第12話 やめたいって何を?

 金曜だったし今日は新居に戻ったら楽しみはあるし。

 だからほんとうは金曜の夕方は仕事帰りに裏路地探索とかするんだけど直帰したよ。


「大家さん。捨無シャムでございます」

「あらあ。見た目と違って丁寧な子だねぇ」

「見た目で人を判断するんですか?」

「違うよぉ。分かるだろ?シャムちゃんはいじめられたことは?」

「・・・・・・あります」

「だったらさ。主流派の服装して主流派っぽい喋り方してる同級生とかのことどう思ってた?」

「・・・・・・・怖かったです」

「そうだろう?自分じゃファッションのつもりかもしれないけど髪染めたりツーブロック?っていうのにしてるだけで周りの気弱な子を威嚇してんだよバカだねえ。それに気付かないなんておめでたいねえ」


 核心だから、反論もできないし。


「大家さん。因みにわたしの見た目のどこが」

「服装は大人しいもんだよ。淑女に近い身だしなみだねえ。ただねえ。眼だよ」

「眼」

「『なんだその眼は!?』ってなもんだよ」


 目つきが悪いっていう自覚はあるよ。

 でも、斜視になるぐらいに身を縮こめて猫背になって、椅子も1人しかいないのにわざわざ尻の1/3しか腰かけないぐらいにして誰かに常に遠慮してきた結果なのに。


「知ってるさ」

「えっ」

「辛かったろう。ただ立ってるだけで後ろから頭をはたかれたんだろう」

「はい・・・・・・」

「かわいそうに」


 ああ。

 かわいそうになんて今までの人生で何人の人間が言ってくれたろう。


 生みの親どもにすら言われたことないかも。


「で?シャムちゃんよ。知りたいんだろ?一階の連中のこと」

「はい。何をやめたくて集まってるのかって」

「一階は四部屋あってわたしが104号室だ。残りの三部屋に4人いるから紹介してあげるよ」

「4人?同棲とかですか?」

「違うよ。人格の問題だね」


 おいおい分かった。


「おーい。101号さんよ」


 木戸を引いて出てきたのは、わたしよりもひどい猫背の50歳ほどの男だった。


「なに」

「新しい住人が入ったから紹介するよ。シャムちゃんだよ」

「シャムです」

「101号です」


 え。


「えと。名前を」

「101号」


 囚人じゃあるまいしと思ったけど、考えてみれば人生の一時期しか関わらない人間にわざわざ姓名を名乗る必要もないか。


 番号で十分か。


「101号さん。特技を言ってあげな」

「笑顔」


 101号さんはただ笑った。


「キモいかい」

「はい。少し」


 大家さんの問いにわたしが包み隠さない意見を言うと、101号さんは今度は泣き出した。


「あおおおおおお!」


 そうしたら大家さんが彼を抱き抱える。


「そうかそうか」


 そう言って彼の背をさすり始めた。


「あおおおおおぉぉ・ぉ・ぉ・・・・・・」

「眠っちまったよ」


 16畳の荷物一つない部屋の真ん中に敷かれた布団まで老人の大家さんが抱えて彼を連れていって、そのまま寝かせた。


「102号さんよ」

「ほい!」


 五分刈りっていうんだろうか、触るとシャリシャリしそうな頭の彼は年齢不詳だね。


「102号さんよ。アンタ何歳になったね?」

「うう」


 ?


「うううううううううううう」

「何歳になったね」

「うおうおうおうおうおおおおお!」


 102号さんは重厚な部屋の柱に前頭葉のあたりをぶつけ始めた。


「ゴッ、ゴッ、ゴッ、ゴッ」


 ボクサーがパンチを放つときに『シッ!』というあの感覚に似た掛け声のつもりみたいな声を出しながら、ぶつけ続けた。


 大家さんは細かく打たれる彼の頭をそのまま抱えた。


「そうかそうか。よいよよいよ。お前さんが何歳でもよいよよいよ」

「ううううぅぅ・・・・」

「ところでこの子はシャムちゃんだよ」


「103号さん。103’号さん」

「え」

「シャムちゃんなにかおかしかったかい」

「103『ダッシュ』号って」

「なにか同類のものがふたつある時に使う記号さ。ほれ、103号さん」

「なんだ」

「103’号さん」

「なぁにぃ?」


 ・・・・・・・・あん?


「今日は調子はよかったかい?」

「『最悪だ。by103号』『最高にHappyだったわよぉん♡by103’号」

「大家さん」

「シャムちゃんよ。これが現実さ。ほれほれふたりとも。今日の晩御飯はなんだい?」

「『カレーだ。by103号』『パンケーキにでもしようかしらぁん。♡by103’号」

「大家さん」

「シャムちゃんよ。こうしてふたり居るからなんとか精神が破綻せずに済んでるのさ。ところでおふたりさん。明日は休みだね」

「『ああ。一緒に寝るか、103’号』『え、ええ・・・・・余り激しくしないでね、103号・・・・・・』」


 頭がおかしくなるなんてことはない。


 なぜなら、どっちがおかしいかはずっと後にならないと分からないからさ。


「シャムちゃんよ。疑問に答えてあげようか」

「大家さん。是非」

「この子らがやめたいのはねぇ」


 予想通りの答えが返って来た。


「全部さ」

「大家さん」

「なんだい」

「それって、解脱?」


 大家さんは優しい心の持ち主のはずだけど、この時の笑いだけは微妙だったね。


 唇が三角形を平べったくしたような形になって答えてくれた。


「さあね」


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