはこの古い小道を知っていたみたいに順を追って歩いたんだ。
あ、ここだ、っていうところで左に曲がって向こうに田んぼが見える道を少し歩くとね。
一軒の古い木造のもう誰も住んでいない家が建っててね。
庭が見えた。
多分、この庭でそのひとは畑仕事をしてたんじゃないかな。
頭に手ぬぐいを巻いて。
そうして泣きそうなひとが来るとさ、ただ、静かな用水の流れみたいな笑顔で泣き泣きのひとの背中をさすってこう言うんだ。
『そうかそうか』
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